1-13 カーマイン隊 後編


『チャム蔵:と、止まれ止まれ!』


 森の探索の最中、先頭を歩くチャム蔵が立ち止まって言った。

 なにがあったのか問う前に、2人は息を呑んだ。


 進行方向から少しズレた木の幹に、滅茶苦茶大きなヘビが巻きついているのだ。距離は3mくらいか。

 ヘビの顔は3人をばっちりと見下ろし、頻繁に舌を出し入れしていた。


 人間換算にすれば少し立派と言えるくらいのヘビだろう。しかし、3人にとっては屋久島の杉の木に巻きつくようなレベルの化け物大蛇に見えた。

 ヘビに睨まれたカエルよろしく、3人は動けなくなった。


『カーマイン:ふ、2人とも絶対に動かないでください』


 言われるまでもなく動けなかった。


『氷の神子:な、なにあれ、序盤で戦うと死ぬヤツ!?』


『チャム蔵:俺たちが小さいんだよ!』


『氷の神子:んなこたわかってるって!』


 そんな会話をウインドウ内で繰り広げながら、3人は彫像のように固まった。

 そうしていると、ヘビは3人から視線を外した。


『氷の神子:土人形だし勘弁してもらえたのか?』


『カーマイン:ヘビは舌を出し入れして臭いを嗅ぐと聞きます。それで食べられないと判断してくれたのかもしれません』


『チャム蔵:とりあえず、とっとと逃げようぜ』


『カーマイン:ちょっと待ってください』


『チャム蔵:なんだよ?』


『カーマイン:氷の神子は冷気の風は生み出せますか?』


『氷の神子:ああ、冷風の魔法なら使える』


■賢者メモ 氷属性■

『冷風の魔法』

・冷たい風を放出する。対となる魔法に温風の魔法がある。

・特に攻撃力はない。

・風属性は温風と冷風の両方を使うことができる。

■・■・■


『カーマイン:もしヘビが追ってきたら冷風の魔法を私たちや背後に放出してください。多少の目くらましになるはずです』


『チャム蔵:そうか、ピット器官か』


『カーマイン:はい、人形の体はたぶん関節に熱を持つのでしょう。それさえ冷やせれば、見失ってくれるかもしれません。ただ、ヘビは耳も良いらしいので完全ではないと思いますが』


『氷の神子:ヘビさん高性能すぎん?』


 話はまとまり、3人はヘビから視線を外さないようにしてゆっくりとその場を離れた。


 ヘビが巻きつく木を通過し、10mほど過ぎてホッとした頃だった。

 バサリと何かが落下する音がした。


 3人はぴょんと少し跳ね、顔を見合わせた。


『カーマイン:逃げましょう!』


 3人は恐怖が勝り、一目散に逃げだした。


『氷の神子:ヤバいヤバいヤバイ!』


『チャム蔵:氷の神子! 魔法魔法!』


『氷の神子:そうだった!』


 走ることに夢中で魔法を忘れていた氷の神子が慌てて冷風の魔法を使おうとした。

 しかし、魔法なんて使ったことがない地球人である。

 走りながら魔法を使うことができなかった。


『氷の神子:ダメだ、走りながらだと集中できない!』


『カーマイン:じゃ、じゃあ運を天に任せましょう!』


 50mほど走り、カーマインが転んだ。

 それの音を聞いて、2人が急停止して引き返した。一瞬見捨てようかと逡巡したのは内緒だ。


 チャム蔵がカーマインに駆け寄り、氷の神子は先ほどできなかった冷風の魔法をそこら中に吹きかけた。


『カーマイン:す、すみません!』


 謝るカーマインを、チャム蔵が手で制した。


『チャム蔵:追ってきてない?』


 耳を澄ませるが、森の音と近くを流れる川の音以外に聞こえない。


『氷の神子:いや、わからねえ』


『チャム蔵:慌てちまったけど、俺たちを追ってきていたわけじゃなかったのかもしれないな』


『カーマイン:それはあるかもしれません。はっきりいって、私たちは食べ物として魅力的ではないはずですし』


 それから3分ほど警戒するが、やはりヘビは姿を現さなかった。


【301、カーマイン:すみませんが、ニーテストにヘビがいた報告をお願いします。毒持ちなら下手なゴブリンよりも厄介でしょう】


【302、平和バト:それならもう報告してきました!】


 カーマインがスレッドで見守る賢者にお願いすると、そんな答えが返ってきた。

 3人が必死に逃げている間に、報告してくれていたらしい。


 ニーテストは報告専用スレッドでそんな報告も受け付けていた。緊急度が高ければ、ただちに全体アナウンスで周知させる。


『カーマイン:さっきのヘビとのエンカウントで、スレッドは大盛り上がりですよ』


『氷の神子:そりゃそうだろ。パニック映画より興奮したわ』


『チャム蔵:ヘビは別に苦手じゃないけど、あのでかさは無理だな。動物に対して生まれて初めて死の恐怖を感じたわ』


『カーマイン:私はこういう状況でまさか自分が転ぶ役回りだとは思いませんでした。猛省の至りですね』


『氷の神子:あー、いるよな。映画でもそういうヤツ』


『カーマイン:もう一生、彼らのことを笑えない体になりましたね』


 3人はヘビの話題で盛り上がった。

 こんな大冒険はなかなかできるものではないので無理はない。


 さらに進むと、残り時間が10分を切った。


『氷の神子:クソ、あと10分しかねえ』


『チャム蔵:名残惜しいが、次回までお預けだな』


『氷の神子:次回はいつになるのか……』


『カーマイン:スレ民によると、いま登録者数は140人くらいだそうですよ』


『氷の神子:あれ、まだ140人で済んでいるんだな』


『カーマイン:皆さんも外部に情報が洩れたら、自分の召喚のチャンスが減るとわかっているんじゃないですかね。それがミニャさんにとって良いことかはわかりませんが』


『氷の神子:そりゃそうだろ。こんなのが世の中にバレたら、1週間後には1億人くらい登録しているだろ』


『カーマイン:そうですね。しかし、秘匿しても時間の問題なんじゃないでしょうかね』


『氷の神子:まあそうだな。今のうちに俺の有用性を知らしめておかなくてはな』


 誰もが羨む奇跡体験が行なわれていたが、それに反して賢者の登録人数は少しずつしか増えていなかった。

 今の内に自分の有用性をアピールして、召喚のレギュラーにしてもらうのが多くの賢者たちの考えだった。


『チャム蔵:おっ、見ろ。花の群生地だ』


『カーマイン:キリが良いのであの花を最後の発見にしますか』


 残り時間も少なくなってきたところで、3人は白い花の群生地を発見した。

 針葉樹の足下に咲き乱れ、一部は斜面の下にある河原の近くにまで続いている。


『氷の神子:見たことのない花だな。まあ花なんか詳しくないけど』


『チャム蔵:カーマイン、なんて花だ?』


『カーマイン:2人ともこれは凄い発見ですよ』


 カーマインが手近な花を植物鑑定して言った。


『チャム蔵:勿体ぶるなよ。どんな花なんだ?』


『カーマイン:はい、これは『ルミーナ草』というもので、魔物避けの効果があるみたいです』


★賢者メモ 植物鑑定★

『ルミーナ草』

・花弁が傷つくと、その傷口から一部の魔物が嫌う匂いを発する。

・ミニャにとって、微毒あり、薬効あり、食用可。

・微毒の効果:生の茎、葉、根を毎日経口摂取し続けると、ルミーナ草の香りを嗅いだ際に嘔吐する体質になる。この毒は蓄積型であり、発症するには1年ほどかかる。そのため基本的に食用にするべきではない。花弁にはこの毒はない。

★・★・★


『氷の神子:マジかよ! 大発見じゃん!』


『チャム蔵:すぐに持って帰ろうぜ! いや、そうか、活動時間がもう終わるのか……っ!』


『氷の神子:くぅ、凱旋したかったぜ!』


 2人もカーマインと同様に興奮した。


【381、カーマイン:誰か、ニーテストへ報告をお願いします。距離はおよそ200m……いや、ヘビから逃げたので正確な距離はわかりませんね。200mから300mくらいです】


【382、平和バト:わかりました、すぐに報告します!】


【383、ハナ:私、植物図鑑の方を書いておきます!】


 スレ民に報告を任せ、カーマインは周囲を見て考える。


『カーマイン:そういうことですか』


『氷の神子:勿体ぶるなって。なにがわかったんだ?』


『カーマイン:スレ民の話では、獣道などの痕跡からミニャさんの近くまでゴブリンはあまり近づかないだろうとサバイバーが推測していたそうです』


『チャム蔵:なるほど! ルミーナ草の香りが風で下流に流れるのか!』


『カーマイン:はい。ミニャさんのいる辺りはギリギリその範囲に入っているくらいなのではないかと思います。だから少数は来るけれど、率先して来たくはない地域なのではないかと思います』


『氷の神子:じゃあやっぱり上流に移動した方が安全ってことか』


『カーマイン:はい。しかし……うーん。移動させる前に、ミニャさんと女神様のやりとりを聞き取った方が良いですね。召喚で忙しいですけど』


『氷の神子:どういうことだ?』


『カーマイン:ミニャさんがなぜあそこにいたかです。ミニャのオモチャ箱は女神様から貰ったそうですが、あの場所にミニャさんを送ったのも女神様なら、あの場所が最も安全な可能性もあります』


『氷の神子:えー? 初っ端からゴブリンを目撃したのに?』


『カーマイン:あれを見なかったら、我々は無謀な行動をミニャさんに取らせていた可能性もあります。森や川を下らせるとか』


『氷の神子:あー、それはあり得るな』


『チャム蔵:もうそろそろサバイバーも任務も終えるんだろ? 良い情報は揃ったし、みんなで話し合えばいいんじゃないか?』


『カーマイン:たしかにその通りですね。いやー、私も興奮して先走っていますね』


 カーマインはそうコメントして、頭を掻いた。


 そんな大きな発見をした3人だが、ついに制限時間が終わろうとしていた。


『氷の神子:あー、もっと冒険してぇ!』


『チャム蔵:1時間ちょいじゃ短いよな』


『カーマイン:2人とも、とても楽しい冒険でした』


『氷の神子:改めて言われると照れるな。だけど、俺も最高の70分だったぜ』


『チャム蔵:俺もだ。そうそう、あとでフレンド申請送るよ』


『氷の神子:そんなのあったか?』


『チャム蔵:ああ。まあどんなサイトにも当たり前の機能だからな。気に留まらなくても無理はない』


 そんなふうに別れを惜しむ3人だが、制限時間がやってくると無常にもその体は召喚された順番に光へと包まれていった。


 距離にしてみれば出発地点から250m程度しか離れていないけれど、3人は大冒険を終えた。

 後に残ったのは白い花の中に横たわる赤土人形だけ。

 それはどこか物悲しい光景だったが、しかし、彼らにとっては始まりの1ページだ。


 ミニャと関わった3人の人生は、この日を境に大きく変わっていくことになる。

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