2-27 異世界キッズに畏怖を抱く
ニーテストの悪辣な罠に嵌ったことで、賢者たちを町の内部に引き入れてしまったスノー。
そんなスノーからお人形さんをプレゼントされたのは、イヌミミ姉妹のルミーとパインだった。『それって呪いの人形じゃない?』と指摘が入りそうなアイテムを手に入れてしまったルミーとパインの運命やいかに。
というわけで、時刻は10時。
拠点ではミニャが本日のお仕事として、お料理のお手伝いに精を出していた。
その日は朝にサバイバーが1羽の鳥を取ってきて、ミニャはその羽根毟りをした。狩人の娘なので、ミニャは一部の賢者しか知らないような技術を持っていたのだ。
今ではお湯に鳥を浸けて羽根を毟るものなのだと料理番たちも覚えたが、最初に鳥が手に入った時点で羽根毟りをしたことがあったのは、サバイバーの他には鉄砲打ちをしている親族がいる2人の賢者、そしてミニャだけだった。
そんなふうにミニャが大活躍している頃。
二十数km離れたスノーの家の中で動きがあった。何やら慌ただしくなり、お出かけの予感。
現在監視役をしている賢者は水属性だったが、これを生産属性のリッドに変更された。町の中を移動するなら、生産鑑定か人物鑑定が良いという判断だ。2人同時の召喚は避けたいので、ひとまず生産属性を優先。
年上の双子ビャノとラッカ、それからイヌミミ姉妹のパインとルミー。双子兄弟はツル籠を背負って、イヌミミ姉妹は胸に人形を抱っこしての出陣だ。
【521、名無し:ガキ大将に人形が盗られないか凄く心配なんだが】
【522、名無し:嫌なこと言うなよ】
【523、名無し:その時はいつの間にか戻ってくる人形になればいい】
【524、名無し:いよいよホラー人形じゃねえか】
【525、名無し:だけど、いろいろな人の手に渡るのも趣旨としてありではあるんだよな。別の町まで流されるとか最高だと思う】
【526、名無し:それはそうだが、そうなるとしても明日以降が望ましいだろ。今晩にルミーちゃんとかを治療するんだし】
スレッドでは早くも嫌な予感を覚えている様子。
幼女に抱っこされた木製人形に宿るリッド。その視線が映す風景が、そのまま生放送でお送りされる。
幼女たちが歩くのは路地裏で、石畳の道路は湖に向かって若干の下り傾斜となっている様子。
左右にある家は土造りで、築年数がかなり経っているのか古めかしい。実際に穴が空いている家も多い。
この建築工法は、日本の古民家に使われているような技法だった。木の柱の間に細い骨組みを張り巡らせ、その上から粘土で塗るのだ。最後に漆喰などを塗ってコーティングするが、見た限り、万全の状態の漆喰塗りはスラムに存在しなかった。
そんなふうに建物はスラムっぽいが、意外にも道は綺麗だった。
道に座り込む人もいるにはいるが、賢者たちが考えるよりも少ない。というか人があまり多くない。元気な人は時間的に仕事へ行っているのかもしれない。
【560、名無し:もっと酒瓶が無造作に転がってたり、ゴミが落ちてたりしてそうなイメージだったんだけど】
【561、竜胆:物は拾われるのではないかな? スノーちゃんの家の床板がなかったわけだし、我々が考えるよりもずっと物の価値が高いのだろう。560がいうスラム像は産業革命以降のイギリスなどのスラムじゃないかな】
【562、名無し:そうね。酒、飲まずにはいられない感じのヤツ】
【563、名無し:なるほど、たしかに酒瓶や木箱とかだったらいくらでも使い道はあるからな】
【564、竜胆:それだけでなく、燃える物なら薪の代わりに、レンガの欠片ですら家の補修に持っていかれる可能性がある。私も詳しくはないが、実際のスラムというのは案外そういう場所なのかもしれないね】
【565、名無し:なおさら人形がパクられないか心配になってきたぜ】
町スレッドでそんな話がされている間にも、リッドからどんどん情報が送られてくる。
鑑定範囲である5m圏内に入ると、リッドは積極的に生産鑑定を行なってくれるので、視聴する賢者に暇はなかった。
そんな中で賢者たちが気になったのは、やっぱり衣服だった。
冒険者たちを見た時もそうだったが、自分たちでも作っている物だけあって、賢者たちは布製品に対してかなりの対抗意識があるのだ。
生産鑑定によると、スラムに住んでいる人の8割は『スーピィ草』という植物から作られている服を着ているのがわかった。残念ながら、収穫前のスーピィ草のデータを賢者たちは持っていない。
スーピィ製の服はミニャのために織ったコルンの布と大差なく、決して良い服とは言えなかった。ただ、麻やリネンの糸だって昔から現代まで使われているわけで、彼らの服がみすぼらしく見えるのは造りが雑なせいだろう。
問題は、残り2割の人の服だ。
こちらは動物性の毛を使った服を着ていた。『フォレストスパイダー』という魔物が作る糸を使用した物が多く、他にもいろいろな魔物素材が使われている。こういった服はスーピィの服よりも仕立てが良かった。
【601、名無し:人に歴史ありってことか。冒険者や一般家庭だった頃の名残りなのかな】
【602、名無し:俺も12年選手のジャケット持っているからなー】
当たり前の話だが、スラムの人でもそれまでの人生で得た持ち物はある。もちろん、売ってしまうこともあるだろうが。
そんなふうに賢者たちが観察していると、幼女たちに話しかけてきた人物がいた。
(オバサン:あらよー、可愛い子を連れてるわねー)
肝っ玉お母さんとか言われていそうなオバサンだった。
顔見知りだったようで、パインはニコパと笑った。
(パイン:この子はガウちゃん! パインたちが良い子にしてたから、女神様がくれたの!)
パインがそうやって元気に報告する一方で、ルミーは人見知りするのか双子の後ろに隠れてしまった。
(オバサン:まあ、女神様に! それは良かったわねー!)
(パイン:んふー!)
パインは尻尾をフリフリして満足げ。
リッドが宿る木製人形を抱っこするルミーもおそらく尻尾を振っているのだろう。尻尾が揺れるたびに、リッドに振動として伝わるのだ。
オバサンのアクションは、子供の言うことだから信じていない様子だ。あるいは本当に女神がプレゼントしてくれる現象が日常的にあるかのどちらかだろう。
オバサンと別れて、4人はテトテトとどこかへ向かう。方向は湖がある南ではなく、裏門などがある西だ。
しばらく歩くとスラムにある用水路とは違う用水路が見えた。おそらくこの用水路がスラムとの境目なのか、石橋を渡るとちゃんと補修されている家が多くなったように見える。
すると、ラッカとビャノの双子コンビが幼い声で言い始めた。
(ラッカ&ビャノ:水汲み~、水汲み~!)
どうやら水汲み代行のようだった。
すると、ルミーが小首を傾げてリッドを見た。
6歳児の就労を目撃したニートは畏怖のあまり震えたのだ。それを抱っこしていたルミーが不思議に思ったのである。
(ルミー:パインお姉ちゃん、いまメメちゃんが動いた! ケホ……)
(パイン:わぁ、本当!?)
(ルミー:ケホケホ……うん!)
リッドは冷や汗をダラダラ流す心境だったが、相手はキッズである。多少動いてもキャッキャで済む。
それはともかく水汲み代行だ。
この世界には生活魔法がある。どういう基準で生活魔法が覚えられるのかはまだ不明だが、使用できる人口割合によっては商売として成り立たないだろうと賢者たちには思えた。
しかし、すぐに近くの戸が開き、主婦が双子に手招きした。
双子は嬉しそうな顔で走り出した。
(赤髪の主婦:お駄賃をあげるから、今からアザンの酒屋に手紙を届けてくれるかい?)
(ビャノ:アザンさんのところ? うん、わかった!)
主婦は少し待つように言うと、すぐに紙を一枚持って出てきた。
ビャノは手紙とお駄賃の硬貨を受け取った。主婦はちょろまかされるという心配をしていないようだ。
(赤髪の主婦:お昼の鐘が鳴るまでに届けてね)
どうやら『水汲み』というのは掛け声みたいなものらしい。実態は何でも屋なのだろう。
しかし、どちらにしても仕事は少ないのではないかと賢者たちは思った。真っ当に稼げるのなら、そもそもスノーは森へ行かないはずだからだ。
4人の行き先がアザンの酒屋に決まり、移動が始まった。
今までは西へ向かっていたが、今度は用水路沿いを南下し始める。
すると、掛け声が変わった。
(ラッカ&ビャノ:アザンの酒屋~、アザンの酒屋にお届け物~)
(パイン:アザンの酒屋にお届け物~!)
パインも声を張り上げて道路を歩く。
【680、名無し:なるほど、酒屋の配達みたいなのが行なわれるのかもな。その注文をついでに集めているのか】
【681、名無し:異世界キッズ逞しいな、マジで】
しかし、こちらは手ごたえがない様子。
住民も買い物に行くだろうし、先ほどの赤髪の主婦は何か事情があって行けないレアパターンだったと推測できる。異世界キッズはそういったレアパターンを探してお駄賃を稼いでいるのだろう。
リッドがもたらす生放送は新たな情報をどんどん映していった。
相変わらず建物は土造りで、どうやらこの建築方式はこの町ではポピュラーな物のようだった。スラムとは違って漆喰がしっかりと塗られており、綺麗な見た目が多い。
一本隣の道はかなり大きく人通りも多かったが、4人はそちらには行かなかった。スラムの子供だから禁止されているのか、行く必要がないのかは判別がつかない。
この町は用水路がかなり張り巡らされているのがわかった。
ミニャの川からの水だけでは到底足りなさそうなので、大きな川を分水して流しているのだろう。
この用水路は主に洗濯のために使われており、住民の集団洗濯場が町の中に見られた。下水が地下に通っているようで、洗濯場に取り入れられた水は地下に流れるシステムになっているようだ。
この下水がどこに流れるのかを賢者たちはすでに発見していた。
先日スノーが使った東の崖の下から水が出る場所があったので、そこがそうだろう。もちろん、他にもあるかもしれない。
面白いことに、洗濯をしている住民は女とは限らなかった。
オバサンに混じって、普通にオジサンも洗濯に参加しているのだ。
【821、竜胆:うーむ、興味深いな。この文明では女性が家事に専念しているとは限らないのだろうか】
【822、クラトス:ゲームみたいに女がとても強くなる世界なら、男尊女卑という思想が発生しにくいのではないか?】
そんな考察がされるが、情報が少なすぎてわからない。
1kmほど歩くとT字路を曲がって、大通りの方へ向かった。
するとルミーがまたハッとした。
(ルミー:あ、メメちゃん、また動いた!)
だって大通りが近づいてワクワクしちゃったんだもの。リッドのお人形適正は低い様子。
【845、名無し:大人しく抱っこもされてられねえのかよ】
【846、名無し:これは赤ちゃん検定5級落第ですわ】
【847、名無し:むしろ赤ちゃんだからジッとしてられない説】
【848、名無し:俺と変われ。俺なら幼女の腕の中で眠れる】
【849、名無し:寝るなwww】
これにはスレッドではブーイングの嵐だ。
しかし、リッドの期待とは裏腹に、異世界キッズの用事は大通りに行く手前だった。アザンの酒屋の裏口がそこにあるのだ。実際の店頭は大通りに向けられていると思われる。
馬車の搬入口の隣にある戸口に立ち、パインが紐を引っ張った。すると敷地の中からリンリンとベルの音が聞こえた。
(ルミー:ルミーもひっぱぅ!)
お姉ちゃんのやることを真似したいのか、ルミーが紐を引っ張らせてもらった。
その際にお人形さんは片手を持たれてプラーン。適正×のリッドはビクビクしたが、紐を引っ張って嬉しくなったルミーは気づかない。
すぐに丁稚と思しき12歳くらいの少年が出てきて、手紙を受け取った。
特に4人に悪感情はないようだ。
(少年:注文ね。わかった、ご苦労さん)
少年はそれだけ言うと、中に入っていった。
特に受け取りサインなどはなく、ちょっと危なっかしい対応だ。
結果から言えば、不手際があって届かないということはなく、異世界キッズが責められるようなことはなかった。
その仕事が終わると4人は無事にお家へと帰り、ルミーとパインはお昼寝を、ラッカとビャノは干し草を編んで何かを作った。
異世界キッズの働きぶりを見せつけられた賢者たちは、怯えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます