2-25 スノーにお持ち帰りされて
魚罠を確認しにきたスノーは、汚い大人たちの罠にまんまと引っかかった。
2体の人形をゲットしたスノーは、来た時と同じようにコソコソと帰っていく。
『サバイバー:追うよ。中への入り口だけ確認する』
雷光龍を新たに加えて、5人はスノーの後を追った。
南部へ散った賢者たちの調査で、この城壁は東西に6、7kmは延びている長大なものだと判明していた。
その東側の終わりこそが、いまサバイバーたちがいる位置だ。
スノーが歩くのは右手に城壁、左手に断崖絶壁という危険な道だ。幅は3mほどある。崖の下は湖となっており、夜目が利く賢者と云えどもさすがに水深まではわからなかった。
城壁という重量物が建っているわけで頑丈な岩盤なのだろうが、日常的には通りたくない道である。
しばらく進むと、ススキのような草が生えるようになった。
スノーはススキの中に入っていく。
『平社員:マジかよ。よくこんな道に入るな。ちょっと方向感覚が狂えばドボンだぞ』
『ダーク:たしかにな。まあキッズの半分は無茶と無謀でできているもんだからな』
『サバイバー:みんな止まって。草の中に入ったらさすがに気づかれる』
『髑髏丸:ホムラ。そっちの様子はどうだ?』
5人は草むらの手前で立ち止まり、お持ち帰りされたホムラへコメントを送った。
それを読んだホムラは、ツル籠の隙間から周りの様子を見た。
『ホムラ:とりあえずルナリーちゃんが魚にヌルヌル粘液でイジメられてる』
『平社員:おいおいマジかよ』
『ルナリー:ホムラさーん!』
『ホムラ:冗談よ冗談。まだ草むらの中だね』
ホムラがそう報告したのと同時に、スノーが立ち止まる。
ホムラは籠の編み目から外を覗きこんで、状況を報告した。
『ホムラ:なんか屈んだ。ちょっと待って』
『ホムラ:あっ、オッケーわかった。草むらの中にかなり小さな穴が空いてる』
『ホムラ:町の中に入ったっぽい!』
『ホムラ:植物が生えた板があると思う。それを退かせば穴があるから』
『ホムラ:町側はレンガで隠されたから上手いことやって』
状況が逐一報告され、サバイバーたちはなんとなく状況が飲みこめた。
『サバイバー:行ってみよう』
スノーはもう去ったようなので、5人は草むらへと分け入った。
『サバイバー:おそらくこれだな』
ホムラは『植物が生えた板』と言っていたが、正確には『苔の生えた土が被せられた板』だった。隠密性は低いが、パッと見ではわからないだろう。
その板をズラしてみると、そこには城壁の下へ斜めに穴が空いていた。子供が入れる程度の広さで、長さは4mほどか。
『髑髏丸:なるほどな。城壁の中には土が入っているのか』
髑髏丸が穴の内部を見て、城壁の構造を確認する。
正門や主要部分など全てがそういう造りとは限らないが、少なくとも重要ではない場所は内部に土が入っているのだろう。城壁の厚みは2mくらいあるので、内部に土が詰まっているのも頷ける話だ。
この調査を見た生産属性たちは、あーだこーだ話し合う。
その結果、町や農地も昔は丘陵地帯であり、丘を平らにした時に出た土で城壁や川の堤防を作ったのではないかと考察した。
『雷光龍:さて、それでサバイバー、これからどうするんだ?』
『サバイバー:うーん、雷光龍以外の活動時間がもう残り少ないから、この辺りに穴を掘ってその中で活動時間の充填をしよう』
『ダーク:チッ、なかなか不便な体だぜ。こっちでもフィギュアで活動できればいいんだけどな』
『髑髏丸:フィギュアは見つかったら大騒ぎになるかもしれないからな。あれはこの辺りじゃ使えないよ』
『サバイバー:まあ今回のターンはホムラとルナリーに任せよう。雷光龍は悪いけど、生産属性に人形を譲ってほしい。ついでに少しでも石製人形を増やしておきたい』
『雷光龍:まあ仕方ねえな。了解した』
こうして、サバイバーたちの調査は大成功で終わるのだった。
一方、スノーにお持ち帰りされたホムラとルナリー。
このうち、ルナリーは町の姿を少し生産鑑定すると送還された。同時に活動時間が切れたら2人でお持ち帰りされた意味がないため1体は常に予備にしなければならないのだ。
この人形がどういう扱いになるかは不明だが、一緒に置かれる限り、交代で賢者が宿されて観察が続くことだろう。人形に見られる生活——一般的にそれはホラーと呼ばれる。
魚がたまにビクンと跳ねる籠の中で、ホムラは外の情報を賢者たちに送信していく。その生放送を見る賢者たちは異世界の町に大興奮。
スノーが出入りしている穴の先は、すぐに用水路が走っていた。
賢者たちは、ミニャの川から取り入れた水を町中に行きわたらせており、その内の1本が城壁沿いに通っているのではないかと考えた。
スノーが入ってきた穴はレンガがはめ込まれて元に戻された。よく見ればセメントで接着されていないのがわかるが、そこは建物の裏手なので陰になって案外気づきにくいのかもしれない。
スノーはレンガを積み終わると、町の中でもコソコソと移動した。
新しく立ち上がったばかりの町スレッドでは、さっそく議論が交わされていく。
【34、名無し:ずいぶんと家がボロいな。スラムか?】
【35、名無し:富んだ立地の町に見えるし、その可能性が高いな】
町の全体像が見えない賢者たちは、この一部地域からでは文明度がわからなかった。
スノーは路地裏を移動する。
日本の昔の家屋のような木と粘土で作られた家が多い。状態が悪い家が多く、破損した個所から粘土に植物を混ぜ込んだ壁の造りをしていることがわかる。日本ならば粘土に藁を混ぜ込んだりするが、さすがに遠くからではわからない。
スノーが入った家は長屋のようなもので、廃屋なんじゃないかと思えるほどあちこちがボロボロだ。
生放送で家の中の様子を見た賢者たちは目頭がカッと熱くなった。
そこには、まだ小さな子供たちが団子のように寄り添って眠っていたのだ。どう見ても可哀そうな感じだった。
屋内は8畳ほど。
驚くべきことに床が全て土造りだ。寝る場所にはゴザが敷かれている。
一般的に土の上で寝るのはよろしくない。土はかなり体温を奪うためだ。ゴザだけではきっと寒いことだろう。
床板があった名残も見られたが、何らかの理由で床板を剥がしたのだと推測できた。それは例えば、板が金や食料に替わったのだろう。
スノーは音を立てないように入り口の近くに籠を置き、中から2つの人形を取り出した。
(スノー:うわ、失敗した……)
人形たちが魚の粘液でベトベトしているのだ。
ちょっと考えればわかるのに、ラムーの一件といい、スノーはちょっとおバカな子なのかもしれない。
スノーはまた外に出て、近くの用水路でジャブジャブと人形を洗う。
未だに人形に宿っているホムラは体を弛緩させて、なされるがまま。ホムラはでっかい子供に体のあちこちをゴシゴシされて、何かに目覚める5秒前。
しばらく洗い、スノーは人形の臭いを嗅ぎ、頷いた。なにやら満足気だが、水洗いなのであまり臭いは落ちていなかった。
スノーは再び家に戻り、子供たちを起こさないように、木製人形と石製人形を2人の幼女の胸に抱かせた。
この幼女たちはイヌミミとイヌシッポを持った獣人で、姉妹なのか非常によく似ていた。
スノーはそんな2人の頭を撫でて笑った。どうやらこの2人にプレゼントするためにネコババしてきたようだ。
スノーはそれから魚を捌き始めた。
内臓を取り出し、土に埋め、桶に貯めた水をかけて洗う。
スノーは何度も欠伸をしながら作業を続け、4匹の魚を紐で吊るした。
【81、名無し:こんなん泣くわ!】
【82、名無し:誰だよ、スノーはクズって言ったの!】
【83、名無し:魚は4匹。子供はスノーを入れて5人いるんだが……】
町スレッドは涙の雨で洪水ができていた。
作業が終わったのは、2時になろうという頃。10歳やそこらの子供が起きている時間ではない。実際にスノーも眠かったようで、見張りをするように入り口の戸のそばに寄り掛かるとすぐに眠りに落ちた。
ニーテストが町スレッドに移動して、ホムラに指示を出す。
【101、ニーテスト:ホムラ、全員分の人物鑑定をしろ】
『ホムラ:わかった!』
ホムラがこの任務に選ばれたのは人物鑑定ができるからだ。火属性の有用性がこの魔法ひとつで格段に上がっていた。
途中で帰ったルナリーも同じようなもので、生産鑑定に期待されていた。今後の文明圏の任務は、できる鑑定の種類で賢者が選出されていくことだろう。
鑑定の結果、全員分の名前がわかった。
特に犯罪歴などもなく、ミニャにとっての危険度は全員★1。今のところ★0は見たことがないので一番低いランクなのだろう。
木製人形と石製人形に交代で賢者を宿して、3時間が過ぎた。
ボロボロの家だが、わかることも多い。
そんな中で気になったのは、夜更かししてクエストを受けた平和バトの健康鑑定の結果だった。
全員が栄養不良で、スノーは過労状態、1人は軽度の風邪をひいており、そして、一番歳若いイヌミミ幼女は命に係わる病気を患っていた。
『平和バト:ニーテストさん、見てますよね? この子の病気は回復魔法で治せるみたいですが治していいですか?』
栄養不良以外は、過労状態も含めて全てが回復魔法で治療が可能だった。
癒しの力を手に入れた平和バトは根の優しい中学生だったため、すぐに治してあげたかった。
ところが、ニーテストはこれに待ったをかけた。
【251、ニーテスト:明日の夜まで待て。その幼女の昼中の状態を観察したい。病状が急変するようならすぐに治療してやろう】
冷酷な指示だが、この世界の病人を見るのは初めてなので、ミニャの今後を考えると非難もしきれない。
何回かの交代で再びホムラが人形に宿った。
その頃になると家の外から次第に生活の音が聞こえ始め、それと間を置かずにボロボロの壁の向こう側が夜の黒から早朝の青に変わっていく。時は夏前ということなので、5時少し過ぎで朝が来るのだ。
(スノー:うぅぐぅ……あ、う、はー……)
スノーがうめき声を出しながら起き出した。
【451、名無し:おいおい、子供が出していい声じゃないぞ。こんなん疲れ切ったサラリーマンが目覚まし時計に聞かせる声だよ】
【452、名無し:行政はなにやってんだ? さすがにこれは保護対象だろ】
【453、名無し:ほんとそれ。この町の立地なら、救民の予算も確保できそうだけどな】
【454、名無し:ミニャちゃんも売られたわけだし、国全体の昨年の収穫出来高の煽りをこの町でも受けていると可能性はあるよ。かなりの規模の都市だし、俺らが想像するよりも貧民に回せる食料はないのかもしれないぜ】
【455、名無し:この子たちを拠点に連れていくことってできないのかな? ここで暮らすよりも拠点の方が遥かに健康的に暮らせると思う】
【456、名無し:気持ちはわかるが無理だろ。20km以上森を歩くんだぞ】
【457、名無し:湖が北まで続いていれば、ショートカットもできそうだけど】
そんな意見がニートたちのパソコンからどんどん流れ出る。
スノーは木桶を持って外に出ると、しばらくして戻ってきた。
水を汲んできたようだ。
その水を水瓶に入れ、また外に出る。
その姿を、人形に宿って間近に見るホムラや生放送で見る賢者たちは、手が震えた。
ニートをやっていて後ろめたいと思ったことは数えきれないほどあったが、今回はその気持ちが過去最大級で襲い掛かってきた。
水汲みが終わるとスノーはカマドに火を熾す。
その火で魚を焼き始めた。
生活魔法というものがこの世界では広く使われているようだが、スノーは使えないようだった。
グゥとお腹を鳴らすスノーはひしゃくで水を3杯飲むと、子供たちを起こした。
(スノー:みんな朝だぞー!)
元気いっぱいのその声色に、賢者たちは胸が締め付けられた。
子供たちはクシクシと目をこすりながら起き始める。
(ラッカ:スノーお姉ちゃん、おはよー)
あらかじめ人物鑑定で分かっていたので、賢者たちの翻訳ウインドウに名前付きで翻訳がされた。
それはいいのだ。
そんなことよりも賢者たちは驚愕した。
なんと、スノーは生意気系不憫少年ではなく、生意気系不憫少女だったのである!
女の子と知るや否や男性賢者たちの可哀そうゲージが瞬時にストップ高となる中、子供たちが騒がしくなった。というか、賢者たちが見ている生放送の発信源がその嵐の中心だった。
そう、幼女が人形に気づいたのだ。
(ルミー:お姉ちゃんお姉ちゃん! おにんにょうさん! おにんにょうさんがいうお! ケホ、ケホケホ……)
ルミーという名前の一番歳の低い幼女が、いつの間にか抱っこしていた木製人形を見て、大興奮で報告した。この子こそが平和バトの健康鑑定で命に係わる病気であると診断された子だ。
(パイン:パインもー! 石のお人形さん!)
同じくパインと鑑定された年上の幼女は、石のお人形さんをゲットして大興奮。
犬獣人の2人は嬉しくて尻尾をブンブン振っていた。これは猫獣人であるミニャでは見られないアクションだった。
2人の喜ぶ姿を見たスノーは、さも今知ったように驚いた。
(スノー:おーっ、本当だ! きっとルミーとパインが良い子だから女神様がくれたんだよ!)
(ルミー:ふわぁ!)
(パイン:やったーっ!)
(スノー:でも4人で大切に使うんだぞ? 喧嘩したら、きっと女神様が取り上げちゃうからな?)
(ルミー:うん!)
(パイン:はーい!)
貧乏一家の慎ましい幸せの中心にいるホムラは、人形のふりをしながら心で泣いた。こんなん泣かないでか。
(パイン:この子はねぇ、ガウちゃん!)
石製人形に名前がつけられた。
賢者が宿っていないので垂れ下がる手足は自然にプランプラン。
(ルミー:ルミーもルミーも! ケホケホ……)
(スノー:ルミー、あまり騒いじゃダメだぞ)
咳をするルミーに水を飲ませ、スノーは注意する。
(ルミー:んとんと、この子はねーえ、メメちゃん!)
木製人形はメメちゃんらしい。
こちらには現在ホムラが宿っているので、若干ぎこちなく手足をプランプランした。
微笑ましい時間が過ぎ、魚が焼けた。
スノーは4人に1本ずつ魚の串焼きを渡した。
4人は嬉しそうにモグモグと魚を食べる。
スノーはそれを見てニコニコと笑った。
(ラッカ:お姉ちゃんは食べないの?)
(スノー:おいらはお腹すいちゃって、みんなよりも早く食べたんだ。ごめんな?)
(ラッカ:えー、お姉ちゃんズルい!)
(スノー:ごめんごめん)
【522、名無し:ぐぅ、ダメだ。不憫すぎる】
【523、名無し:まさか、さっきの水3杯が朝飯なのか?】
【524、名無し:おい、ニーテスト、スノーが今日も森に行くのならこっそり手助けしてやれないか? これは可哀そうすぎるぞ】
【525、ニーテスト:あ、ああ、ちょっと考えよう】
これには冷静なニーテストも動揺するようだ。
すると、タイムリーな話題が出た。
(ビャノ:お姉ちゃん、今日も森に行くの?)
子供4人のうち、ルミーが4歳、パインが5歳くらいの女の子だ。
一方、ラッカとビャノは6歳くらいで、非常にそっくりなことからおそらく双子だろう。性別は男の子だと賢者たちは思ったが、スノーの件もあるので不明である。
そして、1人だけ年長者のスノーは10歳から12歳くらい少女。2人のイヌミミ姉妹と双子兄弟との、スノーの関係性はよくわからなかった。
ビャノの質問に、スノーは頷いた。
(スノー:うん。おいら、冒険者の兄ちゃんたちにすごく頼りにされているんだぞ)
(ビャノ:おーっ、すっげぇ!)
(パイン:お姉ちゃん、パイン、また昨日の果物食べたい! すっごく美味しかった! ガウちゃんも食べたいって!)
(ルミー:ルミーもルミーも。あっ、メメちゃんも食べたいって。ケホケホ……)
さっそくお人形さんごっこが始まった。
問題はその内容だ。
幼女たちが言っているのは、ラムーのことだろう。
周りの植物を萎びさせるラムーだが、その味は貧乏な彼女たちが食べられないほどに美味だったのだ。スノーが忌み嫌われるラムーを捨てずに持ち帰ったのは、きっとこの子たちに食べさせたかったからだと賢者たちは気づいた。
スノーは困ったように笑った。
(スノー:あれは滅多に採れない果物なんだ。だから、もうたぶん採れないなぁ)
(ルミー:えー……)
(パイン:そっかぁ……)
2人はしゅんとした。
その程度で納得するのは、子供ながらにわがままが言えないとわかっているからかもしれない。
(スノー:それじゃあ、みんな。おいらはお仕事に行ってくるからな。ビャノ、ラッカ、頼んだよ)
一息つく間もなく、スノーは仕事に行くようだ。
子供たちから「いってらっしゃい!」と元気に見送られて、スノーは仕事へ向かった。
スノーがこの後に冒険者たちへどんなふうに懇願するのか、賢者たちにはわからない。
昨日のヘマがあったわけで、もう一度連れて行ってもらえるのだろうか。
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