第6話_伝説の空き巣
まばゆい光と共に、その剣がゆっくり抜ける。
伝説の勇者は、その剣を天に掲げた。その剣は光を反射させ、周囲を明るく照らした。
静寂が破れ、歓喜の声が上がる。
健太郎の中の聖剣が抜かれるシーンは、これだ。
ゲームでも、アニメでもこんなシーンが定番で、それを夢見ていた。
なのに、誰も見ていないところで、空き巣が聖剣を勝手に抜いたうえに、その聖剣の刃を蛍光灯の光でピカピカ反射させて遊んでいる。これでいいのか?
本当にこれでいいのか?
健太郎はさくらの方を見た。
「ひどくない?」と思わず言葉が漏れた。さくらは「え?なに?」と顔をゆがめていた。が、説明する気力は残っていなかった。
我が家は文房具屋だが、約1000年前より課せられた使命があった。
我が一族、一ノ瀬家は伝説の勇者が引き抜く聖剣を守護する一族。我が家の土間の中央に、聖剣が突き刺されていた。いまだ、聖剣を引き抜く勇者が来ない。それどころか、魔王も出現していない。
だが、空き巣のトオルが聖剣を引き抜いた。空き巣が伝説の勇者ってことでいいのか?もしかして、伝説の魔王が抜いたりしているんじゃあないよね?
だが、オヤジは満足そうな顔をしていた。視線が健太郎の方に向いた。
「な?」
「な、じゃあねーよ」と健太郎は返した。
「トオルは、そうじゃあないかと思ってたわけだよ。だから、通路を使おうとしたんだ」
「嘘つけ」
「まあ、何とでも言え。だけど、これで通路を使うという大義名分ができたわけだ」
健太郎はトオルの方を見た。握る聖剣をいろんな角度に向けて眺めていた。ご満悦といった感じだ。トオルが誰もいない家の奥の方に向って、何気なく軽く水平に聖剣を薙いだ。聖剣の切っ先が壁に届いてもいないはずなのに、壁に切れ目が入り、柱も簡単に切れた。
健太郎の全身に鳥肌の波が走った。
「オオ、すばらしいソードですね」とトオルが言った。
「いい剣だろう」とオヤジは土間の奥に設置している箪笥を開ける。そこから長い棒状のものを取り出し、トオルに近づいた。
「これは、剣を片付ける鞘というものだ。この聖剣、いや、ソードはとても恐ろしい。だから、普段はこれに片付けておきなさい」
オヤジは鞘をトオルに渡した。ジェスチャーでその剣の納め方を説明した。トオルも理解したようで、剣を鞘に納めた。
オヤジが健太郎の方に向いた。
「健太郎、トオルを案内してあげて」
その顔は、先ほどまでの酔ったものとは違っていた。だが、健太郎は、まだどこか夢の中のような感覚であった。
「あ、それとさくらちゃんも逃がしてあげて。学校の先生が、警察にお世話になるわけにはいかないからね」
オヤジは残るつもりだと察していた。
「オヤジが連れて行ってやれよ。俺が引き受けるよ」
「いやいや。これは当主の役割だ」と言って、オヤジは店の入り口の方へ歩いて行った。
「あ、そうそう」と言い、オヤジは店舗入り口のカーテンの方を向いたまま携帯電話を取り出し、電話をし始めた。
「あ、おじさん?地下通路使わせてもらうよ。え、また酔っているのかって?違う違う。今回はマジな話だから。今から、出発させるから……気を付けてね」
オヤジは軽い口調で言い、自分勝手に電話を切った。
さくらが近づいてきて「気を付けてって……なに?」と聞いてきた。
「まあ、すぐにわかるよ。俺も話に聞いているだけだから、実際のところは……」と言葉を濁した。
健太郎はオヤジに向かって「じゃあ、行ってくる」と言った。
「ああ、宜しく頼む。あ、それと……」と言いながら、オヤジがトオルの方へ体を向けた。
「トオル。宜しくお願いします。どうぞ、我々をお救い下さい」と深々と頭を下げた。
トオルはオヤジの言葉が理解できたのだろうか?
頭を下げたオヤジを見て、トオルも慌てて頭を下げた。
土間を通り抜けると物置部屋がある。古い家の物置なので気恥ずかしいくらい荷物を詰め込んでいる。なにが置いているかも把握できていないくらい詰め込んでいる。健太郎は荷物を雑に移動させ、その足元にある点検口を開けた。そこに置いてある梅干を漬けている大きな瓶を動かし、その瓶の下に敷いてあるベニア板を外すと、さらに鍵のかかった扉が現れた。
この扉の鍵は、常に店にいる健太郎が肌身離さず持っているもので、それを鍵穴にさし、回した。開錠とともに、その鍵は根元で折れた。
古いからだよね……オレのせいじゃないよね?
健太郎は折れた鍵の柄の部分をポケットにねじ込み、その扉を開いた。
そこから降りられるように梯子がかかっていた。先は深く暗い。
健太郎はスマホの明かりをつけ、それを頼りに降りていった。
健太郎の後についてくる気配。どちらが先かわからないが、さくらとトオルが降りてきているのはわかる。
健太郎の足が地に着いた。スマホの明かりを梯子に向けて、2人が降りてくるの待ってから、周囲を探る。オヤジの話だと、懐中電灯が保管されている箱があるはず。
俺は、ここに入るのは初めてだったが、当主であるオヤジは、何度か入ったことがあるらしい。いざという時、使えないというのも問題だから。
すぐにその箱は見つかった。水やカップラーメン、カッパなど、避難グッズが整理されて入っており、その中からオヤジの言った通り懐中電灯を見つけた。電気がつくことを確認し、その通路の奥へと進んでいった。
会話はなかった。突然のことが多すぎて何をしゃべっていいのかわからなかった。
後ろに続く2人もそうかも……いや、トオルはキョロキョロと周囲を見渡し、楽しそうだった。
30分くらい歩いたところで、行き止まりになった。
一ノ瀬家に伝わっている伝承通りだった。
「え?なにもないじゃない」とさくらが言っていた。この地下道に入ってきたときのように梯子があるわけでも、扉があるわけでもない。でも、伝承通りだった。
「偶然でも見つかってはいけない通路だから、外から見ても気づかれないようにしているらしい。だから、出口側には扉があるわけではないんだ」
健太郎は、壁を懐中電灯で照らす。伝承で聞いていた目的のものを探す。難なく見つかった。それは目の前の壁面のちょうど目線の高さ。四角い石が埋まっている。
伝承によると、この石は箱のようになっており、中が空洞になっている。一ノ瀬家が聖剣を守り始め、一族イチの心配症であった3代目。そのご先祖様がこの地下道を考案、埋めたものらしい。鍛冶の一族である火神家がもつ秘伝の火薬と技法がその石の箱の中に詰め込まれている。その火薬を斬ることで、壁を壊す程度の爆発が起きる。
この壁を斬れるのは聖剣のみ。とはなっているが……壁面足元に設置されている小箱の中にドリルが保管されていた。これもオヤジから聞いており、何かあった時には、聖剣が無くてもドリルで爆破すればいいと聞かされていた。
ドリルで爆破させるなんて怖すぎる。
健太郎は「トオルさん、その剣でこれ斬って」と指さした。
トオルは首を縦に振って、剣を抜き、躊躇なく剣を薙いだ。
壁が斬れ、石の箱に刃が到達する。それは豆腐を斬る。いや、壁や石の箱がその刃を避けているかのように見えた。
切れた石の箱の隙間から、数度光が点滅した。その後、意識が飛んだ。
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