1-12 カーマイン隊 前編
『カーマイン:それでは第1班出発します!』
『チャム蔵:必ずや成果を持ち帰ります!』
『氷の神子:我らの全てはミニャちゃん陛下のために!』
フキダシを頭の上に乗せた第1班の面々が、にゃんのポーズでビシッと敬礼する。1人なんか変なことを言っているやつがいる。
「頑張ってください! にゃふぅ!」
お人形に敬礼されたミニャはビシッと返礼。
この3人は先行して召喚され、いままでミニャの周りで労働していた賢者たちである。
赤土人形量産型は70分程度しか活動できない。
この活動時間をもたもたして無駄にしないために、ニーテストは賢者召喚にルールを設けた。
まずはミニャの近くで人形製作の補助や見張りの任務に就き、人形の体に慣れる。これを30分行なった賢者は、新しい赤土人形に宿って本番の任務に就く流れだ。
つまり、研修の労働が30分間あり、そのあとに本番の任務が70分程度ある。
なお、30分で賢者が抜けた赤土人形には、別の賢者が宿って同じように人形の体に慣れさせるために使われる。全ての活動時間を使い切ったら、活動時間の充填を行なって再使用される。
この30分の研修は迂遠だがかなりの効果を発揮していた。
異世界に来たという喜びで、ぴょんぴょんしながら歓喜するだけのbotに成り下がる賢者が割といたのだ。人形の体に慣れるというより、精神的に慣れるための30分と言ってもいいかもしれない。
ちなみに、この3人のうちカーマインだけは今まで花崗岩人形に乗っていたが、それを赤土人形に乗り換えている。花崗岩人形はミニャの周りから離さないことで意見は一致していた。
彼らに与えられた任務は、サバイバーがゴブリンの調査に向かっているように、周辺の探索である。
向かう方角は上流方面。下流は覇王鈴木が見てきたので、今度は上流だ。普通に河原を登るのではなく、斜面を登ってから斜面に沿って上流を目指すつもりである。
ミニャに見送られて、カーマインたちは斜面を登っていく。
『氷の神子:最初からキツイんだけど!?』
氷の神子から早々に泣きが入った。
この斜面は5m程度のものだが、人形サイズの彼らからすれば30mほどの坂に思えた。
『チャム蔵:これだけでも大冒険だな』
『氷の神子:ニート殺しの地獄坂と名付けようぜ』
『チャム蔵:んなこと言ったらそこら中にニートの死体が転がるわ。森だぞ』
泣きこそ入ったが登頂スピードは速い。赤土人形は見た目のわりに力があり、それは脚力にも表れていた。むしろ体が軽いから踏みしめた土を崩さずに済む利点もあった。
ただし、彼らの運動神経がそこそこ良いのも影響しているだろう。運動音痴なら、普通にきつい斜面だ。
斜面を登り終えた一行は、少しその場で休憩に入った。
『カーマイン:みんな見てますか? 意見があったら書き込んでください。私が対応しますので』
カーマインは外部連絡係のようだ。スレッド名は『上流探索スレ カーマイン』である。
そんなふうに外部に呼びかけていると、コンコンと木を叩く音がした。
見上げてみると、3人の賢者が木のコブに座っていた。1mほどの高さだ。木の幹にはサバイバーが作った即席の梯子があり、それが早速活用されているようである。
どうやら彼らは研修組で見張り役をしている賢者のようだ。
『氷の神子:見張りご苦労さん!』
『ワンワン:これから探索?』
『氷の神子:ああ、上流方向に行ってくる!』
『ワンワン:いいねぇ!』
『カーマイン:何か変わったことはありましたか?』
『ワンワン:いや、特にないね。静かなもんだよ』
『カーマイン:わかりました。お互いに異世界を楽しみましょう!』
『ワンワン:ああ、奇跡体験だからね!』
ハートフルなやりとりをして、3人は上流に向けて歩き出す。
『氷の神子:動物が少ない森なのかな?』
『カーマイン:ゴブリンの縄張りだからじゃないですかね?』
『氷の神子:あー、なるほど』
『チャム蔵:サバイバーが見に行ってるし、何かわかるだろ』
彼らはフキダシを使って会話をしているが、新たに発見した設定を使っていた。『フキダシ共有モード』というものがあったのだ。
これを使うと、相手の頭を見ずに自分のウインドウ内で発言を読むことができた。また、その発言は指定した掲示板スレッドにリンクさせることもできる。
こういった設定変更を円滑に行えるのも、2段階召喚の利点だろう。大興奮の初召喚では、設定変更を終えるまでに15分はかかってしまう。
『氷の神子:まるで巨人の世界に来たみたいだな。ミニャちゃん陛下から離れると対象物がなくなるから、なおさらそう思う』
『チャム蔵:まあ実際に俺たちは小さくなっているからな。似たようなものだろう』
『カーマイン:ちょっと待ってください、リクエストがありました。草を抜いてみます』
カーマインはスレッドに書き込まれたコメントを拾い、草を抜く実験をした。
小さな人形ではあるが、そこまで苦労なく抜くことができた。
実のところ、この検証はすでに行なっていたが、全ての人がそれを見ていたわけではないので、すぐに終わることだしカーマインはやってあげたのだ。
『氷の神子:うわっ、虫だ! デカ、キモ!』
草の根を抜いた場所に、何かの幼虫がいた。
視界は30cmの人形から見た世界なので、幼虫は滅茶苦茶大きく見えた。
『チャム蔵:そういえばお前、粘土作成班だったっけ。土掘ってたらクソデカのミミズとかいたぞ』
『カーマイン:私も植物鑑定していてけっこう見ましたよ』
『氷の神子:マジかよ。お前らよく平気だな』
『チャム蔵:いや、平気じゃねえよ。悲鳴上げたわ。フキダシだけど』
『カーマイン:異世界ですし、人を食べるくらい大きな虫もいるかもしれませんよ』
『氷の神子:なあ、俺たちミニャちゃん陛下と遊んでた方が良いじゃない?』
『カーマイン:覇王鈴木みたいなこと言わないでください。さあ、行きますよ』
『氷の神子:俺、虫は仕事と同じくらい嫌いなんだけどなぁ』
『チャム蔵:これは人形の大型化の研究は急務だな』
人形の大型化の検証はすでに行なわれていて、少なくとも50cmの赤土人形には賢者を召喚できなかった。30cm制限が女神の定めた理なのか、それとも大型化に必要な条件があるのかは不明である。
フキダシモードでそんな会話をしながら、3人は進んでいく。
森は針葉樹と広葉樹が混在していた。針葉樹が8割、広葉樹が2割といったところか。大小多くの下草が生えており、ミニャが歩く場合は真っ直ぐ進むのは難しそうだ。
ただ、人形の体では広範囲を見通せないため、森の奥へ行くとどうなっているかわからない。
木属性のカーマインは『植物鑑定』を、土属性のチャム蔵は『土質鑑定』や『石鑑定』を使えるので、時折足を止めて調査している。
ちなみに、氷属性である氷の神子が使える鑑定魔法はまだ発見されていない。
『氷の神子:鑑定結果はどうなんだ?』
『カーマイン:私の鑑定はミニャさん基準ですからね。ミニャさんに対して有用かどうかだけしかわかりません。例えば、さっきからよく見るこの草は『マロイ草』といって、ミニャさんに対して、微毒あり、薬効あり、食用可、大量摂取で便秘の症状を起こすそうです。ただ、具体的な調合や調理の仕方まではわかりません』
『氷の神子:便利なんだか不便なんだかわからんな』
『カーマイン:たぶん、ジョブで料理人や薬剤師があるはずです。そういう人物の発見を期待しましょう』
探索は彼らにとって何かに置き換えることのできない未知の体験だった。
なんと言っても全ての物が巨大。
木の一本一本が物語に出てくるような世界樹と見紛うほどの巨木に見え、葉の一枚ですらちょっとした絨毯のようだ。草の多くがカーマインたちの視界を遮るほどの高さで、新芽でやっと普通の草くらいの大きさに見える。
そんな大地を歩くアリンコは手のひらほどもある。当然、そんなアリンコなのでキモかった。
『氷の神子:40分で150mか』
40分経ち、氷の神子が言った。
『チャム蔵:通常の森歩きと比べられるものじゃないが、6倍して40分で約900mと考えると上々じゃないか? 鑑定でちょくちょく立ち止まったし』
『氷の神子:6倍ってのはどこからきたんだ?』
『チャム蔵:単純計算だけど、30cm対180cmだ』
『氷の神子:お前の本体って、もしかして180cmもあるの?』
『チャム蔵:いや、173くらいかな? まあ誤差だ』
『カーマイン:2人とも、いま新しい賢者が探索に出発したようですよ』
『氷の神子:おっ、行ったか。くそでかの虫でも見つけて俺たちと同じ恐怖を味わってもらいたいものだね』
『カーマイン:恐怖で魔法をぶっ放さないか心配ですね。ニーテストにはしっかり管理してもらわなくては』
『氷の神子:まだ初日だけど、アイツの仕事量ヤバくない?』
『チャム蔵:全然ニーテストじゃないよな。あれじゃあトイレもいけないぜ?』
『氷の神子:最上級のニートだし、きっとボトラーなんだぜ』
酷い風評被害である。
こんなふうに、スレッドに参加してくれている賢者は他の場所の状況も教えてくれた。当然、サバイバーがゴブリンの集落を発見したことも教えてくれる。
『氷の神子:1時間で2km!? どうしてそんな距離を探索できるんだ?』
『カーマイン:安山岩人形で走って探索しているからでしょうね。我々は歩きですし、比べられるものでもありませんよ』
『チャム蔵:まあアイツはガチの匂いがするからな。生まれる時代と場所を完全に間違えているタイプだ』
『氷の神子:2000年くらい間違った感じか』
酷い風評被害である。
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