第7話_イチノセ

 我が一族、一ノ瀬家は伝説の勇者が引き抜く聖剣を守護する一族。我が家の土間の中央に、聖剣が突き刺されていた。先ほど、空き巣が聖剣を抜き、魔王からではなく警察から、空き巣を逃がしている。


 もう、わけがわからない。


 気がつくとあたりが真っ白だった。耳鳴りが酷い。そのうえ、前方からものすごい熱気を感じる。顔が熱い。何かが燃えるような臭いもある。煙たいが火が迫っているような様子ではなさそうだ。

 目の前の真っ白が土煙だということ理解するのに時間はかからなかった。その奥で大男のシルエットがあった。多分、トオルだ。

 健太郎は体を起こす。身体のあちこちが痛い。多分、吹き飛ばされたのだろう。


 「何が、壁を崩す程度だ」


 さすがは一族イチの心配性の3代目だ。壁が壊れなかった時を想定して、サービスで火薬を大盛にしたのだろう。

 健太郎は、立ち上がりトオルの隣に立った。

 「イチノセさんの息子さん。見て、家が燃えている」

 見覚えがない景色。いや、見覚えがある建物が派手に壊れ、炎上し、見覚えのない景色へと変わっていた。

 一ノ瀬家の分家が管理している神社が真っ赤に燃えていた。


 確かに伝承通りだ。この地下道を使えるのは一度だけ、地下通路は爆発するし、神社は燃え盛る。これだけ目立つと二度と使えないよな。


 「何が、壁を崩す程度だ」

 思わず、もう1度行ってしまった。


 オヤジは知っていたのかもしれない。だから、分家に電話していたのかしれない。

 いや、ちょっとまて。こんな威力があるものをドリルで穴をあけさせようとしたのか、あのクソオヤジ。


 すぐ近くで、伊藤さくらが倒れていた。左頬が少し赤くなっているが、大きなケガはなさそうだ。さくらに近寄り、肩をゆする。さくらは目をあけ、しばらく呆然としていたが、すぐに目を開き周囲を見回していた。


 トオルが振り返った。

 「イチノセさんが言ってた。くれるって。本当に、もらっていいのか?コレ」

 そう言って、左手に持った聖剣を突き出した。

 健太郎は「ああ、いいよ。もらってくれ。俺にもオヤジにも使えない代物だから」と返した。

 「アリガト……」

 「いいよ」

 「あ、そうだ。このソードの名前ってあるのか?」


 聖剣に名前。そういえば、名前がついているなんて聞いたことがなかった。古来の刀には名前がついていた。作者の名前がついていることが多いが……聖剣を見守るってだけで、名前があるなんて考えたこともなかった。


 「名前はないよ。もし、名前が付けたいのなら、好きなようにつけたらいいよ」

 「そうか。そうだな……じゃあ『イチノセ』にしよう。イチノセさんからもらったから」

 聖剣イチノセ。なんか、カッコ悪い。

 「もっと他にいい名前をつけろよ」

 「いや、これがいい。イチノセだ」


 トオルは鞘から聖剣を抜いて、それを天に掲げた。

 「オマエは、今日からイチノセだ」


 真っ赤燃える神社に照らさされた聖剣イチノセ。真っ赤な炎に照らされているにもかかわらず、冷たく、濡れているような刀身をしていた。

 

「それは滴るのではないかと思わせる潤沢で冷たい刃」と伝えられていた。


 蛍光灯の下ではよくわからなかったが、その伝承が今、理解できた。

 トオルは軽く聖剣を振り下ろし、見事な剣さばきでその刃を鞘に納めた。


 トオルは聖剣を持ち直し、炎上している神社を見上げた。健太郎もそれにつられて、神社の方に視線をやった。

 神社の火はさらに強くなり、天に届きそうなほど火の粉が舞い上がっていた。煙も空を埋め尽くすほど広がっていた。


 「それはそうと……息子さん。これは……ノロシか?」

 トオルの言葉が一瞬分からなかった。がすぐに狼煙と結びついた。

 「狼煙って言葉、よく知っているな」

 健太郎はトオルの方を見た。トオルの目線は、その炎上する神社に目をやったままだった。


 事故の原因は、地下に溜まった天然ガスが爆発したことになった。

 あの後、消防と警察がすぐに駆け付けてきて、消火活動が始まった。神社の神主である分家のおじさんが警察の対応をしていた。深く穴があいていることと、神社の燃え方が激しかった様子をみて、とっさに言ったのだろう。いや、何年も前から、言い訳は考えていたのかもしれない。

 まあ、本当の話をしても信じてもらえるとは思っていないだろう。聖剣を守る一族で……なんて、誰が信じる?事情聴取が長くなるだけだ。

 いつの間にかトオルは姿を消していた。まあ、警察に見つかるわけにはいかないから、当然だよな。


 数日後。

 健太郎の手の中で、聖剣を振り回す勇者が暴れまわっていた。行く手をふさぐ魔物を倒し、聖剣を持つ勇者の先には、ついに魔王の城が見えてきていた。


 そこで、店の入り口の引き戸がガラガラと開く音がした。

 健太郎は慌ててデータを保存し、ゲーム機の電源を切った。

 「いらっしゃいませ」と言いつつ、顔を上げると知った顔があった。幼馴染で、小学校の先生をしているさくらがいた。さくらは手慣れた様子で、いつように文房具を集めていた。

 「もう少し、まじめに働いたら?」

 「俺は、いつもまじめだよ」

 健太郎は、てきぱきと動くさくらの顔を見た。左の眼の下に絆創膏を貼っていた。

 「だいじょうぶか?」

 健太郎の言葉に、さくらが「ああ、これ?大丈夫よ。まだ、赤くなっているから貼っているだけ。傷はふさがっているのよ」と言い、指を指した。

 「誰かさんのせいで、嫁に行けなかったら、きっちり請求させてもらうわ。今度会う時には、裁判所かもね」

 「じゃあ、腕利きの弁護士を探しとくわ」

 「そうね。準備をしといたほうがいいわよ」とさくらが笑いながら、レジのところに画用紙や紙テープなど、かき集めたものを置いた。

 健太郎はひとつずつレジ打ちをする。

 「ねぇ、これからどうするのよ」

 さくらの言葉に、「なにが?」と健太郎は返した。まあ、おおよそ、さくらが言いたいことは想像できたが。

 「剣、無くなったじゃない」

 健太郎はさくらの視線を追った。土間にあったものが無くなっていた。

 「っていうか、あの空き巣にあげちゃってよかったの?」

 「いいんじゃない。オヤジがあげるって言ってたみたいだし。それに、さくらも知ってるだろ?あれは抜けないんだ」

 「それ自体、信じられないんだけどね。みんながひっぱり続けてたから、たまたま、あの空き巣が引っ張ったタイミングで抜けたとか?」

 「まあ、それでも抜いたのはあの空き巣だよ。だから、オヤジは警察の前に立ったんだと思うよ」


 あの日、オヤジは一時的に警察に取り押さえられた。だが、かなり酒を飲んでいたらしく、酩酊状態で正常な判断ができなかったということで、特にお咎めはなかった。

 ただ、あの日以降、オヤジは酒を一滴も飲まなくなった。


 「まあ、とにかく終わったよ」

 「ふーん。まあ、納得してるんだったらいいけど」

 健太郎は、さくらからお金を受け取った。

 「じゃ、また来るね」

 「ああ、ありがとう」

 さくらは、軽く手をあげ、店を出ていった。

 健太郎は椅子に座り、ゲーム機を手に取る。が、ゲームという気分でもない。というか、なんとなくゲームの続きはしているが、興味がなくなっていた。

 商品の間を抜け、店の引き戸を抜け、店の前の通りに出た。


 日が傾き、周囲を赤く照らしていた。

 その夕日に黒い雲が近づいてきているのが見える。

 雨が降るのかもしれない。


 (完)

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伝説の勇者を待つ者 のらすけ @norasuke321

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