1-46 賢者様はとっても凄い!


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【全体アナウンス:ニーテスト】

『件名:宴会のお知らせ』

 以下の日時より、ゴブリン討伐完了と新拠点完成の祝賀会を行なう。


1、3月30日(月) 19時~ 100名

2、3月31日(火) 12時~ 100名

3、3月31日(火) 18時~ 100名

4、4月 4日(土) 12時~ 150名

5、4月 5日(日) 12時~ 150名

※各45分程度を予定。

※状況によって開催日時の変更あり。


 本日3月30日の宴会は、討伐任務とその後片付けの任務に就いた賢者たちを優先する。明日はそれ以外の賢者を優先するので、理解してほしい。また、1、2、3の宴会は各々1回までの参加にしてもらいたい。

 参加方法はクエスト受注で行なうので、参加したい者は受けるように。

 また、何事もなければ今週の土曜と日曜の昼間にも大きな宴会を行ないたいと思うので、今日明日に参加できない賢者も安心してほしい。

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 15時くらいに入ったそのお知らせに、賢者たちに激震が走る。

 雑談スレッドでも大騒ぎだ。


【350、名無し:バッカ野郎、ニーテスト! お前突然だな!?】


【351、名無し:こっちにも予定っていうものがありましてね!?】


【352、名無し:え、予定なんてあるの?】


【353、名無し:シッ! ホントはない(小声)】


【354、名無し:討伐隊を優先ってことは、精神のケアが目的か?】


 まず真っ先に決断したのは、夜勤の仕事をしている賢者たち。

 そこまで多くはないが、そういう賢者もいるのだ。偉い!

 そんな真面目な夜勤組の賢者たちに、理不尽にも謎の腹痛や頭痛が襲い掛かる。


 やれ困った。

 これではとてもじゃないが仕事に行けぬ。

 心苦しいが休むしかあるまい。


 来いと言われたら、死ねと返答するくらいの不退転の決意でスマホを手に取った。決断した賢者たちからは、もはや明日もあるという事実は消え去っている様子。休みます。


 この宴会は、ニーテストが思い付きで言い出したことではなかった。

 元々、討伐参加者には心のケアが必要だと思っており、昨晩の内に数人の賢者で宴会を開けるか議論が交わされていた。

 結果、家作りを優先して、できる限り早く行なうことで決まっていた。

 心のケアが目的なのであまり日を開けるのもいけないため、本日行うこととなった次第だ。


 ちなみに、100名や150名ずつの分割開催となったのは、見張りや秘密工房の維持があるためだ。人形が300体ないというシンプルな理由もある。




 料理ができる賢者たちが、どんどん魚を焼いていく。

 しかし、今日は魚だけではない。

 拠点ができた後にサバイバーが狩りに出かけ、なんと2羽の鳥を仕留めてきたのだ。


 新居のカマドでは、鳥肉から流れる油で炭がジュージューと楽しげに歌っている。

 鳥ガラではスープが作られ、クセのある香りを漂わせる。


 相変わらず塩はないが、料理研究委員会が発見したハーブで味付けができるくらいにはなっていた。ただし、塩をふった方が圧倒的に美味しいのは仕方ない。


 宴会をすると知ってから、ミニャはそわそわしっぱなし。

 なにかお手伝いしたくてたまらない系幼女は、生産属性の賢者たちが作る小さな石のお椀をひとつひとつ丁寧に洗っていった。


 人形用の器はミニャの親指の先くらいの大きさで、ひとつの石から何個も作られた。石材変形の魔法でパッパッと作られるそれは、賢者が使う物なので『窪ましておけばいいだろ』くらいのかなりのやっつけ仕事だ。


 けれど、ミニャはその食器を小指でキュキュッと磨き、葉っぱの上に並べていった。


 モグは見たことも嗅いだこともない大ご馳走に、お料理するトマトンたちの周りでうろちょろ。そうかと思えば、ミニャの下へ行き、「モググ!」とお料理を指さしてなにやら報告した。


「今日は宴会なんだって。楽しみだねー?」


「モモグ? モグゥ……モグブシン!」


 モグが片手をシュバッと上げてポージング。

 賢者たちはこの鳴き声とポージングは、心を読む合図だと睨んでいる。


 モグはみょんみょんみょんとミニャを見つめたかと思うと、コテンと後ろにひっくり返って、短い両手をわちゃわちゃさせた。ミニャの超楽しみという気持ちを読み取ったのだろう。


 そんなこんなで準備が整った。


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開始時刻 19:00

仕事:ミニャの護衛

人形:赤土人形100体

募集人数:100人

条件:誰でも可。

達成条件:ミニャの護衛をする。


説明:

・条件は誰でも可となっているが、ゴブリンの討伐作戦の実行部隊および後始末に参加した者を優先的に参加させたいので、協力を頼む。

・仕事内容は護衛だが、ついでに楽しむといい。

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 階段状になった壁に座る人形に、賢者たちが宿っていく。


 すぐ目に入ったのは嬉しそうにパチパチと手を鳴らすミニャ。その背景では、向こう側の壁に座る人形たちが同じように動き出し、フキダシをワラワラと上げている姿が。


 次いで、何ともいい香りが漂ってくることに気づく。

 調理は佳境に入り、もうすぐにでもアツアツの魚や鳥肉が出てきそうだ。


 干し草の上に座るミニャの対面に、美少女フィギュアが立った。


『ニーテスト:特別な人形に宿って失礼する。ニーテストだ』


 ニーテストだった。


 ニーテストが活動する時はほぼ赤土人形を使用していたので、それ以外の人形をまともに使うのは初めてだった。

『似合ってるぞ!』とか『リアルもそんなだったら最高』とか冷やかしの言葉が飛び交う。


『ニーテスト:まずはみんな、今日の家作りと昨日はゴブリン討伐の任務、ご苦労だった』


 ニーテスト自身もゴブリンの集落の片付けに参加して惨状を目の当たりにしたので、彼らの気持ちは身をもって知っていた。

 家作りに関しては寝ていたので完成間際の少ししか参加していない。家作りに参加したかった工作王からグチグチ言われたが、それはそれとして。


 ニーテストは続けた。


『ニーテスト:昨晩、俺たちはこの世界で親から子へ受け継がれてきた教えを実行した。ゴブリンの様子を見るに、その教えは国や宗教からのものではなく、もっと原始的な、人類の生存に関わることだったと思う』


 長い話が嫌いな賢者たちだが、この時ばかりは真剣にニーテストのフキダシを読んだ。

 ゴブリンの討伐はファンタジー物語なら序章としてすぐに終わる話だが、賢者たちのリアルの人生においては決して小さなことではなかったのだ。


『ニーテスト:俺たちはこの世界において異物だ。しかし、この世界の人々が昔から繰り広げてきたであろうゴブリンとの闘争を行なったことで、少しくらいはこの世界で暮らす権利を得られたのではないかと思う』


 都会人にとって可愛いクマさんやシカさんは、田舎の人にとっては大きな脅威だ。駆除の反対を訴えれば、その土地で暮らす人からは良い顔はされまい。

 ゴブリンだって同じだ。いや、100匹近い群れを作り、幼女を見つけた瞬間に群れの半数以上が襲い掛かってくる生き物なのだから、もっと性質が悪いだろう。


 これを野放しにせず、子供の安全のために立ち向かい、目を逸らさずに死体を片付けた賢者たちは、たしかにこの世界で生き始めていると言えた。


『ニーテスト:この戦果はミニャと俺たち300人全員のものだ。それは、ゴブリンに見つかってからだけのことじゃない。ネコ太がミニャと文字で会話をしたあの瞬間から、ミニャと俺たちが真剣に活動して得た戦果だ。物語の主人公たちがいとも簡単に手に入れるものを、俺たちはアイデアを出し合い、労働を繰り返し、勇気を振り絞って手に入れた。これは凄いことじゃないか。この戦果を誇ろう。以上だ』


 ニーテストの言葉を読み、ゴブリンを討伐した賢者たちの中には答えを見つけられた者もいた。


 異世界で暮らす権利。

 それをほんの少しくらいは手に入れられた気がしたのだ。


『ネコ太:続きまして、ミニャちゃんからのお言葉です』


 司会進行のネコ太が言う。


 ニーテストのフキダシをうんうんと頷きながら読んでいたミニャ。難しすぎてさっぱりわからぬ。


 そんなミニャはいきなりネコ太に指名されて、はえーとした。


 村での生活でも宴会は何度か経験があった。

 冠婚葬祭の際には、規模の大小はあれ宴会があったのだ。

 けれど、その時にミニャが主役になることはなく、いつもお友達とご飯を食べて喜ぶだけだった。


 そんな幼女がご指名である。

 ミニャからすれば無茶ぶりに近いが、賢者たちからすると王なので言葉が欲しい。

 求められている空気を感じ取ったミニャは、むむむっとした。


 なにを話せばいいのだろうか?


 ミニャの脳内子猫たちが総動員して、巨大な猫ホイールの内側で走り始める。

 回転速度が増していき、転んだ子猫たちが遠心力でぎゅるんぎゅるんと猫ホイールの内側で回転する。遠心力でぶん回される子猫たちがニャーと鳴き、その鳴き声が莫大なエネルギーを生み出す。

 その瞬間、ミニャはピコンとした。


 きっと、賢者様は凄いというお話だろう!


「うんとうんと、ミニャは難しいことはわかんないけど、ミニャはねーえ、賢者様たちが獲ってきてくれたお魚が大好きです! 賢者様はお魚をたくさん獲れてとっても凄い!」


 ミニャはむふぅとして言った。

 賢者たちはほっこりした。


「賢者様と一緒にお家を作るのも大好きです! 賢者様はこんな立派なお家が一日で作れてとっても凄い!」


 ミニャは両手をグッと握り「凄い!」と言った。


 ほっこりしていた賢者たちは、ふと目頭が熱くなったのを感じた。

 それに追い打ちをかけるように、ミニャは元気に続けた。


「賢者様が作るお人形はどれもとっても可愛いです! 賢者様は素敵なお人形をいっぱい作れてとっても凄い!」


 ミニャは今日一日で少し増えたフィギュアを見て言った。

 これから宴会を盛り上げるために、近衛隊のダンサーたちが宿っていた。


「これとかこれとか、賢者様はミニャのお道具をどんどん作れてとっても凄い!」


 ミニャはお道具置き場にあるネコミミヘルメットを被り、スコップを手に取ってニコパとした。


「お船で川をザブンザブンしたり、森の中をシュタターッてして、賢者様はとっても凄い!」


 ミニャはスコップを船に見立てたかと思えば、今度はブンブン振って興奮したように言った。


「ゴブリンは怖いのに、賢者様はいーっぱい倒せてとーっても凄い!」


「モグモグゥ!」


 ミニャは目を真ん丸にして、いーっぱいと手で大きな丸を作り、その隣でモグもぴょんぴょんする。


「ミニャは賢者様たちと出会って、すっごく楽しいです! これからもたくさんよろしくお願いします!」


 ミニャは元気にニコパと笑った。


 家族の悲しい顔や他人の蔑む顔を、心が凍るほど見てきた。

 言葉や笑いに形を変えた暴力を、心が悲鳴を上げるほど聞いてきた。


 瞼に焼き付いて離れない嫌な顔が。

 鼓膜にこびりついた不快なノイズが。


 純度100%の『凄い』という言葉で空の彼方に吹き飛ばされていく。


 後に残ったのは、凄いという言葉で心を満たす賢者たちと、「モグゥ」と手をパタパタするモグ、そして、ニコパと笑うミニャだけだった。


 そんなミニャの姿を見て、ニーテストは心の中で小さく笑う。

 顔も知らない人間の話よりも、やはり幼女の笑顔だと思ったのだ。

 ニーテストなりに一生懸命考えてきた演説だったが、幼女の即興の演説に負けても悲しくはない。ほ、本当だ。


『ニーテスト:さあ、宴会を始めよう』


 ニーテストの合図で、近衛隊がどんどん料理を運んできた。

 その内容は、焼き魚、鳥の串焼き、鳥ガラスープ、試作の素茹で山菜、プッチン苺。ドリンクは魔法で生み出された水だ。

 石の器に料理が並び、あとは勝手に食えスタイル。もちろん、ミニャが洗った器も勝手に持っていけ方式。


 料理の周りに集まる賢者たちの口元から、いくつもの光の粒が現れては消えていく。

 ケモナーたちから構われながらも、お魚を美味しそうに食べるモグ。

 空いたスペースでは近衛隊が宿った美少女フィギュアたちがズンズンと踊る。


 そんな光景の中心で、ミニャは焼き魚と鳥のお肉が刺さった串を両手に持ち、お魚をもぐもぐゴックンして笑った。


「とっても楽しいね!」


 ニコパ光線の広範囲攻撃をモロに喰らった賢者たちの答えは、もちろん『可愛い』であった。




 第1章 ミニャちゃん陛下と300人の賢者たち 完


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