2-33 今後について


 昼ご飯を食べ終わったあと、ミニャは森の探索に乗り出した。もちろんフル接待である。


 向かう先は森塩草の群生地から東。

 そちらの地域は下草が多く、シティ派日本人なら怖気づくような有様になっているが、異世界ネコミミ幼女の探求心を阻むにはいささか力不足。

 とはいえ、生い茂る草木は賢者たちの魔法でぶっ飛ばされ、獣道よりもはっきりした道ができていた。ネコミミヘルムを被り、聖剣を携えたミニャは、その道を油断なくキャッキャと歩く。


「あっ、モッキだ!」


『ネコ太:モッキ? それはなぁに?』


「これ!」


 ミニャは道の端に生い茂る草の中で、5本ほどまとまって生えている植物の前で座った。モッキなるものは、クルンと丸まった部分が2つあるゼンマイのような見た目だった。


「茹でて冷やして、塩で食べるの」


『ネコ太:へえ、美味しいの?』


「ミニャ嫌い!」


 ミニャはニコパと宣言。

 苦みがある山菜なんてフレッシュな子供の味覚にはそんなものだろう。


「でも大人はみんな好きだったから、お母さんといっぱい採ったんだ」


 ミニャの母親は狩人だったわけだが、獣を狩るだけの人ではなかったのがミニャからの話の端々でわかっていた。

 下流では町を拠点にして冒険者が活動しているが、ミニャの母親はそれに近かったのではないかと推測もできた。たとえば、村に家を持つ専属の冒険者のような。


 ミニャはモッキを採取して、ネコ顔のリュックサックにせっせと入れた。


『ネコ太:ミニャちゃんはモッキが嫌いなんじゃないの?』


「これは賢者様たちが食べるヤツ! 賢者様は大人だからきっと好き!」


 その思いやりの言葉に、近衛隊はワーッとミニャに群がった。

 自然教室+ネコミミ幼女というマイナスイオン超時空を展開することしばしば、100mほど歩くと渓流に出た。森塩草の東に流れる川だ。


 この川の状態はかなりワイルドで、川の水こそ綺麗だがその両岸には大変な量の雑草が生い茂っていた。川幅は2m~3m程度で水量はミニャの川よりも少し少ないくらいか。


 賢者たちが草を刈った場所から川へ降り、ネコの額ほどの川辺でチャプチャプ遊ぶ。


『ネコ太:ミニャちゃん、ウインドウで図鑑を開いてくれるかな?』


「いいよー」


 ミニャは石に座って図鑑を開いた。

 そのまま賢者に教えられて、『森林東部地図』を出す。


『ネコ太:今いるところはここね』


「ホントだ、森塩草がある! ここミニャのお家!」


 ネコ太の案内でミニャは現在地を理解する。森塩草の群生地の近くなのでわかりやすい。


 さて、賢者たちはこの数日間で湖が北へどのくらい広がっているのか調査していた。


 それによると、ミニャの拠点から真東に向かうと湖に出ることが判明した。距離にすると5kmほどだ。現在いる森塩草の群生地からだと4kmほどになるか。

 下流にある町から船で出発したとすると、湖岸はS字を描くように続いていた。S字の右側に湖がある形だ。


 ミニャの川の下流4kmほどには大滝がある。この大滝は20mほどの高さがあった。つまり、湖から見てミニャの拠点は高低差が最低でも20mはある。川は高いところから低いところ流れるわけで、それを加味するとさらに高い場所にあるはずだ。


 この20mの崖は東の湖までずっと続いていた。それどこか東に行くにつれて高低差は増して30mほどの高さにまでなった。この30mの崖は湖北部までずっと続き、森と湖を隔てる壁になっていた。


「はえー、こんな形になってるんだぁ」


『ネコ太:こっちの森もミニャちゃんのお家がある森とあまり変わらない感じなんだよ』


 ネコ太は現在地の川の東に広がる森を指さして言った。


「この川を少し上に行くと滝があるの?」


『ネコ太:そう!』


 現在いる川を上流へ1kmほど進むと高さ10mほどの滝があった。

 その滝をさらに上流へ行くと川が枝分かれしており、その川は北東で湖に直接流れ込んでいた。複雑な高低差が川の流路を生み出しているのだろう。


『ネコ太:これからミニャちゃんに考えてほしいことがあるんだけど、聞いてくれる?』


「うん、いいよー」


『ネコ太:この白い丸の部分があるでしょう? この2つのどちらかを大きく切り開いて、ミニャちゃんが過ごしやすい大きな家を作ろうと思うの』


「にゃんですと!?」


 ミニャはお尻をぴょんと跳ねさせた。


 森塩草の近くに流れる川を中心に、西と東の森にそれぞれ白い丸が書かれていた。西の森はミニャのお家がある森で、東の森はまだ手付かずの森だ。

 このどちらかを大きく切り開いて、本番の拠点を作ろうと賢者たちは考えていた。これから賢者も増えるので、村規模になるだろう。


『ネコ太:ミニャちゃんにはこの2つのどっちがいいか決めてほしいんだ。どっちがいいかな?』


「えーっ! うーん!」


 ミニャは最近ふっくらしてきた腕を組んで、うーんと考えた。


『ネコ太:こっちだと、今までミニャちゃんが過ごしてきたお家も使うことができるね』


「じゃあこっち!」


 ミニャは即決で西の森を指さした。


『ネコ太:ま、まあまあ待って。でも、東の森だと湖が近いからたくさんお魚が獲れるの』


「にゃんですと! じゃあこっち!」


 ミニャは意見を覆して東の森を指さした。


『ネコ太:まあまあまあ。よーく考えようね。悪いところも良いところもあるかもしれないからね』


「そうかも。うーん!」


 ミニャは組んだ腕を弾ませて考える。

 脳内子猫たちが円卓を作って議論は白熱する。お魚推進派の意見が優勢か。というかそれしかいない。


「うーん! ミニャわかんない! 良いところと悪いところを教えて?」


 その素直な言葉に賢者たちは感心した。

 7歳児にして部下の言葉を聞く、これぞ王の器ではなかろうか。親バカである。


 ネコ太は説明を続けた。


 賢者たちがこの2か所のどちらかに決めたのは、水路を作りたいからだ。

 水路の使用目的は、動力用、農耕用、下水用、運搬用の4つ。上水を用意したいが水属性の賢者が水を出せるので、作るのなら最後になるだろう。


『ネコ太:西側の森を切り開いた場合、いまミニャちゃんがいるこの川からお家の近くの川にお水を流す感じになるの。でもそうすると、ミニャちゃんが使った水が下流に流れて、町の人は怒っちゃうかもしれない』


「えー!」


『ネコ太:ミニャちゃんが水を飲もうとしているのに、少し上で泥だらけの服を洗い始めたら嫌でしょ?』


「嫌! ミニャわかった。だからミニャが使ったお水を流したら町の人は怒るんだね」


 賢者たちは幼女の聡明さに感服した。


『ネコ太:東側の森を切り開いた場合、ここにある北東の川の流れを変えて拠点の近くに流し、また湖に流すことになると思うな』


「そっちは町の人は怒らない?」


『ネコ太:うん。特に町の人には影響はないから気にしないと思うよ』


「ふんふん! いいかも!」


 ネコ太は地図に描かれた北にある川を指さしながら説明した。

 先ほども説明した通り、現在地から北東には湖に直接流れる川がある。その川の流れを変えて南に作る拠点付近へ流し、農耕地などを巡ったら東の湖に戻そうという算段だった。


 ミニャは地図をジーッと見て、ハッとした。


「でも、この崖があるから湖に出られないかも。どうするの?」


 東の森から湖に出るには、高低差30mの崖をどうにかしなければならない。


 それを聞いたネコ太たちは、ミニャの賢さに舌を巻いた。

 7歳児からすれば秘密基地を作る気分のはずだが、作る前に問題点を見つけたのだ。

 やはりこれが王の器……。親バカである。


『ネコ太:うーん、どうすればいいかな? ミニャちゃんはどうしたらいいと思う?』


「うーん!」


 ミニャは腕組みをして首を傾げた。

 脳内子猫がお魚ゲットのために議論を激化させる。

 その瞬間、ミニャはキュピンとした。


「穴掘りが得意な賢者様に湖までの階段を作ってもらえばいいかも!」


『ネコ太:名案!』


 接待である。

 賢者たちも最初からそうするつもりだった。


 しかし、自分が召喚する賢者たちの中に穴掘りが得意な人がいると理解しているのは、素晴らしいことだ。部下の能力を何も知らない上司に見せてあげたい麒麟児っぷり。


 ぶっちゃけ、賢者たちは東の森に村を作りたかった。東の森の方が何かと便利なのだ。

 なんと言っても湖が使えるのが大きい。この先ミニャが町へ行くことになるにしても、今の拠点から南へ行くのは一苦労。その点、湖からなら船で行ける。


 水路の件もミニャに話した通り、西の森だと使用済みの水を下流に流すことになる。20km以上離れている町なのである程度の浄化はされると思うが、水利権は争いの種になるので避けなければならない。


 西の森のメリットは実のところ少ないのだ。強いて言うなら、ルミーナ草の魔除けの匂いに守られている点か。しかし、これも植え替えれば良いだけの話なので、そこまで大きなメリットとは言えない。


 じゃあ最初から賢者たちが決めてしまえばいいじゃないかという話だが、ミニャのリーダーとしての素質を育むために考えさせているのである。


 いろいろなメリットとデメリットを聞き、ミニャの脳内子猫たちはある発見をした。


 圧倒的に東の森の方がいいかも!


 腕組み幼女は、うむと大きく頷いた。


「ミニャは東の森が良いと思うな!」


『乙女騎士:ほうほう。それはどうしてですか?』


 近衛隊が尋ねた。


「うんとうんと! 湖でお魚がいっぱい採れるし、お水のことで町の人に怒られないから!」


『賢者一同:おーっ!』


 パチパチパチと拍手喝采。接待である。

 ミニャはむふぅとした。


『ネコ太:それじゃあ東側の森に村を造る方向で進めるね?』


「お願いします!」


 ミニャが元気いっぱいにお返事すると、賢者たちはやる気を漲らせた。


「ミニャもお手伝いする! いつから造るの? 今日?」


『ネコ太:ちょっと後の話になるかな。今から20日くらいあとだね。それまでミニャちゃんは、賢者さんたちと一緒に布を作ったりして準備を始めてほしいな』


「はーい!」


 正式な拠点の製作は、学校や仕事がある賢者たちが休みになるゴールデンウイークを予定していた。現在は4月11日なので、20日後よりも少し早くから動き始めるだろう。


『ネコ太:あとね。ミニャちゃんはいま300人の賢者さんを召喚しているでしょ?』


「うん!」


『ネコ太:でもね、あと6日したら、新しい賢者さんを召喚できるようになるの!』


「にゃんですと!? 新しい賢者さんを召喚できるの!?」


『ネコ太:そうなの! 今いる賢者さんが新しい賢者さんをミニャちゃんに紹介すると、ミニャちゃんは新しい賢者さんを召喚できるようになるんだよ』


「300人よりもいっぱい?」


『ネコ太:うん。どのくらい増えるかはまだわからないけど、いっぱい呼べるようになるよ』


「はえー。ミニャ、ちゃんとご挨拶しないと!」


 そんな暢気なことを言うミニャに、賢者たちは女神様ショップの運営方法を巡る悩みを忘れて、ほわーっとするのだった。


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★近況ノートに【森林東部地図】のイメージ図を投稿しておきます。

 興味がありましたら見ていただけると嬉しいです。


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