プロローグ2


「わおわーお。ネコミミのロリっ娘じゃん!」


 両脇を持たれてぷらーんとするミニャにそう言ったのは、この世のものとは思えないほど美しい女性だった。


 突然のことにほけーっとするミニャ。

 けれど、すぐにハッとして自己紹介をした。


「ミニャはミニャです! 7歳です!」


「自己紹介できて偉いわねー!」


「んふーっ! あのあの、お姉さんは女神様?」


 この場所が天国だと思っているミニャにとって、その考えに至るのは当然だった。母親から何度も聞かされてきたこの世の神様、つまり女神様だろうと。


「あったりー! お姉さんは女神様でっす! ふっふーい!」


 すると女性は明るい笑顔で笑い、ミニャを持ちながらくるくると回った。ぶん回されて遠心力で足が横に伸びるミニャだが、そこは子供の無邪気さかキャッキャとした。


 女神を名乗った女性はミニャをそっと降ろして、自らも屈んで目線を合わせる。


「無粋なものがついてるわね。私、不憫系ロリ萌え属性はないのよ。悲しくなっちゃう」


 女神はミニャにつけられた隷属の首輪に触れた。

 ミニャはなにをしたのかさっぱりわからなかったが、引き戻された女神の指にはなんと隷属の首輪が引っかかっていた。今までミニャが何をどうやっても取れなかったのに。


 女神は、隷属の首輪が引っかかった指をピッと跳ね上げる。

 隷属の首輪は宙を舞い、空中で塵となって消えていった。


 ミニャはずっと首についていた怖い物が無くなって、お尻からネコミミへと体をプルプルプルと震わせた。


「うはっ、猫っ気が出とる!」


「猫っ気なんて出てないもん! ミニャ、お姉さんだもん!」


 するとミニャはブチギレた。恐れ多いこと幼女の如しである。


「あっはっはっ、そっかそっか」


「でもでも、女神様。怖い首輪を外してくれて、ありがとうございます!」


「おっ、ちゃんとお礼が言えて偉いね!」


「にゃふーっ! あのあの、女神様、お母さんに会えますか?」


 幼いミニャの言動は変幻自在にして自由奔放。ご挨拶したい時にご挨拶し、聞きたい時に聞きたいことを問うのだ。

 その問いかけに、女神は首を振った。


「あなたにはまだ早いわよ。まだあなたは死んでいないのだから」


「……そっかぁ」


 しょんぼりするミニャの頭を、女神は優しい手つきで撫でた。


「ほら、こっちへおいで。そこに座りなさい」


 女性が手で示す場所には、いつの間にかテーブルセットが置かれていた。

 奴隷としての在り方や女神への作法なんて知らないミニャは、言われるままに席に着いた。


 テーブルにはこれまたいつの間に用意されたのか、甘い匂いがするお菓子と灰茶色の飲み物が用意されていた。その見た目と香りは、昨日から何も食べていないミニャのお腹をキューと鳴らす。


「さあ食べて食べて」


「みゃっ! いいの!?」


「もっちろん」


「わーい! いただきまーす!」


 ミニャは作法も礼儀も知らない。

 知らないがゆえに、許可が出たら素直に喜び、遠慮はしなかった。


「うみゃっ、うみゃっ! こぇすんごく美味しい!」


「うむ。ロリっ娘は元気があってよろしい。NO不憫YESニコパ、つってね。いっぱい食べなさい」


「うくうくっ、ぷはーっ! こぇも美味しい! こんなに美味しいの生まれて初めて飲んだ!」


「それミルクティね。じゃぶじゃぶ飲んでいいわよ」


「みゃうみゃう、美味しい! みー……美味しい! ふぐぅもぐもぐ! みー」


 見ず知らずの人にこんなに良くしてもらったのは初めてで、ミニャはいつの間にか涙を流し、もぐもぐじゃぶじゃぶと夢中で飲み食いした。

 そんなミニャを、女神は優しい顔で見つめ続ける。


 ところが、ミニャは手を止めてしまった。

 ゴシゴシと涙を拭うミニャに、女神は首を傾げた。


「もういいの?」


「うん。ミニャ、もういい。でも、ミニャが残しちゃったのをお母さんに食べさせてあげてほしいです」


「優しい子ね。お母さんにもあげるから、これはミニャちゃんが食べなさい」


「いいの?」


「ええ、いいわよ。たーくさん食べなさい。神の世界の食べ物は栄養満点なんだから」


「うん!」


 しばらく夢中でもぐもぐしていたミニャだが、少しばかり落ち着いて会話をする余裕ができた。


「女神様、ここは天国ですか?」


「いいえ、ここは女神の園よ」


 それを聞いたミニャは目を真ん丸にした。


「にゃんですと!」


 クワッと目をおっぴろげて驚くミニャに、女神はぐふすぅと噴き出した。


「知ってるの?」


「うん。お母さんが話してくれたおとぎ話に出てくるの。女神の園にいって王様になる人のお話とかドラゴンを倒す人のお話とか」


「そうね、そういう人もいるわね。まあ大体はムカつくからマグマにぶち込むけどね」


「まぐまにぶちこむ」


「おっと今のは忘れていいわよ。ほら、もっとお食べ」


 ミニャは素直にコクンと頷き、再びもぐもぐし始めた。圧倒的素直さである。


「あのあの、女神様。あの板はなぁに?」


 もともと礼儀を知らないミニャだが、状況に慣れたのか敬語を使わなくなっていた。


「そういえば、私が来るまでずっと見てたわね。気になるの?」


「うん。ギザギザした模様がワッと出てきたりして面白かった」


「ギザギザ? ギザギザ……ッ!」


 自分の言葉に女神がケタケタと笑うので、ミニャもニコパと笑った。大人が笑えば子供は嬉しいものなのだ。


「あれは模様じゃなくて、文字よ」


「文字! しゅごー」


 感心するミニャは文字が読めなかった。


「といっても、あれはとっても遠いところで使われている文字なの。下手をすればこの女神の園よりもずーっと遠い場所ね」


「はえー、そんな遠くの……。お月様くらい?」


「もっともっと遠い場所。まあ遠いけど、女神よりも偉いってことはないわ。私から言わせればみんなザコよ」


 女神の唐突なマウンティングに、ミニャはコクンと頷いておいた。


「じゃあ、あれは遠いところの文字がどんどん出てくる道具?」


「ちょっと違うわ。あれはこことは違う場所にいるたくさんの人たちと文字でお喋りする道具なの。他の人たちもあれと同じ物を持っていて、みんなで同じ文章を読んで、お話しに参加したかったら自分も文字を書き込むわけ」


「むむむ……」


「そうねぇ、例えば、ミニャちゃんと私があれと同じ物を1つずつ持っていて、私が『こんにちは、ミニャちゃん』て書いたら、ミニャちゃんが持っている方にも『こんにちは、ミニャちゃん』って出てくるわけ」


「はえー。じゃあじゃあ、ミニャが『こんにちは』って書いても、どこかの人が『こんにちは』って返してくれるの?」


「そう!」


 女神は幼いミニャにもわかるように、ゆっくりと説明した。


「ふぉおおお、しゅごー! じゃあじゃあ、今もああして文字が出てきてるのは、たくさんの人が女神様とお話ししたいから?」


「ううん、私は女神って名乗ってないから、あっちは女神と話しているつもりはないわ」


「はえー、そうなんだ。じゃあじゃあ、ギザギザはなんて意味?」


「あれは嘲……んんっ。あれは『とても楽しい』って意味ね」


「わぁ、そうなんだぁ……みゃっ、またギザギザ!」


 ミニャが言うように、箱の上から下に10個くらいの『w』が流れていった。


「女神様、今のはきっととっても楽しかったんだよ!」


「純粋だわー」


 文字自体は読めないけれど、『w』が出るだけで相手が楽しんでいるとミニャは喜ぶ。ミニャは素直だった。

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