1-43 新しい朝


 ゴブリンを討伐し終えた明朝。

 一昨日と昨日は土日だったため、本日からは平日であった。


【247、名無し:おのれぇ、おのれぇ! 仕事行きたくねぇ!】


【248、名無し:私も新入社員が来る時期だから休めない……】


【249、名無し:おい、恐ろしいことを教えてやろうか。いま、俺、通勤のために電車に乗ってるんだぜ……お、おぇえええええ!】


【250、名無し:おぇえええええええええ!】


【251、名無し:オロロロロロロロロ】


 雑談スレでは会社員たちが悲鳴を上げていた。あまりの無情な現実に電車内で嘔吐している者や、むご過ぎる事実に貰いゲロする者までいるようだ。

 ちなみに、雑談スレッドは大きな発見や事件の情報が集まりやすい場所でもあり、けっこう人気があった。


【252、名無し:う、うん、仕事ね。今日はあたし休みなんだ!】


【253、名無し:お、俺も今日は社長が誕生日だから休みだよ!】


 それに対して、ニートたちは気まずい思いをしながら嘘を並び立てる。


【254、名無し:あたしは依頼入ってなかったから無敵(*’▽’)二度と依頼は受けん!】


【255、名無し:僕も依頼が丁度依頼が終わったところだったよ。無敵!】


【256、名無し:お前らも? 俺もなんだが】


 一部の生産属性持ちはフリーランスをしている様子。

 フリーランス組は、なぜだか丁度依頼を受けていないという共通点があった。


【260、名無し:依頼がないヤツばっかりだな。もしかして、これってカーマインが言ってた女神様に誘導された人たちか?】


【261、名無し:その可能性はあるね。まあ元々俺はあまり依頼とか来なかったけど( ;∀;)】


【262、名無し:あたし女神に選ばれし者(*’▽’)ひれ伏せ!】


【263、名無し:その顔文字の使い方、ネムネムだろ。名無し表記する意味ないじゃん】


 そんなプチ発見をしつつ、新しい朝を迎える。


「おにゃにょー」


『くのいち:おはよーミニャちゃん』


「くにょににしゃんおにゃにょー。モグもおにゃよー」


「モグゥ!」


 ミニャはねむねむ粒子を放出しながら、賢者やモグに挨拶する。

 モグも眠たそうで、くわっと欠伸をした。それにつられて、ミニャも大欠伸。


『スモーカー:ミニャちゃんおはよー。ほら、顔を洗おうか』


「はーい」


 ねむねむな目をクシクシするミニャは、近衛隊たちに洗顔を促される。

 タオルがないので服で拭くしかないが、濡れた衣服は魔法ですぐに乾かせる。


■賢者メモ 生活的な魔法■

『温風の魔法』

 風か火属性が使える。

ドライヤーのような魔法。

■・■・■


『くのいち:布製品の入手は急務だね』


『スモーカー:ああ。だけど、町がどこにあるかもわからないからなー。作るしかないけど、どうやって作るんだ?』


 ここには足りない物が多い。

 日本なら100円で買えるような物も、ここでは一から手作りしなくてはならない。


 この手作りというのが厄介で、ホームセンターがないので材料も一から作る必要があった。タオルも同じで、『タオル』という完成品の系統図を最初まで遡って、ひとつひとつ作っていかなければならないのだ。


「むむっ、お魚の匂い!」


 顔を洗ってしゃっきりとしたミニャは、すぐに魚の匂いを嗅ぎつけて目を輝かせた。

 近衛隊は雑談を止め、ミニャのお世話を再開した。


 1日目は女神の下でおやつを食べたので1食、2日目は賢者たちが作って3食、そして3日目の朝の1食目。その全てが魚。


『くのいち:ネコ太、健康状態は?』


『ネコ太:まだ「元気いっぱい」だね』


『くのいち:魚ばっかりだけど、栄養は偏ってないのかな』


『ネコ太:女神様のところでお菓子を食べたみたいだし、特別な力があったんじゃないかな?』


『スモーカー:でも、ずっと続くとは思えないし、ゴブリンが片付いたんだから食事は早く充実してもらわないとダメだな』


 近衛隊はミニャの健康管理も行なっている。

 定期的に健康鑑定で状態を調べ、その日の献立と共に図鑑の『ミニャちゃん健康手帳』に記載されていく。

 なお、『ミニャちゃん健康手帳』は近衛隊と一部の賢者しか閲覧できない保護設定になっている。


「みなさん、おはようございます!」


 朝ごはんが終わると、ミニャによる朝の会が始まった。

 ミニャのオモチャ箱では、朝の会が人気コンテンツという異常事態が発生している。起きている賢者の多くが参加し、ミニャの説明を聞いた。


「えっとえっと。今日はニーテストさんが寝ています! あと、会社員さんの賢者さんもいるので、ちょっとだけ人数が減っています。だから、り、臨機応変に活動してください!」


 ミニャはたぶん意味がわかっていない言葉を読みあげる。

 会社員がいるので『ちょっとだけ』人数が減っている、という悲しい事実に気づいていないのは賢者にとってプラスであろう。


「ゴブリンたちをやっつけたので、活動の範囲はちょっと広がりました。だから、今日はミニャの新しいお家を建てることになります。えとえと……む? むむむっ?」


 ネコ太カンペを読み上げるミニャは、気になる文言を発見した模様。


「ミニャの新しいお家を建てることになります……ミニャのお家……にゃんですとっ!」


 スルーしかけた内容をよく吟味して、ミニャは驚愕した。


「ねえねえ、ミニャの新しいお家を作るの?」


 朝の会そっちのけで尋ねる。


『ネコ太:そうだよ。今よりも広いお家を作る予定なの』


「にゃー」


 ミニャはニャーと鳴いて、ぽわぽわーんとお家を想像した。

 村や町で見たお家が想像される。


『くのいち:ミニャちゃん、続きを読んで読んで』


「にゃっ、そだった! えーっと、ゴブリンがいなくなったので、食べ物集めを頑張ってください!」


 そんなふうに脱線しながら朝の会が進んでいく。


【340、竜胆:昨日から比べると、ミニャちゃんは文章を読み上げながら、消化できるようになっているね】


【341、カーマイン:まあこれだけ多くの文章に触れていますからね。その代わりに耳で聞く能力が育まれないので、心配です】


【342、竜胆:ふむ。人と関わるか、我々に音声機能が宿るのを期待するか……。近衛隊主導で、物語を音読させる授業などさせた方が良いかもしれないね】


 朝の会スレッドで、そんな議論もされる。


「以上です! みなさん、今日も一日頑張りましょう!」


『一同:はい!』


「んふふぅ!」


 ミニャは朝の会を終えて、コメントで返事をする賢者たちへ向かってニコニコした。

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