1-11 ゴブリン調査


 工作王が帰還の報告をしている頃、サバイバーはひとり、川向こうの森を目指していた。

 サバイバーの動きは現在活動しているメンバーの中で一番良く、体の小型化をものともせずに軽やかに川を渡っていく。


 対岸の斜面の麓に立つと、サバイバーは新しく立てた専用スレッドに書き込む。


【1、サバイバー:これから川向こうの森の探索を始める。任務の内容はゴブリンの調査だ。気になることがあれば言ってほしい。ただ、ゴブリンは人にとって嫌悪する行動を取っているようなので、突発的なグロが流れる可能性がある。生放送を見る人はそこのところを留意してほしい】


【2、タイタン:覇王鈴木の生放送はヤバかったからね】


【3、ロリエール:あのような邪悪な者はミニャちゃん陛下に近づけてはなりません。サバイバー氏、頼みますよ】


【4、工作王:俺も暇になっちまったからラーメン食いながら見させてもらうぜ】


【5、サバイバー:工作王、良い人形だよ。ありがとう】


【6、工作王:おう。ちょいちょい使い心地を聞かせてくれ。問題点があれば生産スレにあげておくから】


 コメントの中には賑やかしも多いので、その中で必要そうなコメントを拾い上げながら、サバイバーは移動を開始した。


 あっという間に斜面を登り、森の中に侵入する。

 やはり下草は賢者の背よりも高く、視界は悪い。これではなにもわからないので、先ほどと同じように木に登ることにした。


【14、サバイバー:人形の体で視界を得るために木に登る場合は、登る前に樹冠を見た方が良い。登った後に葉っぱが邪魔で視界が悪いなんて馬鹿らしいからね】


 それは人形の体ならではのアドバイスだ。現代人がそんなことを気にする機会なんてないので、賢者の中にはやるヤツはいるだろう。

 サバイバーはツルの巻きついた針葉樹をひょいひょいと登っていく。


【18、啓太郎:なんなのその身体能力。ほとんど垂直じゃん】


【19、サバイバー:人形は軽いからね。ツルに無茶をさせてもツルが剥がれないのがいい。まあ持つツルは選ばなければならないけどね】


 そんなことを話しているうちに、サバイバーは3mほどの高さの枝に乗った。


【28、サバイバー:あっちだね】


 サバイバーが下流右手方面を指さす。


【29、啓太郎:なんでわかるんだ?】


【30、サバイバー:この辺りに獣道が少なく、下流方面へ行くほど増えているからね。逆に上流方面はほとんどない】


【31、ブリザーラ:全然わかんないっす】


【32、サバイバー:獣道の様子から見て、おそらくこの辺りは活動範囲の端だね。来ないこともないが日に数匹が来るくらいだろう。ゴブリンの活動範囲はわからないけど、200や300mってことはないはずだ。おそらく2、3kmほど奥に巣があると思う】


 サバイバーはそう言うと、水の武器を作り出した。

 水のナイフを一度出して消して魔法を使う感覚を再確認すると、今度は水の鞭を出した。


【37、タイタン:えーっ、超カッコイイんだが!】


【38、サバイバー:俺のジョブは探索者だからね。こんな感じのが作れると思ったんだ】


 サバイバーはそう言うと、近くの木の枝に水の鞭を巻きつけて飛び降りた。


【40、中条さん:凄いですぅ!】


【41、タイタン:女子っぽい子から褒められてる! 妬ましい!】


【42、カムシーン:飢え過ぎじゃない?】


 サバイバーは地面に受け身を取りながら転がって着地すると、森の奥へと走り始めた。

 安山岩人形の脚力は高く、成人男性の走力と遜色ないくらいの速度が出た。


【58、タイタン:ごめん、ちょっと動きが激しすぎて酔っちゃうんだけど】


【59、カムシーン:俺もちょっとヤバいかも】


 すると、スレ民から文句が出た。

 生放送は賢者の目線で撮影されているため、動きが激しいと画面が凄く揺れるのだ。


【60、サバイバー:そうかい? たしか生放送のモードが替えられたはずだ。ちょっと待ってて】


【61、ニーテスト:生放送の設定で背後からの俯瞰モードが可能だ。それに設定しろ。正直俺もキツイ】


【62、サバイバー:おや、ニーテストもスレッドにいたんだね。じゃあそのモードに変更するよ】


【63、工作王:探索に行く賢者は全員俯瞰モードがいいかもな】


 サバイバーが生放送のモードを替えてくれたので、賢者たちもニッコリ。

 俯瞰モードはサバイバーの背中側から見下ろすアングルであり、人形の体の動きで画面が揺れることはなかった。さらに、サバイバーよりも20cmほど高い位置から見ることができる便利仕様だ。


 カメラアングルを設定したサバイバーは、再び走り始めた。

 300mほど走ると、また木に登る。


【91、サバイバー:やはりそうだね。獣道がかなり多くなってきた。あれなんてわかりやすいだろう】


 サバイバーが指さしたのは茂みと茂みの間を通った跡だ。茂みの木は折られ、下草は踏まれて丁度1人分が通れるくらいの道ができていた。


【97、ニーテスト:ちなみにミニャがいる方向はわかるか?】


【98、サバイバー:この方角だね。覇王鈴木がゴブリンを倒したのは180mほど下流って話だから、そのゴブリンの死体を持ち運んだルートはこの辺りだろう】


 サバイバーは指を使って、方角を示した。


【101、中条さん:なんでゴブリンたちはあまりこっちに来ないんでしょうか?】


【102、サバイバー:さて、それはまだわからないね。奥に行けばヒントがあるかもしれない。逆にミニャちゃんの近くにヒントがあるかもしれないね】


 サバイバーは木から降り、再び走り始めた。


 森の様子は針葉樹が多く、これはミニャがいる方の森も同じだった。

 しかし、こちらの方が移動しやすい。その理由はゴブリンの活動によって草木が踏まれているためだ。奥に行くにつれてそれは顕著になっていった。


 サバイバーが宿る安山岩人形の活動時間は160分。

 その内の60分を使って森の奥へと走り、何度目かの木登りの際に、それは見つかった。


【240、サバイバー:あれだ】


【241、工作王:うわ、マジであるのか】


 枝に乗ったサバイバーが指さす先には、ゴブリンたちがわらわらといた。

 サバイバーとは100mほど離れている。


 サバイバーの位置から詳細はわからないが、何らかの手段で垣根が作られており、その中に木や草で作られたボロボロの家屋が立っている。集落と言っていいだろう。


【250、ニーテスト:ミニャの方角と距離はわかるか?】


【251、サバイバー:あっちだね。直線距離で2kmってところだと思う】


 仮に上流方向を北とした時、ミニャのいる場所からゴブリンの集落は南西に2km程度の位置にあるようだった。


【260、サバイバー:さっき中条さんがした質問の答えだけど、ゴブリンたちがミニャちゃんの方へあまり行かない理由のひとつはわかった。ここにも川があるからだ】


 サバイバーはゴブリンの集落のさらに先を指さした。


【261、中条さん:そうなんですか? 特に明るい場所は見えませんけど】


【262、サバイバー:滝の音が聞こえる。日の光が入らないのは、ミニャちゃんがいるところよりも樹冠が広くて暗い川なんだろう】


 そこからのサバイバーは見つからないように慎重に移動して、情報を集め始めた。


 サバイバーが言うように、ゴブリンの集落のさらに西側には1m強の幅の川が流れていた。こちらは谷間になっておらず、水量もそこそこ多い。ミニャのいる方の川とは違って暗い雰囲気で、岩や倒木は苔むしてじめじめしていた。


【280、啓太郎:ザリガニがいそうな川だな】


【281、サバイバー:実際にそういう生き物も捕まえているかもね】


 ゴブリンたちは、こっちの川沿いをメインに活動しているのがわかった。

 そして、そういうゴブリンは腰蓑だけでなく、上半身が斜めに半分隠れるような毛皮の服を着ていた。それらのゴブリンは覇王鈴木が倒したゴブリンよりも頭半分くらい背が高いが、それ以外の違いは見られない。


【299、工作王:はーん、俺も読めてきたぞ。ミニャちゃんの方に行く個体は集落で立場が弱いヤツらか】


【300、サバイバー:たぶんそうだと思う。服装から見て、危険の度合いが低い集落の近くで活動できる個体は偉いんだろう。あとは偉いゴブリンの部下や家族とか。彼らが良い狩場を独占しているんじゃないかな】


【301、タイタン:なるほど、下級ゴブリンと上級ゴブリンがいるのかー】


【302、カムシーン:コイツらって日光があまり得意じゃないのか?】


【303、サバイバー:うーん、どうだろう。でも、いま活動しているし夜行性ってわけではないはずだ。暗い場所を好むくらいじゃないかな?】


【304、ニーテスト:集落には近づけるか?】


【305、サバイバー:やってみよう。一応ウインドウを消すよ】


【306、ニーテスト:その辺りの判断は任せる】


【307、サバイバー:あと、万が一もあるから女性は見ない方が良いかもしれない。ニーテスト、ミニャちゃんは見てたりしないよね?】


【308、ニーテスト:ミニャはいまネコ太たちとお遊戯ダンスに夢中だ】


【309、サバイバー:それは結構だね。この人形をここに捨てるわけにはいかないから、15分観察したら帰還を開始する。その時になったらまたウインドウを表示するから】


【310、ニーテスト:了解】


 サバイバーは集落の中がよく見える位置にある木に登り、ゴブリンたちを観察した。

 ウインドウは目立つので消したため、30cmの人形を発見するのはなかなか難しいだろう。


 ゴブリンの集落はボロボロの垣根に囲まれており、垣根の内側は3、40m四方ほどの敷地面積だった。全ての家が草木で作られており、1軒だけ大きな家屋があった。大きな家も含めて、どれも造りは雑で隙間風が多そうだ。

 集落の中央には焚火が焚かれており、そこら中に木の実のゴミや骨が散乱している。

 覇王鈴木が倒したゴブリンの死体はサバイバーの位置からは見えなかった。


 風に乗ってくるのは酷い臭いだったが、サバイバーは静かに観察を続ける。


 ゴブリンの数は、集落内に見える限りで22匹。集落外で見たのは12匹。

 集落を挟んだ下流方面やさらに西方面で活動している個体もいるだろうから、全部で50から60匹程度だろうか。


 サバイバーは考える。


 1人で殲滅は無理だ。

 覇王鈴木はゴブリンを殺し、『影響制限:魔物』を4ポイント上昇させたからだ。これを1人で殲滅するとなると、影響制限がオーバーしてしまう。

 毎日通いで少しずつ殺していくのは論外だ。集落内が危険と思われて、森に散られては危険度は跳ね上がる。


 では、仲間を連れてくることになるわけだが、問題はここまでの距離だ。

 直線距離で2kmとはいえ、これを人間換算すると12kmくらいある。自分は機動性に優れた石製人形だったから1時間でやってこられたが、赤土人形ではまず無理だ。

 しかし、だからと言って花崗岩人形を派遣するわけにはいかない。脅威はゴブリンだけとは限らないからだ。最大戦力である女神製人形は、可能な限りミニャの周りにいるべきだろう。


 そんなことを考えながら観察していると、一番大きな家から一回り大きなゴブリンが出てきた。やはり下級のゴブリンよりも良い毛皮の服を着ている。


 その姿を見て、サバイバーは特に脅威には思えなかった。


 それとも、物語で語られるゴブリンキングのような凄まじい力があるのだろうか。

 そんな疑問を持ちながら観察を続けるが、最後までサバイバーの視線に気づく個体は現れなかった。


【405、サバイバー:観察を終えたよ】


【406、ニーテスト:ご苦労。それじゃあ帰還してくれ】


【407、工作王:殲滅できそうか?】


【408、サバイバー:まあ夜襲をかければできると思うよ。さすがにサンダーボールを連打すればボスも死ぬでしょ】


【409、カムシーン:発想がこええよwww】


【410、サバイバー:ただ、影響制限と距離の問題があるね。今晩決行は無理だよ】


【411、ニーテスト:まあそうだな。その辺りは帰ってきてから話し合おう】


 サバイバーは最後に対岸の斜面からミニャが居る位置がどう見えるか確かめて、任務を終えるのだった。



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