1-9 初戦闘

■アイコン説明:

以降、会話形式【】はウインドウ内の掲示板での会話。

『』は召喚中の賢者のフキダシ。

≪≫はチャットルームの会話。

チャットルームと掲示板については、作中で可能な限り言及します。




「うんしょ、うんしょ! どう、できた?」


『工作王:よーし、それじゃあミニャちゃん、持ち上げてみよう!』


「そーっと! そーっと!」


 異世界の森の中で、どんどん人形が作りだされていく。

 そうして作られた赤土人形には賢者たちが宿って新たに作業に従事し、効率はどんどん良くなっていく。


 土属性を選んだ賢者が赤土を掘り出し、泥んこ混ぜ混ぜ班がいい感じの粘土を作る。大きな葉っぱを作業台にし、その上に置いた型枠の中に粘土を詰め、ギュッギュと圧縮する。

 型枠を外せば『赤土人形量産型』の形ができ、あとは生産属性の賢者たちが細かな作業をして完成に導く。外された型枠はすぐ隣で次の人形造りに入るため、時間の無駄がない。

 回数を重ねることで品質は一定水準を保つようになり、人形の活動時間や魔力量のばらつきが少なくなってきた。


 まさに工場。

 ミニャの人形工場である。

 工場長であるミニャも、たくさんの人形と一緒に働いて大忙し。


 働いたら負けを座右の銘にしているようなニートも混ざっているのに、なぜか彼らはこの業務を楽しそうにこなしていた。

 ミニャの人形工場はとってもアットホームな職場なのです!


■賢者メモ 人形■

『赤土人形 量産型』

・活動時間:70分前後。

・魔力量:130点前後。


・時間的コスト:10体製作で30分。

・影響制限コスト『生産』:3点×2人 2点×3人。

・魔力コスト:生産属性賢者25点×1人。

       土属性賢者10点×1人。


※各コストは目安。作業参加人数が増えると減っていく。

 また、流れ作業なので時間的なコストも1体だけの製作だと非効率になる。

■・■・■


 作業は人形作りだけではない。

 見張り役も立て、ツルで籠を編む作業も始めている。


 続々と召喚される賢者たちの姿を見ては、各スレッド内でもお祭り騒ぎだ。


【72、釣りっぽ:そこ違う! 上じゃなくて下に通して! 籠を編むって言うだろ? 編むんだよ!】


【73、ピリカ:あーもう、次はあたしを召喚して! あたしなら籠なんて簡単に作れるから!】


【74、キャンパー:そんなこと言っても、俺、いきなり籠作れとか言われたんだもん!】


【75、絶狼:こいつ完全に劣化サバイバーだぞ!】


【76、キャンパー:それ言ったら戦争だぞ!?】


【77、ハナ:キャンパーさん、描写ツールで作り方を描いたので、これを見て作ってください】


【78、キャンパー:はい優しい! お前らとは大違いだよ!】


 どうやらこのスレ民は、ツル籠の制作陣の中にド素人を発見したらしい。他人の隙を見つけたスレ民たちにネチネチと文句を言われ続けている。

 彼はキャンパーというネームの賢者で、サバイバルなら任せてほしいと豪語するのでツル籠班に回したらこれであった。隙を見せる方が悪い。


 そんなふうに賢者に当たりはずれはあるものの、全員がこの不思議な体験を守るために一致団結して働いていた。


 ところが、みんなで楽しくお仕事をしていると、覇王鈴木からチャットルームに急報が告げられた。


≪覇王鈴木:緊急連絡。ゴブリンを1体発見。ミニャちゃんがいる方の岸辺を歩いて、そちらへ向かっている≫


≪ニーテスト:了解。すぐに全体連絡を入れる≫


■■■■■■■■■■■■

【全体:ニーテスト】

『件名:ゴブリン接近』

 覇王鈴木から緊急報告。下流方面からミニャにゴブリンが近づいている。全員作業を止めて戦闘態勢を取れ。召喚されていない賢者は、すぐに覇王鈴木の生放送を見てくれ。

■■■■■■■■■■■■


 ニーテストが即座に全体告知を出し、それを読んだ賢者たちに緊張が走る。

 ミニャもそれを読んでおり、ピョコンとネコミミを立てて警戒する。すぐに茂みの中に隠れてジッとするのは、そう教わったからか。しかし、頭隠して尻隠さず、後ろから見るとシッポをフリフリしたお尻が見えていた。


 ミニャのそばで護衛をしつつ、サバイバーたちもチャットルームに参加した。


≪サバイバー:ミニャちゃんとの距離は?≫


≪覇王鈴木:小人目線だから正確には言えないが、たぶん150~200mってところだ。俺からは20mくらい離れている。ミニャちゃんには気づいていないと思う。いまは川の水面を棍棒でぶっ叩いてるな≫


≪サバイバー:血が出るだろうから、こちらではあまり倒したくないね。血の匂いでミニャちゃんを危険に晒してしまう≫


≪ニーテスト:じゃあ覇王鈴木、そこで殺れ≫


≪覇王鈴木:俺の異世界冒険譚が苦労の連続な件≫


≪ネムネム:覇王っぽくていいじゃん(*’▽’)覇王伝序章!≫


≪覇王鈴木:でもほら、仲間が殺されてゴブリンたちを刺激しないか?≫


≪サバイバー:ミニャちゃんの近くにゴブリンが来たら、どちらにしても殺す選択肢しかないよ。なら、離れているうちに殺した方が良い≫


≪覇王鈴木:ぬぅ! わかったよ≫


≪ネムネム:召喚されているから生放送見られないけどがんばえー(*’▽’)生きろ!≫


 お祭り好きな賢者たちは、こぞって覇王鈴木の生放送を視聴し始めた。召喚されている賢者は生放送が見られないので、スレッドやチャットルームの書き込みを読んでドキドキする。


 各スレッド内でも手に汗握って覇王鈴木の生放送を視聴している様子。すでに煽りが始まっているのはご愛敬か。


 覇王鈴木がウインドウに表示しているスレッドは、先ほどサバイバーと共に検証用に立てたスレッドだ。メンバーもあまり変わっていない。

 覇王鈴木本人が書き込んでいたスレッドだけあって、ここも大盛り上がりであった。


【540、雷光龍:マジで怖くて草っ草!】


【541、タカシ:覇王鈴木がゴブリンさん専用の〇〇ホにされちゃうよぉおおお!】


【542、ホムラ:あんなのに凌辱されるとか絶対やだわぁ(;’∀’)】


【543、キツネ丸:今年の夏は覇王鈴木の薄い本で決まりだな!】


 しかし、覇王鈴木は彼らの馬鹿騒ぎに構っている余裕などない。

 初めての戦闘で、醜悪とはいえ人型の生物を倒すのはかなり精神的にきつかった。


 ゴブリンは何が楽しいのか、ゲギャゲギャと笑いながら棍棒で水面を叩きまくっていた。隙だらけなその様子は先制攻撃のチャンスである。


 だが、覇王鈴木は魔法を撃てなかった。

 コイツが悪という確証が欲しかったのだ。顔は怖いけど実は良いヤツの可能性だってある。


 だから、石を投げて自分の存在に気づかせてみた。

 すると、ゴブリンが覇王鈴木に視線を向ける。


 不気味な顔のゴブリンを間近に見て、覇王鈴木は赤土人形の体で仰け反った。

 石の上に乗る謎の人形を発見したゴブリンは、ニチャアと邪悪な笑みを見せて覇王鈴木に近づいてきた。人形を怯えさせるように棍棒で石の地面を叩き、嗜虐的な笑いを立てている。


≪覇王鈴木:うわぁああああ、完全に邪悪でしたぁああああ!≫


【555、雷光龍:見りゃわかんだろ!?】


【556、ホムラ:360度キモさと邪悪の塊だよ!】


【557、タカシ:アホなんか覇王鈴木ぃ!】


【558、キツネ丸:次回、覇王鈴木列伝第2話、絶体絶命の鈴木。いま、ゴブリンの邪悪な棒が覇王鈴木の体に迫る!】


【559、雷光龍:嘘は言ってないな!】


 大注目の覇王鈴木だが、スレ民の書き込みに答える余裕などない。

 目前まで迫ったゴブリンに向けて、ミトン型の手を突きだした。そこから野球ボールほどの大きさの雷の球が射出される。サンダーボールだ。


「グギャアアアア!?」


 バンッと激しい音が鳴ると同時に、ゴブリンが背後に転倒する。

 巨人サイズの化け物の転倒に、覇王鈴木はビビり散らかして石から転がり落ちた。


 倒れたゴブリンはビクビクと激しく痙攣している。明らかに戦闘不能状態だが、どうにも倒せた雰囲気ではない。


 慎重に近づいた覇王鈴木は、もう1発サンダーボールを頭部へ向けて放った。

 それがトドメとなったのか、ゴブリンは舌をダランと出して息絶えた様子。


≪覇王鈴木:すみません、ちょっと気分が悪いんで、ミニャちゃん先生の保健室に行っていいですか?≫


 覇王鈴木はチャットルームでそう訴えた。


≪ニーテスト:覇王鈴木、ゴブリンを倒した直後のステータスを記録したい≫


≪ネムネム:人の心がないってはっきりわかんだね(;・∀・)鬼や!≫


≪サバイバー:倒せたのかい? 人形に宿っていると生放送が見られないから教えてほしい≫


≪覇王鈴木:たぶん倒したよ。生きてたらやべえ状態≫


 無事にゴブリンを倒した覇王鈴木は、ステータスを表示した。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■

覇王鈴木

お仕事ポイント:78P


ジョブ:戦士

属性:雷


ボディ:赤土人形

活動時間:31/67

魔力:62/118


影響制限

動物:0/100P

魔物:4/100P

植生:0/100P

地形:0/100P

生産:0/100P

伝授:1/100P


■■■■■■■■■■■■■■■■■■


≪ニーテスト:ふむ、魔物1体で影響制限は1Pじゃないんだな≫


≪ネムネム:ゴブリンよりも弱い魔物なんていくらでもいるってことじゃない(*’▽’)グッピーとか!≫


≪覇王鈴木:おいお前ら。とりあえず、俺を褒めてくれ≫


≪ミニャ:覇王鈴木さんはゴブリンを倒せて、とっても凄い!≫


≪覇王鈴木:ミニャちゃんは良い子だなぁ! ミニャちゃんもお仕事して偉い!≫


≪ミニャ:んふふぅ!≫


≪ニーテスト:検証スレから提案が2つあった。『ゴブリンの死体は人形に該当しないか』と『ゴブリンの魔石を人形に埋め込むとどうなるか』だ≫


≪覇王鈴木:それに比べてどこぞのニートはよぉーっ! 頭おかしいんじゃないですか!?≫


 覇王鈴木は文句を言いつつもニーテストの書き込みを読み返し、グデッとしたゴブリンに視線を向ける。正気か、と。


≪覇王鈴木:ゴブリン人形の件はともかく、魔石を取り出すのは俺ってことか? というか魔物に魔石が入っている確証なんてないんだろ?≫


≪ニーテスト:魔石についてはその通りだな。だが、少なくとも赤土人形の近接攻撃力を知りたい。具体的に言えば、パンチでゴブリンの腹を突き破れるかだな≫


≪覇王鈴木:君、ゲーム脳がつま先まで詰まってるって医者から宣告されてない?≫


≪ニーテスト:赤土人形の物理攻撃力を把握するのは防衛面で重要だからな。できればやってほしい≫


≪覇王鈴木:ぬぅ! わかったよ!≫


 防衛のことを持ち出すのはずるい。やらないわけにはいかない。

 覇王鈴木は諦めて、ゴブリンの腹部によじ登った。


≪覇王鈴木:これ見てるやつ全員に言っとくけど、人形は嗅覚があるからな? ゴブリンはマジでくせぇ。夏のゴミ捨て場の匂いがする≫


≪ネムネム:ミニャちゃんは優しいミルクの匂いがするがなヾ(@⌒―⌒@)ノ最高ぅふーい!≫


≪覇王鈴木:ぶっとばすぞ≫


 そんな文句を言いつつ、覇王鈴木は覚悟を決めてゴブリンの死体に拳を振り下ろした。

 肉が殴られる音と共にゴブリンの体が少しだけ跳ねるが、肉を突き破ることは到底できそうにない。


≪覇王鈴木:全力でやったが無理だな。だけど、近接攻撃力自体は結構高そうだ。感触的には普通の人間なら歯が折れるレベル。あと、こちらの腕へのダメージはない≫


≪ニーテスト:ふむ。尖った手を作れば殺傷力を増やせそうだな≫


≪ネコ太:ミニャちゃんと触れ合えないから私はノーマルタイプがいいわ≫


≪覇王鈴木:それじゃあ、探索を続けるぜ?≫


 これ以上この場にいるとどんな無理難題を言われるかわからないと感じた覇王鈴木は、ゴブリンから飛び降りて歩き出した。覇王鈴木は雷の剣を作り出せるので、頭がおかしい実験に付き合わされかねない。


 精神的にきついと判断されたのか、魔石を取り出さないことに対してチャットルームから文句は上がらない。ただし、各スレッドでは罵声が飛び交ったが。


 ゴブリンから少し離れると、対岸の森の方からゲギャゲギャと声がした。

 覇王鈴木はハッとして石の陰に隠れる。


 複数のゴブリンが対岸の森から降りてきたのだ。

 その姿は少し異様で、まるで我先に死体に辿り着きたいと言わんばかりの急ぎ方だった。


≪覇王鈴木:もしかして不味ったか?≫


≪ニーテスト:いや、仕方ないことだった。むしろ音が出る雷属性のお前を探索に行かせた俺のミスだ≫


 ところが、川を渡ったゴブリンたちは仲間の死を悲しむことなんかしなかった。仲間の死に顔に目もくれず、死んだゴブリンの棍棒や腰蓑の奪い合いを始めたのだ。

 それを石の陰から見る覇王鈴木は、恐ろしくて吐きそうになった。


 これは完全に邪悪な生き物だ。少なくとも人とは相容れない。


 そう思ったのは覇王鈴木だけではなく、生放送を見る賢者たちも同様だった。馬鹿騒ぎしていたのが嘘のように落ち着き、嫌悪や視聴をギブアップする書き込みが続いていく。


 ゴブリンたちは仲間の死体を川の向こうに乱暴に運ぶ。

 その顔は実に嬉しそうで、時折なにかを確かめるように仲間の死体を軽く叩いた。


≪サバイバー:すまん、ニーテスト、状況は?≫


≪ニーテスト:仲間のゴブリンが死体を持ち帰った。弔う雰囲気じゃないし、たぶん共食いをするんじゃないかと思う≫


≪サバイバー:そうか。でも、森で暮らす魔物ならばそういう生態でもおかしくない≫


≪ニーテスト:工作王、チャットを見ているか? 石製の人形を1体作ってくれ≫


≪工作王:ああ、見てるよ。たぶん作れると思うが、ゴブリンはそんなやべえのか?≫


≪ニーテスト:お前も帰還したら後学のために覇王鈴木の過去動画を見ておけ。あれは相容れないな。石製の人形ができ次第、それにサバイバーを宿して向こう岸を探索させる≫


≪工作王:わかった。じゃあすぐに製作に取り掛かる≫


 ネコミミ幼女ミニャちゃんとの素敵ライフは、邪悪なゴブリンさんのせいでSAN値だだ下がりとなった。

 癒しを求める賢者たちは、ネコ太の生放送の視聴を始め、ネコミミ幼女成分を補給するのだった。


■賢者メモ 魔物■

『ゴブリン』

・見た目がすでに邪悪。

・だけど、実は愛嬌があって良いヤツ……みたいなことはたぶんない。

・死体を持ち帰った方向から、対岸の森の少し下流側に巣があると思われる。

■・■・■


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