2-37 異世界児童救出作戦 2


 甲板の上で、スノーは涙に塗れた瞳を真ん丸に見開いていた。

 石で作られた3体の人形が悪者たちと戦っているのだ。


 その人形たちの姿は、あの日、浜辺で拾った2体の人形ととてもよく似ていた。


 どうして、なんで——

 そんな疑問が頭の中を埋め尽くしそうになるのを、弟妹たちの存在が押し留める。


 スノーは震える足で必死に立ち上がり、人形たちが戦っている横を抜けて船室へ向かって走った。


「クソガキが! 死ね!」


 クーザーがスノーに向かって手を振る。

 クーザーにとって、もともと湖に投げ込む予定だったスノーは殺してしまうのが一番だった。スノーこそが人形使いの可能性があるからだ。


 それに気づかないスノーに風の凶刃が迫る。

 そんなスノーを守護するように雷のシールドが現れた。

 雷のシールドが真っ二つに切り裂かれるとともに、風の刃もまた霧散した。


「サンダーシールドまで!? おい、ラボル! まだ見つからんのかぁ!」


 そんな怒声が上がるが、スノーは自分が狙われたことすら知らずに、夢中で船室へと走った。


「みん……っ!?」


 船室に入った瞬間、目に飛び込んできた光景にスノーは息を呑んだ。

 見張りの男ラボルにパインが抱えられ、その首にナイフを突きつけられていたのだ。


「人形使いはどいつだ! いますぐに術を止めろ! さもなくば皆殺しにするぞ!」


「うぇええええんえんえんえん!」


「ふぁーんあんあんあん!」


 そんなことをされてまだ幼いパインが、そして、それを見るルミーたちが我慢できるはずがない。子供たちは大声を上げて泣いていた。


「耳障りだ! 黙れ!」


 そして、その泣き声は焦ったラボルの癇に障った。


 このままではパインが殺されてしまう。

 スノーは、咄嗟に声を振り絞った。


「お、おいらが人形使いだ!」


 人形使いがなんなのかスノーは知らなかった。

 だけど、それを探しているのだけはわかった。


 そう宣言した瞬間、ラボルから殺気が溢れ、スノー目掛けてナイフを投擲された。


 そのナイフをスノーが回避したのは偶然だった。

 生まれて初めて浴びせられた凄まじい殺気に腰が砕け、尻餅をついたのだ。


 スノーの髪の毛を斬りながら頭の上をナイフが通過し、背後の階段に根元まで突き刺さった。


 ナイフが外れたと見るや、ラボルはパインを投げ捨て、スノーに向かって駆けだした。


 だが、ラボルは3歩踏み出したところで思い切り転倒した。

 その足にはルミーにプレゼントした木製の人形がしがみついていた。




 泣き叫ぶ子供たち。

 怒声を上げる人攫いの男ラボル。


 ラボルはパインの首にナイフを突きつけ、人形使いを探していた。

 すでにパインの腕からはホムラが宿る石製人形は吹っ飛ばされ、部屋の隅に転がっていた。


 人形のフリを続けながら床に転がるホムラは震えていた。


 ホムラは子供の頃から臆病だった。

 現実では家族以外とまともに話せず、ネットの中では冗談を言える明るい自分を演じてきた。

 顔がわからないミニャのオモチャ箱は最高で、臆病な本体を捨てて人形に宿れば何でもできる気がした。


 けれど、ミニャのオモチャ箱でも自然と荒事は避けてきた。

 モグのためにゴブリンに立ち向かったミニャの姿を見て魂に熱いものが脈打ったが、ゴブリン討伐のクエストは怖くて受けられなかった。


 300人もいるんだから誰かがやってくれる。

 応援することだって大切な役割だ。

 そんなふうにそれっぽい理由で自分を納得させて。


 そんなホムラがいま、重大な局面の中にいた。


 ニーテスト、誰かと交代させて!


 人間には得手不得手、適材適所がある。自分は敵の名前を調査する任務を頑張った。だから、そう要請するのは何も恥ずかしいことではない。

 しかし、その言葉がニーテストに届く前に、室内にスノーがやってきたことで事態は加速した。


(スノー:お、おいらが人形使いだ!)


 自分よりもずっと幼い子供が勇気を振り絞って声を上げたのだ。


 ズダンッ!

 その瞬間、スノーの眉間を狙ったナイフがスノーの背後にある階段に突き刺さった。


 偶然にも回避したスノー。それを見たラボルはパインを投げ捨て、間髪入れずに走り出す。

 その瞬間、ルミーが抱き抱える木製人形が跳ね起きた。


『平和バト:うわぁあああああーっ!』


 平和バトがラボルの足へ向けてがむしゃらに突進したことで、ラボルは足を引っかけて思い切り転んだ。

 平和バトはそれでも離れず、ラボルの足を殴り続ける。


 戦う力のないスノーが弟妹たちを守るために声を上げた。

 回復属性の平和バトがか弱い木製人形で何倍もある巨人に立ち向かった。


 臆病だったから、たまらなく勇気に憧れた。

 勇気さえあれば、自分の人生はまったく違うものになっただろうと夢想した。

 その心を見透かされたように、ミニャのオモチャ箱で適当に選択したのは勇気を象徴するような炎。


(ラボル:この人形もか!? クソがぁああ!)


 モグのためにゴブリンに立ち向かったミニャ。

 そんなミニャの願いのために立ち上がった仲間たち。

 弟妹のために声を振り絞ったスノー。

 必死に巨人へしがみつく平和バト。


 たくさんの勇気に触れ、いまホムラの心が生まれて初めて炎を燃え上がらせた。


『ホムラ:うわぁああああああああ! ファイアーボール!』


 石の手から炎の球が飛び出す。

 それはラボルの背中に着弾し、爆炎と共にラボルを吹き飛ばす。


『ホムラ:あぁあああああああ!』


 ホムラは走り出し、転げまわるラボルの顔面にタックルをした。

 誰かと戦ったことのないホムラの戦闘は、夢中で腕を振り回すだけの無様なもの。


 しかし、ホムラには知識だけはあった。

 顎を狙うといいらしい。


 タックルの直後に振り下ろした一撃が顎に入り、ラボルの眼球がグルンと上に回る。

 ホムラはそれに気づかず、執拗に顎を狙いまくる。


『平和バト:ほ、ホムラさん! ホムラさん! 死んじゃいますよ!』


 平和バトが止めた時には、ラボルの顎は横に外れ、骨が砕けていた。


『ホムラ:ひぅうう……あ、あたし……』


『平和バト:だ、大丈夫です! ホムラさんは子供たちを守ったんです! 凄いです!』


『ホムラ:あ、あたしが守った……あたしが……』


 初めて勇気を振り絞って何かに立ち向かったことに、ホムラは何かが弾けた音を聞いた気がした。それはきっと『自分は臆病』だと決めつける魂の呪縛が壊れた音。


『平和バト:さあ、子供たちを解放しますよ、手を貸してください!』


『ホムラ:わ、わ、わかった!』


 ホムラはもう19歳で、平和バトはまだ14歳。

 平和バトの方がしっかりしていた。


 2人はラボルから予備のナイフを奪い、一番近くのドワーフの少女の下へ運んだ。


(ドワーフの少女:あわわわ……)


 ドワーフの少女は人形に少しの怯えを見せながらも、ホムラたちに手のロープを切ってもらった。ついでに、平和バトが回復魔法をかけ、ここに来るまでに負った擦り傷などが回復される。


『平和バト:あっちの子たちも切ってください』


 平和バトの言葉をドワーフの少女は読めない。そもそもフキダシを認識できない。

 しかし、平和バトの身振り手振りを見て意図を汲み取り、ドワーフの少女はコクコクと頷いた。




 ドワーフの少女が他の少女たちの拘束を解き、木製人形が何かの魔法をかけていく。石製人形は油断なくラボルを見ていた。


 スノーは弟妹と抱き合いながら、そんな光景を見ていた。


「これは回復魔法……」


 木製人形から魔法を受けたエルフの少女が言った。


 それを聞いたスノーはハッとした。

 ルミーの具合がよくなったのは、人形を手に入れてからだった。

 あれは玉米のおかげなんかじゃなかったのだ。


「女神様の人形だったんだ……」


 スノーはここに来て、自分が拾ったのが特別な人形だったのだと理解した。

 あの日から、ずっと守ってもらっていたのだ。


 スノーはルミーたちをギュッと抱きしめ、女神に感謝した。


 そんなスノーたちの体にも回復魔法がかけられる。

 城壁の穴を潜らされた際に擦りむいた体の傷が、温かな光で癒されていった。


「あ、ありがとう!」


 そのお礼はいまの回復だけのことではなかった。

 それが伝わったのか、表情のない木製の人形が腕をグッとして応えた。


 その時であった。

 船に凄まじい衝撃が走ったのだ。


「きゃーっ!」


「やぁーっ!」


 子供たちが悲鳴を上げて転がる。

 もともと立っていた子がいなかったのは幸いか、怪我はなさそうだ。


 何かに座礁した。

 そんな経験がないスノーにも理解できるほどの音と衝撃。


 ——スノー一家拉致事件は佳境を迎えようとしていた。


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