第5話_聖剣と蛍光灯
文房具屋店舗の入り口の引き戸の向こうで、規則正しいリズムで赤い光が点滅していた。
「一ノ瀬さん大丈夫ですか?」「空き巣犯だな。出てこい」と警察官が強めにノックする。強めだとはいえ、店舗の古い引き戸だ。派手な音が耳に響く。
「オレはな。ダチを売るような男じゃねぇんだよ」
真っ赤な顔のできあがっているオヤジが、任侠映画の主人公みたいな顔で言っている。オヤジはどこか満足そうだった。
ダメだ。このオヤジ青春、謳歌しているって顔をしている。
健太郎はため息をついた。
我が家は文房具屋だが、約1000年前より課せられた使命があった。
我が一族、一ノ瀬家は伝説の勇者が引き抜く聖剣を守護する一族。我が家の土間の中央に、聖剣が突き刺されている。いまだ、聖剣を引き抜く勇者が来ない。それどころか、魔王も出現していない。
魔王は出現していないが、我が家に空き巣が出現した。
空き巣では、勇者が助けにくることはないだろうなぁ。
警察が引き戸を叩く。
「一ノ瀬さん。危険ですからその男を引き渡して下さい」
オヤジは「ココロの友のトオルを簡単に引き渡せるか」と店舗入り口の方に向って怒鳴って応戦していた。
オヤジの言うトオルはどこかの国の民族衣装みたいな服装を着ており、金髪で顔はヨーロッパ系の掘りの深い顔をしている。
健太郎は真剣な顔で、この状況に巻き込まれている幼馴染の伊藤さくらの方を見た。
「なあ、さくら。あの大男、絶対『トオル』じゃないよな。トオル面してねぇよな」
さくらが「いや、問題はそこじゃないでしょ」とあきれたといった顔をした。
警察が出てくるようにと声を上げているが、オヤジは聞き入れようとしなかった。
オヤジは、店舗入り口の所のカーテンを勢いよく閉め、こちらに大股で戻ってくる。
「おう、トオルはどうした?」
「どうした?」と健太郎はトオルの方を見た。が、トオルの姿はなかった。奥の方でごそごそと音がしていた。音をたどると、健太郎は冷蔵庫の前で、大きな体を丸くして座り込み、冷蔵庫の中のもの口に運んでいた。
……空き巣確定じゃん
さくらの生徒が言っていたという様子と似ている。賢い熊だ。健太郎はさくらの方を見た。目が遭ったさくらは、何度も首を縦に振っていた。
「トオルはわんぱくだなぁ」とオヤジは高笑いをする。
これを「わんぱく」とは言わない。言い返そうとしたが、オヤジの顔がこちらに向いた。
「健太郎、らちがあかねぇからアレを使うぞ」
赤い顔をしたオヤジの言葉。無駄に真剣な表情。バキバキな目元。だが、使うぞという言葉で、健太郎はピンとくるものがあった。
「オヤジ。使うって今じゃあねぇだろ」
「馬鹿野郎。使えるものを使わなくていつ使うんだ」
隣にいるさくらは、オヤジの様子に委縮しているようだが、健太郎から見ると、映画に影響を受けたとしか思えない振る舞いを見て、逆に冷静になる。
オヤジが言っているアレとは、一ノ瀬家の隠し通路のことである。
家から1キロメートル離れた場所に古いお寺があり、一ノ瀬家の分家がそこで住職をしていた。この隠し通路を作られた数百年前に通路を守護する一族となるため、一ノ瀬家の分家として別れ、寺を建てた。そのため、じいちゃんにその土地を売られるはなかった。
家からその寺までの隠し地下通路が存在している。これは聖剣を守る一ノ瀬家とその分家しか知らない秘事であった。この隠し通路は伝説の勇者を逃がすために作られた通路。ここに勇者が訪れるということは世界の危機が訪れた証し。そして、魔王を倒す資質のある勇者は狙われる立場にあるため、もしもの時のために、一ノ瀬家は聖剣を守るだけではなく、命を賭して勇者を逃がすことまで使命としていた。
「飲み過ぎだ、オヤジ。いくらなんでも、空き巣を逃がすために使うのは反対だ。使えば通路が警察に見つかるぞ」
だが、オヤジは酔っていた。いろんな意味で。
「いいじゃん……バレたって。もういいじゃん、聖剣のことなんて」
オヤジの目が座っていた。中年オヤジの反抗期。青春をじいちゃんに奪われたから取り戻したいって言っていたけど、このタイミングで反抗期まで取り戻すなんて。
健太郎は、オヤジの手首をつかんだ。
「オヤジ、さすがにマズいだろ。使うと存在が知られる。あの地下通路は、今のご時世だと間違いなく違法だぜ。トオルだっけ?トオルどころか、俺たちまで捕ってしまうかもしれないんだぜ。それに、この家だって、あの聖剣だって」
「いいじゃん、家も聖剣も。警察に……国に没収されようよ。自分の身の心配より、親友であり、ココロの友であるトオルの方が大切だ」
「スナックで知り合って、意気投合しただけだろ?」
「いや、どこか過去の……ご先祖様とか前世当たりのつながりを感じちゃったんだよねぇ」
へんな酔い方をしている。深酒をして意味不明なことを言い出すことがあるオヤジを健太郎は時々見ていた。その後、決まって母親と口論になった。5回目の口論の後、母親は家を出ていった。
当事者になってわかるオヤジのめんどくささ。
だけど、こんな酔っ払いの勢いで、地下通路を暴けない。じいちゃんに顔向けできない。
「だから、ダメだって」
「何が、ダメだんだ?」とオヤジが手を振りほどこうとした。が、何とか掴んだままをキープし、その動きを制止しようとした。
「健太郎。現当主の言うことが聞けねぇのか?」
「現当主だから、もっと冷静になれよ。地下通路なんて、今はダメだ」
真っ赤な顔をしたオヤジの視線が鋭く刺さる。だけど、ダメなものはダメだ。
「まあまあ、イチノセさん。親子でしょ?なかよく、なかよく」
健太郎の後方から気の抜けたカタコトの日本語が聞こえてきた。
トオルの声だった。
それに続くように、「健太郎」とさくらが声を上げた。
「今度はなに?」と強い口調で健太郎はさくらの方を見た。自分でもわかるくらい苛立っている。
が、健太郎の視線の先には動揺しているさくら。そのさくらはトオルの方を指さしていた。
今度はオヤジが「トオル……おまえ……」と声を震わせている。
健太郎はトオルの方を見た。いや、目の前の出来事は本当に現実か?
トオルは聖剣を掲げて「きれいなソードですね。とても美しい」とご機嫌に眺めていた。
蛍光灯の光が刃を反射し、その刃が輝いているように見えた。
まばゆい光と共に、その剣がゆっくり抜ける。
伝説の勇者は、その剣を天に掲げた。その剣は光を反射させ、周囲を明るく照らした。
静寂が破れ、歓喜の声が上がる。
本来は、こんなじゃあなかったのか?
どのゲームも、漫画もそんな感じだったぞ。
剣が抜ける瞬間を誰も見ていない。
伝説……でもない、空き巣のトオルが剣を掲げた。トオルが掲げるその剣は蛍光灯の光を何度も反射させて、そのたびに健太郎の目に入ってきた。
歓声の声もない。そこにあるのは警察官のかけ声だけだ。
パトカーのランプの点滅は続いている。
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