ミニャのオモチャ箱 ~ネコミミ少女交流記~
生咲日月
プロローグ
プロローグ1
森の中を彷徨う幼女が一人。
幼女の名前はミニャ。
7歳の猫獣人であり、逃亡奴隷だ。
「みゃー……ひっく……みゃー……」
ミニャの喉から、子猫のような音が漏れる。
幼い猫獣人の子供がする『猫っ気』という現象だ。
もうお姉さんなので猫っ気なんて出したくないけれど、寂しさや恐怖のせいで止めることができない。
ミニャはあふれ出しそうな涙をゴシゴシと擦った。そうして袖についた土埃が目に入り、ミニャは「にゃぁあ……」と苦悶した。
幼いミニャは、自分の境遇を嘆くほどの人生経験はない。奴隷が世間一般でどれほど不幸な人生を送るのか、その立場の頭に逃亡の二文字がついた時にどれほど過酷な未来が待っているのか、考えることはできなかった。
それよりも亡き母のことばかりが頭の中でグルグルしていた。
半年前にミニャの唯一の肉親である母親が大ケガをして亡くなった。
ミニャは住んでいた村で育てられることになったが、半年もすると村の都合で行商人に売られてしまった。
ミニャが普通の子供だったら、運ばれた最初の町で売られていただろう。
村では薄汚れた鼻たれ幼女のミニャだったが、洗ってみてびっくり。将来に期待を持てるほどに見た目が良かった。そのため、ミニャを買った商人は王都の奴隷店へと連れていくことになる。
道中のリスクを減らすために作られた商隊。
その列の中ほどの馬車に、ミニャは雑多な商材と共に乗せられた。
しかし、集まって移動するのはあくまでもリスクを減らす程度の効果。襲われるときは襲われる。
そう、旅の道中、商隊は魔物に襲われたのだ。
魔が差したというべき、パニックゆえの行動だったのか。
商隊が大混乱に陥る中、ミニャは馬車から飛び出してすぐ近くの森へと駆けだした。
周りではまるで火事のように魔物避けのお香が焚かれ、緊急事態の様相を深めていた。
「なっ!? ミニャ! 戻ってこい!」
背後から聞こえるその叫びで、ミニャの体に激痛が走る。
主人の命令に服従させる隷属の首輪の邪悪な効果がミニャを縛ったのだ。
通常ならば嫌悪すべきその効果だったが、今回ばかりはそれがミニャの運命を変えた。
足をもつれさせて茂みに頭から突っ込んだミニャ。ネコミミをペッタンとさせたその頭が今まであった場所に、魔物の牙が通り過ぎたのだ。
激痛を覚えたのも一瞬のことで、ミニャはなぜか隷属の首輪の呪縛から解放された。よくわからないまま茂みを抜け出して、がむしゃらに森の中へと逃げていった。
あるいはミニャが冷静なら、たくさんの怒声と悲鳴の中に、自分の仮の主である商人の断末魔が混じっていたことに気づいたかもしれない。
こうしてミニャは逃亡奴隷となり、森を彷徨うことになった。
泣きながら見つけた木の洞の中で、ミニャは一晩を過ごした。
猫獣人の子供は狭いところに入り込むと落ち着く習性がある。木の洞で丸まったミニャはストンと眠りに落ちることができた。
奇跡的に魔物に見つからなかったのは、混乱の中で商隊が大量に焚いた魔物除けの香が風によってミニャの逃げ込んだ森に流れ込んだからだろう。そうでなければ、ミニャなどぺろりと食べられてしまっていたはずだ。
遠くでする魔物たちの狂乱の声にも気づかないほどグッスリと眠り、朝を迎えた。
クシクシと目を擦って起きてみれば、辺りは深い霧に包まれていた。
ミニャは近くの草に付着した水滴を舐めて、乾いた喉を潤す。
逃亡奴隷という身の上になれば大人だってどうすればいいかわからない。ましてや7歳のミニャにわかるはずもない。
ミニャの行動は行き当たりばったりで、木の洞から抜け出すとトボトボと歩き出した。
霧は深く、森の音を殺していた。
不気味なほど静まり返った森の中をミニャはあてどもなく歩き続ける。
「もしかして、ミニャはもう死んじゃったのかな……」
それならこの先にお母さんはいるのかな?
そんなふうに思うと、ちょっとだけ霧の中を歩く元気が沸き上がった。
ミニャはふんすとして、ずんずんと歩き出す。
「みゃっ、聖剣だ!」
ミニャはまっすぐな木の棒をゲットして、聖剣と名づけた。
ブンブン振って、にゃふぅとする。
聖剣のおかげで、まるで剣一本で王様になったという英雄になったように勇気が出てきた。
さらに進むと。
ガサガサ!
「みゃっ!」
近くで葉っぱが擦れた音がして、ミニャはぴょんと飛び跳ねた。
けれど、それはミニャが踏んでいるツルが悪戯したものだった。
「もーっ! こいつめ! こいつめ!」
ブチギレたミニャは聖剣でテシテシとツルを成敗した。
ツルがミョンミョンと聖剣を弾き返し、ツルの絡まった枝葉がバッサバッサと揺れる。魔物誘因のピンチである。
「ミニャの勝ち!」
ツルをしばき倒して満足したミニャは再び歩き出した。
どれくらい歩いただろうか。
何度心臓をドキドキさせられただろうか。
依然として霧深い森は静まり返り、まるで世界に自分だけしかいなくなってしまったかのようだった。聖剣を手に入れて得た勇気はとうの昔に萎んで、また寂しくなりながらトボトボと歩く。
「ミニャ、死んでないのかな? お母さんいないのかな?」
小さな頭でそんなことを考えながら、霧の中を進み続ける。
そうやって頑張って歩き続けていると、ふいにミニャの身に不思議なことが起こった。
「にゃえ?」
少し前まで下草を踏みながら歩いていたのに、気づいたらたくさんの花を踏むようにして歩いていたのだ。
それに気づいた瞬間、あれほど濃かった霧がふわりと消えていく。
久しぶりに開けた視界の中に、森の木々は一本たりともなかった。
その代わりにミニャが見たのは、吸い込まれそうなほどに青い空と、辺り一面見渡すかぎりに広がる花の海だった。
その光景を見たミニャの顔もパァッと晴れ渡った。
きっと天国だ!
ミニャは聖剣を放り捨てて、花畑の中をててぇと走り出した。
すると、小高い丘の上に変な物を見つけた。
それを目印にして元気に走る。時には転んでしまうけど、その表情は満面の笑みだ。
到着した丘の上にあったのは、机と椅子、そして、その机の上に置いてある見たことのない物の数々。花畑にあるにはあまりに奇妙な物だった。
「にゃん、です、と……?」
なにかわからない物に遭遇して思考が停止したミニャは、ふらふらっとそれらの下へ足を運んだ。
「はえー、なんだこれなんだこれぇ」
大人だったら、机や椅子が大変な逸品であることにすぐ気づいただろう。しかし、どんぐりのネックレスでぴょんぴょんする年頃のミニャには、物の価値なんてわからなかった。
それよりもミニャが興味を示したのは、机の上に立っている板だった。
木のような石のような不思議な素材で作られた枠の中で、なにやら細かい模様がゆっくりと動き続けている。
こんな物をミニャは見たことがない。どういう用途のものなのか想像もつかなかった。
その板の手前には凸凹した板が置いてあったり、丸っこい物が置いてあったり。やはりどれもこれもなんなのかわからない。
あるいはミニャが奴隷としての教育をされていたら、この後の行動は違ったかもしれない。ミニャは凄く高級そうな椅子にぴょんと座ったのだ。
すると、お尻の下の感触にビックリ!
「ふっかふか!」
サイズの合っていない椅子の上でお尻を弾ませ、ふかふかする。
「わぁ、羊の背中に乗ってるみたい!」
一頻りふかふかを楽しむと、今度は机に置かれた板を見つめた。
今もずっと板の表面で模様は変わり続けていた。
「はえー」
ミニャはほけーとして模様の変化を見つめていたが、ひとつの法則を直感的に発見した。
板の上で新しい模様がパッと現れると、元からあった模様が少しだけ下がる。それを繰り返し、一番下までいった模様はどこかへ消えてしまう。
板の下には隙間があるので、ミニャはそこに手皿を置いてみるけど模様は落っこちてこなかった。
「にゃしゅ!」
板の中で動き続ける模様にシュバッとタッチ。
板は変な感触がするけど、模様に影響はないようだった。
「ギザギザ! またいっぱいギザギザ!」
ミニャはこの模様のひとつに勝手に名前を付けた。
それは『w』という模様。板に現れる模様には、これがとても多く使われていた。
ミニャはふと、机に置かれている凸凹した変な板にも同じ模様があることに気づいた。たくさん変な模様が描かれた中に『W』があるのだ。
「おー、こっちにもギザギザ!」
ミニャは小さな指でペシッと『W』に触った。
「むむっ!?」
すると『W』が押下され、不思議な気持ち良さを感じた。
もう一度押してみる。
「にゃんですと!」
ミニャは気づいた。
自分が『W』を押すと、不思議な板に描かれた枠の中に『w』が現れるのだ。
こいつぁ忙しくなってきた!
「うみゃみゃみゃみゃみゃみゃっ!」
押したら押しただけ『w』は増えていくので、ミニャは楽しくなって猛烈にプッシュしまくった。
そんなふうに夢中になっていると、肘が変なのに当たった。
ネズミを見ると追いかけちゃう猫の如く、ミニャの目がキュピンと光る。
「にゃしゅ!」
シュバッと変なのを捕まえたミニャだったが、獲物を捕らえたことを誇ることもなく、模様を作り出す板へ「はえー」と視線を向けた。
板の中で、『←』を斜めにした白いマークが動いたのだ。
ミニャが捕まえた変なのを動かすと『←』も動く。
空中ですいーっと動かすが、『←』は動かない。どうやら机の上に置いて動かすようだとミニャは見切った。
ゆっくりと右へ動かすと『←』も右へ動き、上に動かすと上へ動く。特定の場所に行くと『←』は消えて、代わりに『|』というマークが現れた。
「にゃしゅしゅしゅしゅしゅしゅっ!」
ミニャは変なのを猛烈なスピードでシュシュシュとした。それに連動して、板面で『←』が超高速で動きまくる。
若いミニャはあっという間に『←』の操作に慣れ、先ほど自分で生み出し続けたお気に入りの『w』に重ねた。
ミニャは妙な達成感に包まれて、むふぅとした。
すると、なにがどうなったのか、板の中からあれだけあった『w』がパッと消えた。
その代わりに、動き続ける模様の部分に超大量の『w』が現れるではないか。
「ふぉおおお……ギザギザがいっぱい!」
キャッキャキャッキャッ!
そんなふうに夢中で観察しているミニャの視界が、唐突にくるんと横に半回転した。
椅子ごと真後ろを向く形で止まったミニャは、両脇を持たれて何者かに捕獲された。
「わおわーお。ネコミミのロリっ娘じゃん!」
ぷらーんとするミニャにそう言ったのは、この世のものとは思えないほど美しい女性だった。
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