2-30 魂の治療


(子供たち:わぁ!)


 スノーの弟妹たちが、袋に入った物を見て歓声を上げた。

 それは子供たちにとってビッグイベントだったようで、ホラー人形は床に放置プレイ。


 だが、すぐにルミーがごっこ遊びの一環で、人形にも袋の中の物を見せてくれた。まさかその中に人間が宿っているとは知らずに。


 スノーが報酬で買ってきたのは、なんとお米だった。米は1kgほどあり、数日はちゃんと食べられそうだ。

 これにはスノー一家見守りスレッドでも大盛り上がりだ。


【456、名無し:でも、なんか日本の米と違くないか?】


 この町で栽培している米は黄色味が強く、なによりイクラがそのまま米になったような球体だった。


【457、名無し:たぶん、玄米ってヤツなんじゃね?】


【458、名無し:いやいや、玄米もお米型だよ。これはもうこういう品種なんだと思う】


【459、名無し:はえー、食ってみたいな】


【460、名無し:そもそも米じゃないのかもしれないぞ。俺はむしろ稗に似ていると思った。俺が知っている稗よりも大きいけど】


【461、名無し:あ、あー、ハイね。美味しいよね、あれ】


【462、名無し:ヒエだ】


【463、名無し:とりあえず、木属性の鑑定結果を待とうぜ】


 ニーテストがすぐに木属性と生産属性の賢者を派遣して、それぞれに鑑定させた。生産属性を送ったのは、脱穀されたお米なので生産鑑定の方が適していると思ったからだ。


■賢者メモ 植物鑑定&生産鑑定■

玉米たまごめ

・ポピュラーな穀物。収穫から2年経っている。

ひえあわで嵩増しされており、最低品質。

・ミニャにとって、毒性なし、薬効あり、食用可。ただし、加熱しなければ十分に栄養を吸収できない。

■■■■■■■■■■■■■■


【490、名無し:玉米っていうのか。じゃあ普通の米もあるのかな】


【491、名無し:米って2年も持つの?】


【492、名無し:管理をちゃんとしていれば米に消費期限はないらしいけど、味は落ちるって話だね】


【493、名無し:飢饉用の米蔵の米を入れ替えた物が安価で売られているんじゃないかな。そうでなければ2年物なんて出回らないと思う】


【494、名無し:その線はあるね】


【495、名無し:だけど、そうなると昨年の不作で蔵を開けなかったことにならないか?】


【496、名無し:ミニャちゃんのいた村はこの辺りじゃないみたいだし、ここは不作があまり関係なかったのかもしれない。水もかなり豊富みたいだし】


【497、名無し:むしろ、今が不作の煽りを受けている可能性もあるよ。それでコイツらは蔵出しの米に稗粟を混ぜて売っているとかさ】


【498、名無し:うーん、領主館の天井裏に人形を送り込みたいな】


【499、名無し:思考がヤバくなってきたな】


 賢者たちがそんな好奇心を持つ一方で、子供たちは純粋に食べ物ゲットに沸いていた。

 その姿は、まるでパイナップルがテーブルにデンッと鎮座した昭和40年代の日本の子供のようだ。炊き方がわからないという事態にならないことを祈るばかりである。


 幸いにしてスノーは玉米の炊き方を知っているようで、すぐに料理を始めた。

 どうやら水に2時間ほど浸す必要があるようだ。


【580、名無し:なるほど、球体だから水に浸す時間が長いのか】


【581、名無し:炊飯器任せだからカマドでの炊き方はわからんなー】


 ご飯が炊きあがったのは、19時くらいのことだった。

 子供たちはうつらうつらしつつも、ご飯を楽しみにして待っていた。普段はすでに食べ終わってそろそろ寝ようという時間なのだろう。


 炊きあがったご飯は形が崩れているが、やはり球体の名残がある。色は薄茶色で、甘い香りがした。

 ご飯は平皿に盛られ、木のスプーンで食べる様子。昨晩の魚は手で食べていたし、この家にはスプーンしかないのかもしれない。


(パイン:ルミー、美味しいね!)


(ルミー:まうまう……うん、美味しい!)


 お腹を空かせて待っていたこともあり、みんな夢中で玉米を食べていた。これには賢者たちもほっこり。ちなみにオカズはない。




 その晩の20時。

 拠点ではミニャが賢者たちと共に生放送を見ていた。

 生放送に映るのはボロ小屋の中ですやすや眠る異世界キッズ。


 灯りというのは人の生活を変えるのだろう。

 同じ年頃のスノーたちが眠る時間に、賢者たちの光魔法があるミニャはまだお目々ぱっちりで起きていた。日本の子供ならこれからアニメを見たいと言うかもしれない。


『ネコ太:それじゃあミニャちゃん、始めたいと思います』


「よろしくお願いします!」


 にゃんのボーズで敬礼するネコ太に、ミニャも同じポーズで応戦した。


 ミニャからGOサインが出たので、遠く離れた人形に宿る賢者にスレッドで連絡が取られた。異世界キッズが手に入れたホラー人形である。


 ところ変わってスノーの家。

 木製人形に宿っているのは、回復属性の平和バト。

 さらに、石製人形には光属性の竜胆が宿っていた。竜胆は魔法鑑定要員である。


『平和バト:それでは竜胆さん、始めます!』


『竜胆:うん、頑張って』


 ルミーに抱っこされた平和バトはその腕から抜け出して、そろーっと動き出した。一方の竜胆はパインに抱っこされたまま高みの鑑定。


 まずは全員に健康鑑定をかけて健康状態を再調査した。

 昨晩鑑定した時と変わらず、ルミーが命に係わる病気、スノーは過労、ラッカは風邪の状態であった。


 最初にラッカの風邪を回復することに。


『平和バト:ラッカ君の風邪よ治れ~』


 そう願った平和バトの手からペカーッと優しい光が放たれた。


■賢者メモ 魔法鑑定■

『闘病支援』

・魔力を病と闘う力に変換して他者に与える。病に対して大きな成果を上げるが、確実に治せる魔法ではない。

■■■■■■■■■■■■■■■


『竜胆:よし、鑑定できたよ。闘病支援という魔法らしいね』


『平和バト:えーっと、ラッカ君の状態が『風邪:回復バフ』の表記になりました!』


『竜胆:なるほど、一瞬では治らないのか。免疫力などが上昇しているのかな?』


『平和バト:明日の朝にもう一度鑑定してみましょう』


 回復魔法は全属性の中で一番魔法の発見が遅れていた。

 魔法は、魔法で行ないたいことが持っている属性と合致しており、かつ魔力があれば発動すると考えられている。これで多くの魔法が発見されてきたが、回復属性は実験の機会が非常に少なかったのだ。

 だが、健康鑑定を使えば回復魔法で治療できるかどうかはわかるので、各種魔法の存在自体は疑っていなかった。


 本日、異世界キッズで人体実験したことで、回復属性の賢者たちは『闘病支援』を習得した。


 これはニーテストの狙い通りでもあった。

 明らかに苦労してそうなスノーに人形を拾わせれば、病気の人を回復する機会が早くに訪れるのではないかと考えたのだ。もし、商店に売ったのなら、それはそれで異世界の加工品を鑑定できるので損はない。

 実のところ、スノーに持ち帰らせて町の中を調査するというのは、ニーテストにとって割とどうでもいいことだったのである。サバイバーを夜に忍び込ませれば、効率的に調査してくれるだろうし。


『平和バト:じゃあ次に行きますね』


 平和バトはこそこそとスノーに近づいた。

 スノーは気を張っていそうな雰囲気の少女だったが、お金を稼げた安堵感からか、かなり深い眠りに落ちているようだった。


『平和バト:疲れよ吹き飛べ~』


 平和バトは再びペカーッとスノーに光を浴びせた。

 今度は赤い光だ。その光を竜胆がジッと見つめて、頷く。


■賢者メモ 魔法鑑定■

『疲労回復』

・魔力線に流れる魔力を活性化させて短時間で体力を回復する。

■■■■■■■■■■■■■■


 これもかなり便利な魔法だろう。

 ミニャは体力が有り余っているのでなかなか使い時はなさそうだが、長距離を走って移動するクエストを受けた賢者たちに使えば、さらに馬車馬のように働いてくれるかもしれない。非常に危険な魔法である。


『平和バト:それじゃあルミーちゃんの治療をしますね』


『竜胆:その前に彼女の魔法治療の再確認をしよう』


 平和バトが鑑定したルミーの病気はこんなものだった。


■賢者メモ 健康鑑定■

『魂梗塞(こんこうそく)・肺』

・体内の魔力線が詰まる病気。様々な合併症が起こりやすくなり、放置した場合の死亡率は極めて高い。他者にうつることはない。

・左肺の魔力線が詰まり、魔力の流れを止めている。回復魔法で比較的容易に治療できる。


『風邪症候群』

・ウイルス性の風邪。他者にうつる可能性がある。

・回復魔法で容易に治療できる。

・左肺の魂梗塞に起因しており、魂梗塞を治さなければ再発・重症化するおそれがある。


『魔力循環不順』

・何らかの原因で魔力の巡りが悪くなる病気。健康状態や身体能力を低下させる。他者にうつることはない。

・この病気を治すには、まず原因を改善・治療しなくてはならない。

・左肺の魂梗塞が原因であり、魂梗塞を治せばこの病気も完治する。

■■■■■■■■■■■■■■


 つまり、悪いのは全部『魂梗塞・肺』ということになる。


 これは賢者たちにとってもかなり興味深い内容だった。

 魂の存在は女神ショップの文言で知っていたが、人間の体内に魔力の線があるのは初めて知ったことだ。中には生まれつき体が丈夫ではない賢者もおり、魂の改善について本気で考え始めていた。


 というわけで、魔法治療の手順は魂梗塞を治して、次に風邪を治すことになる。


『竜胆:魔力は大丈夫かい?』


『平和バト:はい、大丈夫です。枕元にカロリーバーとか色々置いておきました』


『竜胆:他の回復属性も待機しているから、無理そうなら言うんだよ』


 魔力消費は、帰還後に本体の空腹として現れる。なので、賢者たちは大きな任務に就く前には必ずすぐに食べられる物を用意していた。


『平和バト:ふぅ……左肺の魔力線よ、正常になれ~』


 平和バトは魔力線という未知の器官をイメージして、手をかざした。

 すると、ルミーの左胸が優しい光に包まれた。


■賢者メモ 魔法鑑定■

『魂魄回復』

・魂魄性の傷や病気を治療する。

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『竜胆:ふーむ、魂魄性の傷や病気か。地球にはない概念だな』


 地球人の体も同じならばあらゆる分野に激震が走るな、と竜胆は思った。


 目に見えない魂が対象なので効果はわかりづらいが、ルミーは呼吸がしやすくなったのか、心なしか寝息を深くした。


『竜胆:魔力は大丈夫かい?』


『平和バト:はい、大丈夫です』


 平和バトはそう答えるが、3つの魔法を使って魔力をかなり消費していた。

 しかし、この程度の魔力消費で泣きごとなんて言えるかと、続く魔法治療も平和バトが行なった。


 魔力循環不順は魂梗塞の治癒と同時に完治した。あとは風邪を治すだけだ。

 先ほども使われた『闘病支援』を使用すると、ルミーの健康状態は『風邪・回復バフ』『栄養失調』という表示に変化した。

 ちなみに『栄養失調』はスノーたち全員にあるバットステータスだ。玉米を食べたくらいでは治らないようである。


『竜胆:よく頑張ったね』


『平和バト:はい! 僕の力が役に立って良かったです!』


 こうして、賢者たちはこっそりと子供たちの命を救ったのだった。




「ルミーちゃん元気になった?」


 生放送で一連の活動を見たミニャが問うた。


『ネコ太:うん、ばっちり!』


「ホント!? 良かったー!」


 ミニャはニコパと笑って、パチパチパチと拍手した。


『ネコ太:平和バトに今度会ったら褒めてあげてね』


「うん! ピカーッて凄かった!」


『ネコ太:まあ魔法に関してはミニャちゃんが凄いからなんだけどね』


 賢者たちは知識や労働力こそ提供できるかもしれないが、魔法の力はミニャの能力に起因している。だから凄いのはミニャちゃん陛下なのである。


『ネコ太:それじゃあ、夜更かしするとミニャちゃんも風邪ひいちゃうから、温かくして寝ようね』


「えー。ミニャもうちょっと生放送見たいなぁ」


 幼女は生放送の味を覚えた。テレビっ子の素質ありだ。

 とはいえ、まだ21時前なので、ミニャをお布団に入れて、南部や森の中を探索する賢者たちの活動を視聴して楽しむのだった。


 しかし、そこは幼女。

 お布団の魔力には抗えず、10分もすると寝落ちした。

 金曜日の夜にやる天空の城なアニメは、きっと最後まで見られないタイプである。

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