2-29 怪人サバイバー
『サバイバー:それじゃあ行ってくるよ』
『クインシー:ああ、気をつけてな』
本日はスノーを追って、その暮らしを少しだけ手助けしてあげようという魂胆だった。
慎重な言動が多いニーテストがこれを許可したのは、何もスノーたちが可哀そうだからという理由だけではない。
女神様ショップが解放されたあと金を稼ぐには、多かれ少なかれ外部の人たちの目に触れるようになる。そうなった時に子供を見捨てたという外聞の悪い過去を持ちたくなかったのだ。将来的にアンチが湧くのは確定的に明らかだが、わざわざエサを与えてやる必要はないのである。
さて、監視穴から抜け出して出発したのは、サバイバー。石製人形の体はツルと葉っぱで作られたギリースーツで覆われていた。
森は冒険者たちが踏み入っているためか、獣道のようなものが幾本もあった。スノーは棒で蜘蛛の巣をやっつけながら獣道を適当に歩く。
ちなみに、草人形にしてはどうかという案も出たが、試しに草人形を作ってみると活動時間が40分程度しかなかったためボツとなった。
サバイバーは葉擦れの音をひとつもさせずにスノーを追跡し始めた。
【432、名無し:俺、サバイバーに追跡されて気づける自信ないわ】
【433、名無し:なに食ったらこんな怪人が育つんや?】
【434、名無し:でも最近はサバイバーと一緒に鳥を狩りに行くやつも増えたからな。1年後には隠密部隊ができるんじゃないか?】
【435、名無し:のちの黒猫御庭番衆である】
【436、名無し:普段は宅配業者に扮してそうやな】
森の入り口付近はかなり手入れがされていた。
冒険者が通っているからかと賢者たちは考えていたが、それは理由の半分だった。もう半分はスノー自身が見せてくれた。
一度森の外に出たスノーは、10mほど草木が茂って藪のような状態になっている場所に目をつけると、藪を形成している低木やツル科の植物を切り始めた。
【561、名無し:持って帰るのかな?】
【562、名無し:たぶんそうじゃない? カマドを使ってたし、乾かして薪とかにするんだろう】
【563、サバイバー:どうやらスノー君だけじゃなく、他にも森の入り口でこういった採取をしていく人がいるみたいだね】
【564、名無し:どうしてわかんの?】
【565、サバイバー:すぐそっちに別の人が作業した跡がある。スノー君とは全然やり方が違うから、別の人だろうね】
森の中で観察しているサバイバーが視線を向けた先には、たしかに低木が切られた跡があった。
【566、名無し:はえー、ホントよく気づくな】
【567、サバイバー:いや、これは君らでもこっちにいればすぐに気づくよ。草刈り後の青臭さがあるし、羽虫の群れも飛んでいるからね】
【568、名無し:あー、あれねー。あの臭い嗅ぐと草刈りの面倒くささを思い出すから嫌いなんだよな】
【569、名無し:俺はお茶っ葉みたいな香りで好きだけど】
【569、名無し:生まれてこの方シティー派マンション暮らしの俺氏、ミニャちゃんハウスの草刈りが人生初の草刈りだった模様】
【570、名無し:そんなヤツいるんだな。俺とか毎年だぞ】
スノーのようにたびたび枝取りやツル取りに来る人がおり、その結果、森の入り口がボサボサにならないのだろう。
スノーは低木や枝をまとめてツルで巻き、ツル自体も大量に採取した。
そうしていると、女性冒険者が3人やってきた。
少し離れて通り過ぎようとした3人だが、ふと足を止めて言う。
(金髪の女:おい、お前)
(スノー:な、なに?)
近寄ってきた金髪の女にスノーは身構えた。
金髪の女は伐採した葉っぱを拾って言った。
(金髪の女:この葉っぱがついていた木を燃やすと喉を傷めるぞ)
(スノー:……本当?)
(金髪の女:ああ。死にはしないが薪代の代わりに治療費を払うことになる。持って帰るのなら、コイツにしたほうが良い)
賢者たちがざわついていることなど知る由もなく、金髪の女は腰の手斧を手に取ると、細い木を一振りで切り倒した。
そこら中でツルが絡まっているためそれだけでは倒れないが、どの木を取るべきなのかは一目瞭然だ。女の手助けはそれで終わった。
(金髪の女:それじゃあな)
(スノー:あ、ありがとう!)
(金髪の女:あと、わかっていると思うが薪を売ると捕まるからな)
(スノー:う、うん。売らない)
女はそう言って、仲間たちと東の方へと去っていった。
賢者たちのウインドウに「ひゅー、カッコイイ!」などと仲間たちの冷やかしの翻訳が流れる。しかし、転んで泣く小学生を助けてあげると事案になるクソゲーの中で暮らす賢者たちからしても、確かに金髪の女は堂々としていてとても格好良く見えた。それこそ、今日は姉御系強者女子が登場するエロ本にしようと固く決めるくらいに素敵だった。きっとセットで触手も登場するに違いない。賢者とはいったい。
【610、名無し:ていうか、有毒の木って本当なのかな】
【611、カーマイン:図鑑にはまだ登録されていない木ですね。夜にでも調査に向かいます】
【612、名無し:それよりも薪を売ると捕まるってマジ?】
【613、名無し:知らんけど、組合があるんじゃないか?】
【614、カーマイン:領主がいるのなら森の木は領主の物の可能性があります。ですから、勝手に切られないためにも木材関連の組合が薪も管理しているのでしょう】
【615、名無し:細い木は良いのかな? めっちゃ切っちゃってるけど】
【616、名無し:ダメなら今の人が注意してただろうから、大丈夫なんじゃね? 要は建材になるような木だろ】
【617、名無し:俺たち、コルンの木をスーパー切ってるけど大丈夫かな?】
【618、名無し:その時はゴブリンがやったって言おう】
【619、名無し:あの世に逝ってまで汚名を着せられるゴブリンさん( ;∀;)】
【620、名無し:でも、冗談抜きで問題にならないか調査しておいたほうが良いよ】
賢者たちがわいのわいのと語り合っている間にも、スノーは金髪の女の助言を素直に聞いて、集めた木を捨て、新しい木を細かくした。
その作業が終わると、薪の束とツルの束を担いで再び森の中に入った。
帰り際にやれば重い荷物を背負わずに済むのに、やはりスノーはちょっと要領が悪いのかもしれない。だが、頑張って働く10歳くらいの少女をバカにすることは誰にもできなかった。
森の入り口付近にはすでに冒険者はおらず、サバイバーは仕事がやりやすかった。ギリースーツで身を隠し、茂みに同化しながら追跡する。最高にホラーだ。
スノーは時折立ち止まり、草を採取する。
昨日集めていた『女神の恵み』だ。
【710、カーマイン:もしかしたら、スノーさんは女神の恵みしか知らないのかもしれませんね】
【711、名無し:それは俺も思った。いまスルーしたのってコジャ草だよな?】
【712、カーマイン:はい、コジャ草です。他にもいくつか見逃している物があります。ひとつならともかく複数の薬草を見逃すとなると、教わったことがないのかもしれませんね】
コジャ草は鼻関係の何らかの薬になる植物だ。
ミントのような味なので、賢者たちは料理用のハーブとして使っている。
それからもスノーは女神の恵みだけを集めて袋に入れていき、カーマインの推測は強まった。
同じくキッズなミニャはというと、母親に教わったようでいろいろな薬草を知っていた。コジャ草が鼻の薬になるというのも、植物鑑定ではなくミニャから教わった知識である。しかし、調薬の仕方まではミニャも知らなかった。
しかし、スノーも他にわかる植物があるようで、途中でスカンポのような植物を採取し始めた。それは昨日スノーが食べていた茎の長い植物だった。
それを3本採取すると、川の方へと戻っていった。
サバイバーも一旦見張り穴に戻って人形の交換を行なった。新しい石製人形もすでギリースーツが着せられている。
昨日同様に、スノーはスカンポのような植物を食べて苦い顔をした。
4匹の魚を妹たちに食べさせてしまったので、これがスノーの食事なのだろう。
【780、ニーテスト:それでサバイバーよ、何か援助はできそうか?】
【781、サバイバー:うーん、どうだろう。偶然が重ならないと難しいね】
【782、ニーテスト:可能な範囲で構わん。無理なら夜に彼らの家に食べ物を投げ込めばいいだろう】
食事を終え、今日はラムーを採るようなヘマもなく順調に採取が続いた。
スレッドが新しくなってしばらくすると、サバイバーが言った。
【254、サバイバー:チャンスだ。ちょっと激しく動くよ】
【255、名無し:どんなチャンスなのかさっぱりわからない件】
サバイバーは女神の恵みをせっせと摘み取るスノーから離れ、サササッと木に登り始めた。
【266、名無し:草の団子が木の幹を登っとるwww】
【267、名無し:マジで怪人なんだよなー】
【268、名無し:ウチの家の壁をこんなのが登ってたら悲鳴を上げるわ】
サバイバーはかなり高い位置まで登ると、スノーが屈んで下を向いていることを確認して、行動に移した。
その視線の先は隣の木。そこには昨晩、丘陵地帯で多く生息していたジタタキの巣があった。
サバイバーは枝を蹴って跳んだ。
その音を聞いたスノーがハッとして立ち上がり、樹冠を見上げる。その頃にはサバイバーはジタタキの巣の中に着地し、殺戮を始めていた。
すやすや眠っていたジタタキのオスの首を水のナイフで切り裂き、激怒するメスの攻撃をひらりと回避し、やはり首をナイフで切り裂いた。
【280、サバイバー:あまりメス鳥は殺したくないんだけどな】
サバイバーはしばし黙祷すると、ジタタキのオスメスを巣の外へ投げた。
一方のスノーはあわあわとしていた。
鳥の巣の中で何かが戦っている。怪人と鳥さん夫婦が戦っているわけだが、スノーは知る由もない。
バサバサしていた翼の音が鳴りやむと、スノーの目の前の茂みにバサリと絶命した2羽のジタタキが落ちてきた。
ビックリしてビョーンと跳ねたスノーは、転がるように近くの木の後ろに隠れた。
先ほどまでの音が嘘だったかのように、森はいつもの静けさに戻った。
ジタタキの巣から観察するサバイバーの目を通して、スノーの様子を見る。
スノーは5分ほどしても出てこなかった。いなくなったわけではなく、向こうもジタタキの巣や死体をチラチラと見ていた。ジタタキの巣を覗く時、怪人もお前を覗き見ているのだ。
【340、名無し:このジタタキはスノーちゃんのだよー。出ておいでー】
【341、名無し:死体をプレゼントって考えてみればヤバいな。日本だったら手錠が確定するぞ】
【342、名無し:怪人・死体プレゼントオジサン爆誕】
【343、サバイバー:俺はまだオジサンって歳じゃないよ】
【344、名無し:他の部分も否定しろwww】
10分して、やっとスノーはそろーっと出てきた。
そして、ジタタキをツンツンして死んでいることを確認すると、周りをキョロキョロと見てからジタタキをゲットした。
【382、サバイバー:ミッション完了かな】
【383、ニーテスト:ああ、ご苦労。どうやらスノーも帰るようだから、適当にあがってくれ】
【384、サバイバー:了解】
【385、名無し:ところでジタタキが禁鳥ということはないよな?】
【386、サバイバー:……それは全然考えてなかった】
【387、名無し:おいー! 今日もスノーちゃんが怒られちゃったらどうすんだよ!】
【388、名無し:いや、怒られるだけならいいけど、本当に禁鳥でこの国が封建制なら、牢獄にぶち込まれてもおかしくないぞ】
【389、サバイバー:ちょっと取り返してこようか?】
【390、名無し:ちょっといいか。たぶんそれは大丈夫だ。昨日の冒険者でジタタキの死体を持っていたヤツがいた。だから、禁鳥ではないはずだ】
【391、名無し:マジか。確認するからソースを頼む】
【392、名無し:ワンワンの動画の14時くらいだ。川の上流から戻った3人か4人組の冒険者が持っていたはず】
過去動画を確認すると、たしかにジタタキを持っている冒険者はいた。
一同はホッとしてその後の成り行きを見守った。
(ザイン:おいおい、ジタタキか! どうしたんだ、それ!?)
いつもの森の入り口で合流した保護者の冒険者たちは、スノーが持っているジタタキを見て非常に驚いた顔だ。そこには昨日のような怒った様子はない。
(スノー:おいらにもよくわかんない。ジタタキの巣みたいなところで何かと戦って、落ちてきたのを持ってきたんだ)
(ザイン:人の獲物だったんじゃないよな?)
(スノー:うん、人はいなかったし、結構待ったけど誰も来なかった。たぶん、何かの魔物だと思う)
(ザイン:ほー、そいつは運がいいな)
どうやら冒険者たちはスノーの取得物だと認めてくれたようで、賢者たちはホッとした。
(スノー:なあなあ、これはいくらになる?)
(ザイン:売るのか? それなら2羽で銀貨3枚くらいだな。コイツも魔物だからな。使い道が多い)
(スノー:ほ、本当!? 売る!)
(ザイン:だが、どういう相手にやられたかわからんから、ギルドで毒の鑑定はしてもらうぞ。毒で肉が食えないのなら値段は半分まで下がる)
それは尤もな話なので、スノーも賢者もうんうんと頷いた。
その後、スノーは採取した女神の恵みを見せた。
こちらも本日は問題なかったようで、ギルドで売ることが決まった。まあ、森のどこでも採れる物なので、そこまでの報酬にはならないだろう。
【821、名無し:どのくらい仲介料を中抜きされるのかな?】
【822、名無し:良心的なら中抜きなし、普通なら2割、極悪なら7割ってところじゃないか?】
【823、名無し:スノーちゃんを連れてくることにどれほどのリスクがあるかわからないけど、3割までが妥当じゃない? さすがに良い大人がこんなガリガリな子供から儲けを奪わんでしょ】
その後、森の入り口監視隊から裏門監視隊へ生放送の実況が代わり、裏門の外にある冒険者用の建物の前では、ピョンピョン跳んで喜ぶスノーの姿が確認された。
どうやら良い感じの報酬が貰えたようだ。
これには賢者たちもニッコリするのだった。
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