1-45 新拠点作り2


「うんしょ、うんしょ!」


 枝を運んでミニャたちが建築現場に帰ると、そこにはすでに4m×4m、深さ1mほどの穴が空いていた。まだ作業は途中で、さらに40cmほど下げられる予定だ。


 5分間だけ土を不思議空間にストックできる穴掘り賢者たちは、ダッシュで移動し、階段を跳ぶように上がり、とても忙しそう。


「ふぉおおお……しゅげー」


 ミニャは目を真ん丸にして穴を覗き込んだ。

 そうして、チラッとネコ太を見た。穴があったら入りたくなっちゃうお年頃である。


『ネコ太:入ってみる?』


「うん!」


 入り口になる部分には斜めの坂が掘られているので、そこから入っていく。


「ひろーい!」


 ミニャは穴の中が気に入った模様。


 壁は少しだけ傾斜にされており、土圧を考えられた造りだ。もちろん傾斜部分も『穴掘り:圧縮』で強度を高められている。なので、実際の床面積は3m×3m程度になる予定だ。


 穴掘りで出た土は『穴掘り:ストック』で運ばれて、土塁の建設予定場所で放出された。15m四方ほどの範囲に土塁を作り、土塁の内側は家の拡張と庭にする予定であった。


 土塁の内側に、ミニャたちが切った木材が続々と運び込まれてくる。前回作った仮の家とは違い、今回は自重しない数の木材が使用される。


『カーマイン:ミニャさん、一昨日やったコルンの樹皮剥がしです。できそうですか?』


「できるよ! ミニャ、それ得意!」


 ミニャは、はーいと手を上げて元気に答えた。

 一昨日貰ったタガネを近衛隊が運んできたので、ミニャはすぐにシャキンと装備した。


「モグちゃん、これはねーえ、こうやって使うんだよ」


 ミニャはしっかりとタガネの使い方を覚えており、切り込みが入った樹皮の隙間に刺して、石でトントンと叩く。


「モモグゥ!」


「ねー、凄いでしょー?」


 ミニャはえっへんと胸を張った。

 気持ち良く剥がれる樹皮に、ミニャはお仕事ができている感じを体験できて、テンションが爆上がり。


 ミニャは前回のお仕事をしっかり覚えており、取った樹皮は内樹皮を表に向けて畳んでいった。樹皮は外樹皮を表に向けて畳むと変なクセができてしまうため、内樹皮を表に向けて畳むのだ。


 ただ、コルンの樹皮は厚みが1cmもあるので、畳むにはなかなか力がいる。

 ミニャは賢者たちと協力して、なんとか畳んだ。畳むというよりも丸めたに近いか。


 ミニャ班は他の木の樹皮もドンドン剥がしていく。お仕事を覚えた幼女のお手伝いヂカラは大人だって舌を巻くほどなのである。


 そんなミニャから流れてきた裸の木材は、魔法で乾燥させて、最後に軽く火で炙られる。

 賢者たちは木を保護する塗料を何も持っていない。なので、聞きかじった方法を取るしかなかった。




 途中で活動時間が切れた人形の交代が行なわれつつ、作業は進む。

 ミニャを含め、作業にあたる賢者たちは、ネムネムが描いたお家の設計図をウインドウに表示していた。


 まずは穴の外に、設計図に示された木材を移動していく。これは大型のテントなどを作る際の基本だ。各骨組みを使用する場所に置き、部品がどこにいったかわからない事態を避けるのだ。


「うんしょ、3だからこれはここ!」


 ミニャも1mほどの棒を持ってお手伝い。なお、番号は炭で書かれている。


「はー、忙しい忙しい!」


 一丁前に忙しい様子。

 おそらく、そうやって言いながら働く大人がミニャの周りにいたのだろう。


 棒が部品ごとに移動させられると、いよいよ組み立てだ。


 大穴には、各部分に棒を差し込む穴が空いていた。棒を差し込んだら隙間に土を流し込んで、しっかりと固める計画である。


 入り口から見て左右の壁の中心付近に、2本ずつ柱を立てる。メインの柱になるため、4本の太い木材が選ばれた。


「せーの、よいしょ! よいしょ!」


 この作業には背の高いミニャが大活躍だ。

 人形の体だと、どうしてもこういう作業に向いていないのだ。とはいえ、力はあるので、いきなり倒れないように柱の根元でがっしり掴んで補助している。


「おーっ」


 両側に2本ずつの柱が立つと、一気に建築が始まっている雰囲気になった。

 ミニャはどんなお家になるのかワクワクだ。


 そうしたら、今度はこの左右2本ずつ、計4本の柱の間に棟木や桁となる木材を挟みこむ。

 挟み込んだ木材の固定には、賢者たちがよく使う『ヨロイカズラ』の成木を使用する。


■賢者メモ 植物鑑定■

『ヨロイカズラ』

・幼木の際には柔軟だが、老木となると非常に硬くなる。

・ミニャに対して、毒性なし、薬効あり、食用可能。

■・■・■


 こういうツルは長い年月をかけて森の木を絞め殺すが、人間はその柔軟性を利用してよく籠などに加工する。賢者たちは家作りに用いるつもりだ。

 賢者たちが使うのは老木とまではいかない1cmほどのツルだ。


 2本の柱に挟み込んだ木材をツルでがっちりと固定する。

 1cmほどまで成長したヨロイカズラはすでに硬くなり始めているので、『木材整形』を使用した。


 棟木や桁が固定されると、2本の柱を全体的にツルでグルグル巻きにした。これで1、2本が切れたとして、いきなり倒壊する心配はない。

 作業が終わると、まるで職人が作った木組みのようにビクともしなくなった。やり方に日本の大工のようなスマートさはないが、一歩一歩やれば良かろう。


 初日に家を作った時は、まだ200人も賢者がいなかった。

 300人もいる現在、改めて人材を探すと良い賢者が見つかった。


『わんこ侍:ここに筋交いを入れた方が良いと思う』


 わんこ侍は大工をしていたらしい。その際に知った家の造りを思い出して、補強を提案してくれた。

 数年で辞めてしまったわんこ侍なので、大工の棟梁のような技術はない。だが、誰もその言葉を侮ったりしなかった。少なくとも自分たちよりはよっぽど家作りの理屈を知っているだろうから。


『くのいち:ミニャちゃん、ああするとここの木が重い物を乗っけても崩れにくくなるんだよ』


 近衛隊は屋根を作りながら、ミニャに基本的なことを教えてあげる。

 いま教えてあげているのは筋交いについてだ。


「はえー、そうなんだー。どうして?」


『くのいち:ミニャちゃんがそこの木を押したとしても、その斜めになった木があるから凄く力を加えなくちゃダメでしょ?』


「……ハッ、そうかも!」


 教えを受けたミニャはピシャゴーンと知識を得る。

 幼女の賢さが少しアップ。


 骨組みができる頃には、お昼になった。


 9時少し前に作業が始まり、現在12時30分。

 わずかな時間でここまでのことができたのは、魔法の力と人が多いからだろう。


「ミニャがいない間に完成しちゃう?」


 ミニャはお昼休憩に入るのを渋った。

 お家造りがとても楽しいのだろう。


『ハイイロ:俺たちも休憩するから大丈夫だよ』


「良かったぁ! モグちゃん、急いでご飯食べに行こう!」


「モモグゥ!」


 ホッとしたミニャは一度、仮拠点に戻る。

 その姿は遊びに夢中でお昼ご飯を食べる時間すら惜しく思う子供のよう。いや、幼女なのでそのままか。

 賢者たちだって同じだ。遊びに夢中な小学生のように、大慌てで昼食を食べに自宅に送還された。


 ミニャは仮拠点に戻り、お魚料理と山菜のスープを食べた。


「美味しい!」


『トマトン:ホント!? 良かった!』


 ミニャはなんでもニコニコ食べるが、実際に植物の研究が進むたびに料理は美味しくなっていった。


 作業に参加していた賢者たちはそんなミニャをパソコン越しに見ながら、各々インスタント食品を食べた。

 そして、そんな濃い味付けの食べ物を見下ろして、何とも言えない感情が沸き上がる。


 ミニャにもっと美味しい物を食べさせてあげたい。


 それはニートをやっている彼らに芽生えた父性や母性か。


 超大手動画サイト・ニコチューブ。

 彼らが今まで暇つぶしに使っていたそのサイトの履歴に、大昔の技術や食べ物の紹介動画が増えていく。

 それは閲覧数をほんのちょっと増やすだけの小さなさざ波だったが、それが今後どうなっていくかはまだ誰も知らない。




 ミニャは1時間ほどお昼寝し、ネコミミヘルメットを被って再び労働少女に大変身。


 建築現場に行く前に、ついでに河原の石をみんなで拾って運ぶ。

 ゴブリンの討伐の効果は大きく、ミニャが自由に移動できるのは賢者たちにとって革命的な変化だった。


 棟木ができあがると、それに寝かせる形で斜めに木を置いていく。

 どんどん出来上がるお家の姿に、ミニャも賢者も楽しくて仕方ない。


 穴の中では生産属性の賢者たちが運んできた石で壁や床にタイル張りをして、舗装していく。圧倒的に石が足りないので、舗装は今日中に終わらないだろう。


 そんな楽しげな作業を見ては、嘆く賢者たちもいる。


【818、名無し:ちくしょう、ちくしょう。超楽しそう!】


【819、名無し:俺はなんで働いてんだ? いや、俺がいまやっている仕事は誰の幸せになっているんだ?】


【820、名無し:それは考えちゃいかん。自分のために働いている、それでいいじゃない】


【821、名無し:俺なんて部長にクソ怒られたんだけど。新入社員が来るからピリピリしてんだ……】


【822、名無し:同情を禁じ得ない( ;∀;)】


【823、名無し:ひ、閃いた。トイレで召喚されればいいんだ!】


【824、名無し:俺もそれは考えたけど、バレたら大変なことになるからやめておけ】


【825、名無し:極大の絶望をお知らせします。本日、残業あり。本日、残業あり。おえぇええええ!】


【826、名無し:俺も営業部長の無茶ぶりで今日は残業。俺の中の辞職ゲージが今日一日で危険域まで達した。クソ部長の顔面に辞職届を叩きつける日も近い】


 会社員の賢者たちは、休憩時間にタブレットから過去動画やミニャのお昼ご飯生放送を眺めて羨ましがった。キャッキャと楽しい雑談スレッドには、会社員たちの悲哀に満ちた悲鳴が並んだ。


 すっかり木々と葉っぱで屋根が覆われる頃には、ミニャは手をブンブンして大興奮。


「このあとは泥んこ?」


 前回の家作りを思い出してミニャが言った。


『ネコ太:そうだよ。ミニャちゃん、よく覚えてたね。偉い!』


「んふぅ! ミニャ、泥団子作るの得意だからね!」


 泥団子は作らない。


 赤土の粘土に枯草が混ぜられ、それを屋根に塗っていく。

 ミニャもスコップで泥を運び、手が届く範囲を塗ってお手伝い。


 穴の中では火が焚かれて室温が高められ、外では塗られた泥んこに温風の魔法がかけられる。

 泥は水分が抜かれて硬くなり、生産属性の賢者たちが『硬化』をかけて仕上げていく。


『鍛冶おじさん:やっぱり俺たちと竪穴式は相性がいいな』


『ハイイロ:丸太小屋になると話が変わるからねー』


 生産属性たちの賢者たちが話し合うように、竪穴式住居は賢者たちと相性が良かった。

 逆に丸太小屋の場合は、丸太を上段に持ち上げられないので、作れるビジョンが浮かばない。足場を作ったりすればできなくはないだろうが、相当な手間と日数が必要になるだろう。


 最後に森から集めた苔を屋根に敷き詰め、ミニャちゃんハウスはひとまず完成した。


「完成!? ネコ太さん、完成!?」


『ネコ太:うん、完成だって!』


「わーい! ねえねえ、中に入っていーい?」


『ネコ太:よーし、入ってみよう!』


 階段を降りて、いざ内見!


「にゃ、にゃんてこった!」


 光魔法で照らされたのは、ワンルームのお部屋である。

 防虫のために今まで火が焚かれていたので少し煙臭いが、ポカポカ温かくて保温性はとても高そう。

 床はすっかり石のタイルで覆われているが、壁の方は石材が足りないので中途半端だ。この壁が少し特徴的で、階段状になっている。そこに人形がおけるようになっているのだ。


 まだ家具などは何もない殺風景な家だが、ミニャはこれを自分もお手伝いして作ったことがとても嬉しかった。


 ててぇっと中に入り、わーわー、と天井を見上げる。


『ネコ太:ミニャちゃん、絶対にぶら下がっちゃダメだよ?』


 屋根の桁を見て、いまにも飛び跳ねそうなミニャに、近衛隊はハラハラだ。

 丈夫な木だったのでおそらくミニャの重さには耐えられるが、やってほしくはない。


「今日からここで寝るの?」


『ネコ太:そうだよ』


「ふぉおおお……モグちゃん、今日からここで寝るんだって!」


「モグ!」


 ミニャは感激した。

 その足元でミニャが喜んでいる気配を感じ取り、モグも手をパタパタして喜んでいる。


 しかし、喜んでいるのはミニャだけではない。賢者たちもまた感激していた。

 完全に秘密基地に憧れていた子供時代に戻った気分である。


『乙女騎士:ミニャちゃん、私を壁の階段に置いてください!』


「わかった!」


 ミニャは乙女騎士を抱っこして、壁の階段に座らせた。その隣に他の近衛隊員も座らせる。


「ふぉおおお……いい感じ!」


 ミニャはパチパチパチと拍手した。


 今は顔のないデッサン人形が大変を占めているが、これがフィギュアに置き換わった時は完全にオタクハウスとなるだろう。


 こうして、ミニャは新しいお家をゲットした。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

※ 近況ノートにネムネム作という体で、拠点構造図の挿絵を投稿しておきます。興味がありましたら、ご覧ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る