2-28 異世界人の生活調査


 調査が行なわれているのは町中だけのことではない。


 まずは南西、穀倉地帯。

 こちらでは朝早くから多くの人が畑仕事に精を出していた。


 とはいえ、どうやら今の時期は田んぼの作物の成長を見守る時期のようで、クワで耕すようなわかりやすい農作業はしていなかった。除草を行なっている人が多いように見られる。


 堤防から少し離れた場所に背の高い草が生えているエリアがあった。

 そこの草刈りをしている人が非常に多く、刈った草を各畑の近くに持って帰り、謎の作業を始めた。葉っぱを取り、茎の部分を用水路に入れているのだ。


【340、名無し:これ、なにやってんだ?】


【341、名無し:これはたぶん糸作りか、籠作りのどちらかだな。糸作りの場合は流水で植物を腐らせて、肉の部分よりも腐るのが遅い繊維を取り出すんだよ。籠の場合はツルや茎を水に入れておくと曲がりやすくなるらしい。ニコチューブで見た】


【342、名無し:はえー、賢い】


【343、名無し:だろ?】


【344、名無し:いや、お前じゃなくて農家の人がだ】


 鑑定範囲に入っていないのでその時はわからなかったが、この晩に近づいて調査してみると、この草こそがスラムの服の原料であるスーピィ草だとわかった。2、3本パクって秘密工房内で調査すると、たしかに繊維が採りやすい植物に思えた。


 他にも、あぜ道に生えている植物を採取している人が非常に多かった。賢者たちが隠れる堤防に生えている植物も採取されている。おそらく農家の貴重な食糧なのではないかと考察できた。


 賢者が目の敵にしている布製品だが、農家の人は全員がズボンタイプだった。


【351、名無し:女もズボンなんだな】


【352、名無し:水田はヒルがいるから、あまり素足では入らないものだよ。服を洗うのは大変かもしれないけど】


【353、名無し:あー、ヒルがいるのか。そりゃ無理だな。じゃあズボンは作業着ってことか】


 スラムの人と同じくらいのボロい服が多いが、作業着として考えれば不思議に思わない。彼らに農奴のような印象はなく、むしろ結構良い暮らしをしているように見えた。


【380、名無し:想像しているよりも暮らしが良さそうだな】


【381、名無し:都市の近くにある農村だからな。農家のエリートなんじゃないか?】


【382、名無し:僕もそう思うね。都市から離れている村ほど苦しい生活になりそうな印象があるよ】


 賢者たちの考察は続き、江戸時代あたりの農民がどんな暮らしをしていたのかニコチューブの視聴数が増えていく。




 南東は湖監視隊。


 こちらでも興味深いものが見られた。

 漁船が多く湖に出ているのだ。


 漁師の船はほぼ全てが小型船だ。

 彼らは投網漁と罠猟を行なっており、投網漁はそこそこの漁獲量に思えた。

 罠猟の方はカニのような物を捕まえているようだが、こちらは遠すぎて詳細は不明。


【210、名無し:湖にしてはずいぶん大きな魚が獲れているな】


【211、名無し:異世界だし、淡水魚も大きく育ちやすいんじゃない?】


【212、名無し:日本の淡水魚はあまり大きなものがいないけど、海外だと1m超えとかザラみたいだし、異世界補正ばかりとは限らないと思う。まあ、魔法があるし、たぶん異世界補正が濃厚とは思うけど】


【213、名無し:なんにせよ、俺たちも湖を使いたいよな。神聖ネコミミ帝国を作るのなら、貿易港は必須だし】


【214、名無し:お魚レイクタウンと名付けよう!】


 城壁上部の監視隊からも南と南西の湖が見られ、こちらでは大型船も見られた。

 大型船は商船のようで、東方向へは一切向かわずに全てが南と南西に行く。


【349、名無し:東に商船が向かわないのは、東が敵国方面なのかな?】


【350、名無し:そうとも限らないんじゃないか? 岩礁が多くて南回りでなければならないみたいな理由があってもおかしくない】


【351、名無し:でも、東に直で商船向かわない理由は調査課題だな。本当に敵国があるのなら他人事ではないし】


 賢者たちは不思議に思ったことをメモし、課題に加えていった。




 南は裏門監視班と正門監視班。

 正裏ともに、門の外に建物があった。


 城壁の外に建物を作ることに賢者たちは不思議に思っていたが、これらもどんな用途なのか判明した。


 まずは裏門。

 こちらはサバイバーが推測した通り、冒険者関連の建物で間違いなかった。


 冒険者たちはどちらの門から出ても良いようだったが、何らかの成果を提出する際には必ず裏門の建物に向かった。

 でっぷり太ったネズミを獲ってくる冒険者も多く、確かにこういった獲物を町中に持ち込むのは合理的ではないとファンタジー好きな賢者たちも理解した。

 冒険者ギルド本部みたいなものは建物の中にあるかもしれないが、少なくとも買い取り所は裏門の建物で確定と見て間違いなさそうだ。


【745、名無し:かなり冒険者の人数が多いな。もう200人以上は見たぞ】


【746、名無し:まあ森が想像以上に広いからな。ミニャの川周辺から入るのなんて一部みたいだし】


 丘陵地帯が面している森の入り口だけでも東西に8kmくらいある。さらに穀倉地帯の北側にも森はずっと続いているため、どれだけ広いか見当がつかない。なので、冒険者の活躍の場は多いのだろう。


 一方、正門の方は旅人や商人が多く使用する門のようだ。

 徒歩や馬車が朝早くから出発し、昼すぎると今度は来訪者が現れて列を作る。


 正門から30mほど離れた外に用途不明な建物があるのだが、ここが検閲所のようだった。来訪者は門の前に並ぶようなことはしないのだ。


【123、名無し:まあ、たしかに門の前に並ぶのって合理的じゃないよな】


【124、名無し:魔法があるからじゃね? 例えば、手からロケットランチャーを発射できるかもしれないヤツを、絶対落とされちゃダメな城門の真ん前で検査したいかって言われたらノーだろ?】


【125、名無し:そんな能力があったら城壁に風穴開けるだろ。だけど言わんとすることはわかる】


【126、名無し:誰が最初に城門の前に並ぶ設定でファンタジーを書いたんだ? 完全に俺たちはその設定に引っ張られているだろ】


【127、名無し:中世ヨーロッパとかがモデルなんじゃない? 知らんけど】


【128、名無し:まあ、検閲所を離しているのは他に理由があるかもしれないけどな】


 朝から夕方までどんどんスレッドは進み、いろいろな意見が出る。

 現地人に聞けば答えは出るのだろうが、賢者たちは掲示板が好きな人たちだけあって、考察することが最高に楽しかった。




 そして、森の入り口、早朝。

 前日に続き、本日も賢者たちはコソコソと監視を始めた。


 一番に来たのは、前日と同じ2人組だった。

 名前はレイモンとガジェ。勤勉な男たちだ。


 今日の彼らは川辺で休憩など取らずに、すぐに川を遡ってしまった。


【245、名無し:毎日休憩するとはかぎらないのか?】


【246、名無し:町からここまで4、5kmはあるのに相当な健脚だなー】


【247、名無し:なんかワクワクした顔してたけど、なにかあるのかな?】


【248、名無し:俺の爺ちゃんは秋になるとボリボリっていうキノコをよく採るんだけど、群生地を見つけた時によく1日置くぞ。キノコは一晩でかなり成長するから、翌日まで残しておくんだって。たまに先に採られてガッカリしているけど】


【249、名無し:なるほどなー。森の物だし、そんな感じで温めておくこともあるのかな】


【250、名無し:というか、ボリボリとか聞いたことないんだが】


【251、名無し:ナラタケのことだ。ボリボリと呼ぶのはおそらく北海道だな】


【252、名無し:バレた!】


【253、名無し:キノコは地方で呼び方が変わるから気をつけた方がいいぞ】


 そんなアットホームな会話をしていると、続々と冒険者たちがやってきた。


 昨日は2組目にやってきたスノーだが、今日は早くない。

 賢者たちが心配していると、スノーは昨日と同じグループの後ろを小走りで走りながらやってきた。


【314、名無し:面倒見良いなオイ!?】


【315、名無し:俺としてはあれだけ怒られた人に頼んだスノーを尊敬するわ】


【316、名無し:わかるわー。俺なんてバイトで怒られただけで辞めたからな】


【317、名無し:ニートに限らず割とそういうヤツは多いと思うよ】


【318、名無し:そこはナニクソ根性を見せて『コイツは見どころがある』と思われるところだろ】


【319、名無し:はいはい、理想論理想論】


【320、名無し:割とできるヤツはいるのに理想論というのか?】


 やはり、基本的に冒険者たちは到着したら休憩するようで、スノーたちも小休憩を始めた。

 偶然にも見張り穴の近くが空き、会話が聞こえる場所で休憩してくれた。


(ザイン:おい、小僧。その袋は昨日と同じか?)


(スノー:え? うん)


(ザイン:じゃあ、よく洗え。その中に草を入れたら、またすぐに萎れるぞ)


 ラムーという果物はよほど効果が強いのか、冒険者はかなり徹底して嫌っているようだった。

 スノーは言われた通りによく洗い、雑巾のようにギュッと絞った。


(ザイン:小僧。いいか、昨日のラムーはもう拾うな。わかったな?)


(スノー:うん)


(ザイン:あと、冒険者ギルドで報せがあった。どうやらビリビリガエルが夜間に出たようだ)


(スノー:ビリビリガエルって夏になると城壁の外でバンバンうるさいヤツだろ?)


(ザイン:そうだ。だから、あー……この石くらいの大きさの灰色のカエルを見たら、絶対に近づくな。鍛えていないお前じゃ死ぬぞ)


(スノー:わ、わかった。どんなところにいるの?)


 ビリビリガエルという単語が出て、スレッドで覇王鈴木に対する罵詈雑言が駆け巡った。昨晩の覇王鈴木が放ったサンダーボールが、ビリビリガエルの正体なのだ。


 ザインがつま先で蹴って示したのは、15cm程度の石だった。どうやらガマガエル程度の大きさらしい。


(ザイン:森や草原のどこにでもいるが、夜行性だから昼間は穴の中にいる。だが、昼間でもたまに活動していることがあるから、見つけても近づくな。人が近づかなければ向こうも近づいてはこない)


(ハチガネの男:お前、生活魔法は使えるのか?)


(スノー:使えない)


(ハチガネの男:そうか。ビリビリガエルは大量の水をぶっかければ雷魔法を使えなくなるんだがな。まあ、万が一襲われたら川に向かって逃げろや)


 賢者たちはスノーと一緒にふむふむと頷いた。

 しかし、ビリビリガエルは例年だともう少しあとに出没するらしい。そして、今年もきっと例年通りの時期に出没するはずだ。つまり、冒険者ギルドは誤情報をバラまいているのである。覇王鈴木のせいで!


 おそらく本日は使わない知識の講習をしっかりと受け、冒険者たちとスノーは別れて活動を始めた。

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