2-32 遠足
南部の調査、スノー一家の件、女神ショップ——
賢者は多くの案件を進めているが、それはそれ。賢者たちの一番の使命はミニャのサポートであり、楽しませることだ。
というわけで、南部へ進出して数日が経った金曜日の晩のこと。
明日は社畜賢者や学生賢者たちがウキウキし始め、ニート賢者も週休7日制の後ろめたさから少しだけ解放される土曜日。
晩御飯を食べてまったりするミニャに、ビッグニュースが告知された。
『ネコ太:ミニャちゃんにプレゼントがあります!』
「にゃふ!? にゃんですと!」
その言葉に、ミニャはネコミミをぴょこんと立てて目をキラキラさせた。
ミニャがワクワクするので、隠しておいたアイテムを美少女フィギュアに宿った賢者たちがお部屋に運び入れた。
『ネコ太:ミニャちゃんのリュックサックです!』
「ふぉおおおお!」
ミニャは両手をパッと開いてお出迎えした。
全体の形状は一般的なリュックサックだ。
しかし、ファスナーがないため、入口はランドセルのようにペロンとめくれる布で開閉する。その被せる部分はデフォルメされたネコの顔になっていた。
糸は、コルンの繊維を束ねた糸をさらに2本1組に撚って作られた強化糸を使用。織る際にも横糸を詰めることで布を丈夫に作った。結果、全体的に硬めの布になり、縫い方を工夫して型崩れを起こしにくい造りに仕上げた。
また、背中と肩紐は二枚構造になっており、内部にはコルンの繊維を詰めて緩衝材に。
プレゼントはもうひとつあり、それはズボンだった。
こちらもコルンの糸から作られたズボンだが、これといった特徴はない。強いて言うなら、ゴムがないので腰紐で縛るタイプだ。
賢者たちは染める技術が未熟なため、両方とも生なりの生地を使用。若干黄色かかった白い生地である。リュックサックの猫の顔だけは、石や木を縫い付けて作られている。
さっそくミニャはワンピースの下にズボンを履き、リュックサックを背負ってみる。そうして、ウインドウの生放送を近くの賢者にセット。鏡を知らない幼女は、それよりも高度なファッションチェック技術を覚えていた。
「っっっ!」
興奮したミニャがピョンピョンすると、背中のリュックサックもユサユサ。まるでランドセルのCMにように腰を回転させればリュックサックもギュリンと背中についてくる。
「しゅっげー! みんな、ありがとう!」
全体攻撃のニコパ光線を喰らっては、賢者たちのほっぺも綻ぶというもの。
「モグちゃん、どう?」
「モググッ!」
「んふーっ!」
モグにも褒められて、ミニャはご満悦。
『ネコ太:それでね、ミニャちゃん。明日は天気が良かったら、ちょっと遠くまでお出かけをしようかと考えています』
「にゃ、にゃんですと!?」
ミニャはピョンとジャンプして、着地と同時に両手をブンブン。
『くのいち:ミニャちゃん、どうすりゅどうすりゅ!?』
「っっ!?」
近衛隊から煽られて、ミニャはその場で足踏みを始めた。その姿は散歩の気配を感じ取った犬のよう。
「ミニャ、どうしたらいい!?」
『くのいち:じゃあ、明日持っていく物をリュックサックの中に入れて準備しておこう!』
「それいいかも!」
ミニャは近衛隊と一緒に明日の準備を始めた。
リュックサックがあれば何でも入れたくなっちゃうもので、手始めにモグを中に入れて背負ってみたり。
最終的には、賢者たちがくれたミニスコップと手拭い、木のコップ、それから念のために替えの下着を入れた。
ミニャは『人形倉庫』という亜空間収納の能力を持っているため、人形に限っては入れ物を必要とせずに持ち運べる。不測の事態が起こった時のために、常に石製人形以上のスペックの人形やフィギュアを50体分入れていた。
明日のために、人形倉庫へさらに100体の人形やフィギュアを入れておく。行きの分は一緒に出発するが、帰りの分は人形を入れ替えるかもしれないからだ。
準備が終わるとミニャはお布団の中へ。
明日がすっごく楽しみといった顔だ。遠足前夜の子供の如く、果たして眠れるのか。
しかし、賢者たちはそんな経験も考慮に入れて前夜に告知した。楽しみで眠れない夜というのも良い思い出になるからだ。
とはいえ、所詮はタイプ:猫の7歳児である。お布団の魔力には抗えずに、10分もするとクテッと眠りに落ちた。
明けて翌日。
「ハッ!」
その日のミニャは近衛隊に起こされずに自力で起床。ネコミミ幼女の本気度が窺える。
ミニャとモグがご飯をモグモグしていると、料理番の賢者たちが見慣れないことをしていることにミニャは気づいた。
「トマトンさん何してるのー?」
『トマトン:これはお弁当だよ。お出かけした場所で食べるためのご飯を作ってるの』
「にゃんですと!」
ミニャはピシャゴーンとした。
今日という日の特別感が凄い件。
ご飯が終わって一休みしていると、包みに入ったお弁当がミニャに渡された。お弁当を掲げる7歳児のワクワク回路はショート寸前。
「今日はみんなとお出かけです!」
今日も行なわれる朝の会。
連絡事項を告げる口調も気合十分だ。
そんなこんなで準備が整い、遠足のメンバーがお外へ並ぶ。
ミニャとモグの生物(なまもの)組に、石や木の人形に宿る賢者組。
ミニャはネコミミヘルムとリュックサックを装備。もちろん、昨晩に貰ったズボンも着用。
モグは全裸。
賢者の方は、土曜日なので全体のクエスト参加率は高く、護衛は60名にもなる。他にもすでに出発して危険がないか四方を偵察している賢者が40名いる。
賢者たちが宿るのは、フィギュア型やゴーレム型の人形。
希少石を使ったフィギュアや人形の数は3割ほど。サバイバーやネコ太のような特別な役割がある賢者に優先的に使わせ、残った枠は早い者勝ちだ。
「しゅっぱーつ!」
「モモグゥ!」
ミニャとモグの元気な号令で、いざ出陣。
すっかり拠点らしくなった土塁を出て、お外へ。
向かう先は森塩の群生地だ。
ミニャの歩行は7歳児らしい歩幅だが、それを追う賢者たちは若干の小走りだ。足の長さが違いすぎる。モグも短い足を回転させてちょこちょことついていく。
「あっ、聖剣!」
すぐにミニャは良い感じの棒をゲットして、即座に聖剣と名付けた。
ビュンビュン振って、攻撃力と子供力がアップ。いつでも来い、とばかりのむふぅ顔でのしのし歩く。
そんなミニャたちが通る道は、この数日間で賢者たちが作っておいた。
ウインドボールを水平に射出するという雑な草刈りだが、草が生い茂る中を進むよりはずっといい。
≪サバイバー:あと5分くらいでポイント1に到着するよ≫
≪雷光龍:了解。アシナガバチくらいの大きさのハチを見かけたから、それだけ注意してくれ。あとは異常なし≫
≪サバイバー:了解≫
護衛班は、護衛専用チャットルームで危険を伝え合う。
どうやらハチを見かけたらしいので、虫殺しの魔法が使える賢者たちが目を皿のようにして襲撃に備える。虫さん逃げて。
「あっ、プッチン苺だ!」
さて、ポイント1はミニャの食卓によく乗るプッチン苺の群生地である。
ミニャが賢者たちと出会った2週間前は酸っぱかったが、最近になると熟して甘味が増している。その代わりに虫に食われた物も多くなってきたので、あと1週間くらいで旬は過ぎるだろう。
少し苺取りをして、賢者たちが背負う小さな籠に入れていく。虫付きが多いので、現地に着いたら塩水で洗ってから食べる予定だ。
そんなイベントを挟みつつ、1kmほど離れた森塩草の群生地には2時間程度で到着した。
「あっ、みんないる!」
ミニャがズビシと指さした先では、賢者たちが手を振って待っていた。
さっそくそこへ行くと、ミニャのお部屋と同じくらいの大きさの竪穴式住居があった。
「おー、お家だぁ……」
『ネコ太:ここは賢者さんたちがみんなで作ったんだよ。そこにあるお塩を取って、ここに運んでおくの』
「はえー、なるほど」
森塩草は塩を作ってくれる不思議な草だが、いつまでも取れるとは限らない。なので、不測の事態に備えて取れるうちに採取しておこうということになって、倉庫を作ったのだ。
すでにミニャ1人なら余裕で10年は過ごせるくらいの塩が確保されており、土で作られた容器の中に大量に入っていた。
それでも森塩は日々どんどん生成されていた。森塩草は葉っぱの裏に塩を作るのだが、これをこそぎ落とすと3日後には真っ白になるのだ。さらに、地面にはこれまでに積もった塩がまだまだある。
そんな植物がテニスコート1枚半ほどの広さに群生しており、これはかなりの財産と言えた。所有権を主張していいのかは不明だが。
ミニャは倉庫の中にリュックサックを置き、代わりにツル籠を背負った。ツル籠の中には持ってきたミニスコップも。これから鬼芋の採取に向かうのだ。
時刻は11時。もうそろそろお昼を意識する頃合いだが、7歳児にとって1時間あればエキサイティングな時間を過ごせる。1年が一瞬で過ぎ去るようになってしまった賢者たちとは時間の感覚が違うのだ。
賢者たちに案内されて、ミニャは鬼芋の群生地へとやってきた。
『ブリザーラ:ミニャちゃん、これが鬼芋の葉っぱっす!』
鬼芋発見チームのブリザーラが得意げに教えた。
「ふむふむ」
素直なミニャは頷いて鬼芋の葉っぱの形状を観察する。
ミニャは母親から植物には似た物が多くあることを教わっていた。だからか、ミニャの脳内子猫たちが鬼芋の特徴をしっかりと書き留めていく。
その真剣な眼差しに、自分が7歳児だった頃はこんなだったかな、と賢者たちは記憶を掘り起こす。自分で育てた朝顔ですら碌に観察した記憶がない。
ぬくぬく勢の賢者とサバイバル幼女では、やはり人生観が違った。
『ネコ太:ミニャちゃん。植物の形が分からなくなっちゃったら、賢者さんたちが図鑑に記録してくれているからそれを見てね』
「うん、わかった! あっ、モグちゃんがもう始めてる!」
「モモモモモモッ!」
鬼芋の食べ方を知っていたモグは、鬼芋の取り方も知っているらしい。モグラ型の幻獣だけあって穴掘りは得意で、さっそく土を堀り掘りしていた。
というわけで、ミニャもいざ芋掘り。
ミニャは持ってきたミニスコップでサクサクと地面を柔らかくして、ツルを引っ張った。
すると、大小4つの鬼芋がツルにくっついて出てきた。
「わぁ!」
いつも食べている鬼芋を自分でゲットして、ミニャは顔をキラキラさせた。
『ユズリハ:ミニャちゃん、このお芋は小さいから取らないでね。こっちの2つを取ろうか』
「はーい!」
『ユズリハ:このちっちゃいのは育ったらまた取ろうね』
ブリザーラと同じく、森塩草発見チームの一人のユズリハが教える。
子供にものを教えるという行為を楽しく感じる大人は多い。賢者たちもそうだ。これが行き過ぎると教えたがりオジサンとか言われるわけだが、群れを成す人にとって少なからず誰しもが持つ本能のようなものなのだろう。
ミニャは教えられた通りに大きな鬼芋を取った。
「硬い! 石みたい!」
ミニャは2つの鬼芋を叩き合わせて、カチカチした。
『トマトン:この中にいつも食べているホクホクのお芋が入っているんだよ』
「へー!」
まだ空のツル籠の中に、取ったばかりの鬼芋を入れる。初めての収穫にミニャはむふぅと達成感。
それからもモグや賢者たちと一緒に芋掘りをするミニャは、とても楽しんでいた。
そんなミニャを見て、賢者たちも子供の頃を思い出す。
ちょうどミニャくらいの歳に学校行事で芋掘りをした賢者は割とおり、その時はとても楽しかったことを思い出すのだった。
お芋掘りは1時間ちょっとで終わった。
1日1行動制で暮らしてきた賢者たちはすっかりタイムキーパーとしての素質を失っており、1時間ちょっとでこれだけ濃厚なイベントができたことに驚きを隠せなかった。
ミニャが持てるだけの量をツル籠に入れ、あとは賢者たちが担いで倉庫まで戻った。
倉庫に荷物を置いたら、お外でお弁当だ。
「どんなかな、どんなかな」
ミニャがコルンの布で作られた包みを解くと、お弁当箱が。
木枠に薄く石でコーティングしたお弁当箱で、フタには可愛い猫の顔の希少石が埋め込まれていた。
「わぁ、子猫!」
ミニャの楽しいゲージがギュンギュン上がる。これぞ賢者たち流のおもてなし。
もちろん、中身も可能な限り凝っていた。
鬼芋の輪切りには一枚一枚に猫の顔の焼き印がされており、鳥肉も形を整えられてモグの顔にされていた。
ただ、いかんせん材料が乏しいので、弁当全体で何かを表現するようなことはできなかった。
とはいえ、ミニャへの愛が感じられる素敵なお弁当であった。
「しゅごー……モグちゃん、猫!」
「モモ、モグッ!」
ミニャが鬼芋の輪切りをつまんでモグに自慢した。
モグはそんなことよりも鬼芋を食べたそう。
「見て見て、猫!」
ミニャは賢者たちにも見せてあげた。
とても気に入ったようなので、この焼き印は今後も使われることだろう。
一方、賢者たちもお弁当を運んできており、そっちは普通だった。勝手に食えやと言わんばかりに適当に詰められており、賢者たちへのぞんざいな扱いが感じられるお弁当であった。
「んー、美味しい!」
すっかり冷えているものの、遠足で食べるお弁当の味は最高だ。
ミニャはニコニコしながらお弁当をペロッと平らげるのだった。
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