第4話_空き巣の容疑者じゃねぇ?

 「健太郎……おまえの代で……終わらせろ」


 健太郎は飛び起きた。

 健太郎の目の前はいつもの閑古鳥が鳴いている文房具屋が広がっていた。

 店舗のレジの近くに置いている椅子でいつの間に眠っていたようだった。首を垂れ下げて寝ていたのか、首が痛い。首を軽く回して、首筋を整えようとしたが、しばらくはこの違和感が戻りそうになかった。

 時々見る夢。

 じいちゃんが亡くなる少し前、病室でじいちゃんに言われた最期の言葉。遺言。

 「ひさびさに見たなぁ」と、健太郎は腕を伸ばし、背筋を伸ばし、身体をほぐした。


我が家は文房具屋だが、約1000年前より課せられた使命があった。

 我が一族、一ノ瀬家は伝説の勇者が引き抜く聖剣を守護する一族。我が家の土間の中央に、聖剣が突き刺されている。いまだ、聖剣を引き抜く勇者が来ない。それどころか、魔王も出現していない。

 今日も敷地面積70坪。戸建て2階建て、店舗兼住居にて、伝説の勇者を待っている。


 「じいちゃん。いい思い出もあるんだから、他の夢も見せてくれよ」

 健太郎は椅子から立ち上がった。

 お客さんがいるわけではないので、特にすることはない。

 差し込む夕日が、閉店時間が近づいていることを知らしていた。少し早いが、健太郎は閉店準備をすることにした。

 レジを開け、お金の集計をする。まあ、今日も記憶に残る程度のお金の動きしかしていないが……まあ、それはそれだ。

 レジの中のお金を数えていると、店の引き戸がガラガラという音をたてて開く音がした。

 健太郎は反射的に「いらっしゃい」と声をかけてから、入り口の方に目をやった。

 大きいシルエットが2つ。大きい男が2人たっていた。うちのオヤジよりは若いか。50歳くらいの男と、その息子と思われる若い男。2人とも身長が180cmは超えているんじゃないか?

 身長の高さは惨敗。そんな大男2人がこんな文房具屋に来るなんて異様だ。だが、そんな2人の威圧感よりも、健太郎の胸の内なる期待が膨らんでいた。


 空き巣じゃねえか?と。


 ここ数日、この周辺に空き巣被害が何件も出ていた。今日の朝方、酔っぱらっていたオヤジと一緒に見たニュースでも、まだ捕まっていないと報道されていた。

 幼馴染で小学校の先生をしている伊藤さくらや、ニュースでの情報だと、大男は冷蔵庫の中の食べ物を狙う。金品がとられたという話は聞いていない。


 大男2人とは聞いてはいないが、数なんてどうでもいい。

 食料はないことはないが、オヤジと2人暮らしなので、大したものは冷蔵庫に入っていない。いるなら、好きなだけ持っていってもいい。仮に、今回は食料のついでに金品狙いだったとしても、大したお金を置いているわけではないので、最悪、お金も盗まれてもいい。その代わり、聖剣は、必ず、絶対、意地でも持っていって欲しい。


 ただし、暴力は反対だ。

 脅されたり、殴られたりする前に渡そう。

 いきなり聖剣を案内するのは不自然だ。それくらい、わかっているさ。

 そういえば、漫画とかで見たことある。動物を捕まえるための罠まで誘導するために、食べ物を罠まで並べている光景。大男の2人の足元から聖剣まで、お菓子、パン、肉、小銭、お札の順番で並べれば、バカでもこの聖剣にたどり着くだろう。


 健太郎の中で、聖剣が盗まれるまでのフローを瞬時に頭の中で描いた。


 実行に移す時なのだ。

 男児たる者。恐怖に打ち勝ち、立ち上がらないといけない決戦の時は誰しもある。俺にとって、その決戦の時は今なのだ。


 まるで、勝ち筋が見えている将棋の如く、一手を打つ。

 「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」

 左手には、いつもポケットに入れている飴を握りしめていた。まずは、これで牽制だ。

 さあ、こい。俺は待っている。「食べ物を出せ」、「金を出せ」っていう言葉を待っている。

 健太郎は、口元が緩むのを押さえながら、大男2人の言葉を待った。


 大男のお父さんの方が口を開く。

 「当主はおられるか?」

 その言葉を聞いて、健太郎は目の前が、一瞬、真っ白になった。それくらい、がっかりした。

 当主という言い方を久々に聞いた。どれくらいぶりだろう。多分、まだじいちゃんが生きていた頃だったと思う。当主という言い方をするのは、この聖剣に何らかの縁があるものが使う言葉。当主は聖剣を守る一族の長を指す言葉であった。


 「たしか、健志さんだったか?」

 健太郎は急に興ざめをした。目の前の2人は聖剣を敬う人間なのだから。

 「父は、出かけていますが」

 オヤジは早朝帰ってきて、寝て、夕方に出ていった。

 さすがに飲みに出かけているとは言いづらかった。俺は、なんと、親孝行の息子なんだろうか。

 「そうか、キミは健太郎君なんだね。大きくなったな……」

 たった二言の会話で、健太郎の中で遠い昔の人を思い出した。幼い頃、この町を出ていった一族だ。

 火神のおじさんだ。下の名前は知らない。でも、あの頃からだいぶ老けたが、確かにおじさんだ。

 「お久しぶりです。火神さん」

 「ああ、覚えてくれていたんだね。本当に久しぶりだな」といって、火神は笑った。隣の息子は興味なさそうな顔をしている。

 「あ、オヤジ出かけているんで……ちょっと、呼んできましょうか?」

 火神のおじさんは首を横に振った。

 「いや、今日は近所の旅館で泊まるつもりだから、明日、もう一度顔を出すよ。それと、これは息子の拓人。健太郎君と一緒で後継ぎだ。鍛冶屋のな」

 隣の大男が、身体に似合わず小さい声で「ども」と頭を下げた。

火神拓人。顔は高校卒業したてといった感じだが、高身長と盛り上がるほどの筋肉がついた体つきから、なんともアンバランスな雰囲気を出していた。見た目では年齢不詳だが、自分よりは年下なのはわかる。

 健太郎も拓人につられるように頭を下げた。


 火神のおじさんが「健太郎君、突然押し掛けたうえに申し訳ないんだが、久々に聖剣を見せてもらえないか。拓人に聖剣を見せてやりたくて」

 「ああ、もちろん。どうぞ」と健太郎は奥の土間に案内した。

 土間に降りた火神親子は、聖剣の前に座り込み、眺めながら何かを話していた。


 火神一族。一ノ瀬一族と同様、古い昔より聖剣に関わる一族のひとつだ。

 一ノ瀬一族は聖剣を守護し、聖剣を抜く伝説の勇者を導くための一族。その役割より、聖剣に関わる一族の中でも、長にあたる立場にあった。そのため、一ノ瀬一族の長を『当主』と呼ぶのが習わしであった。

一ノ瀬を当主と呼ぶ火神一族は鍛冶職人の一族であった。聖剣を打ったとされている一族である。材料や製法は、一子相伝の秘術として伝えられているらしいのだが、現代では実現が不可能らしい。なんで、不可能なのかはわからないが。

 本来、一ノ瀬一族は聖剣自体を守護し、火神一族はその聖剣の質を守護する役割で、同じ場所、同じ地域で住んでいた。だが、観光地開発された場所では、鍛冶仕事が集中できないという理由でこの地を離れたとされている。


 でも、知っている。

 本当は火神一族に嫁いだ、火神のおじさんの奥さんが、こんな場所は嫌だ。都会がいいという理由で、強制的に引っ越しさせられたらしい。奥さんの一族は、都会で成功した富豪の一族らしくて、家計が火の車だった火神のおじさんは従うしかなかったとじいちゃんから聞いたことがある。


 結局、金だよ、金。


 そういう意味では、じいちゃんが財産を作ると奮闘した判断は正しかったのかもしれない。


 火神のおじさん自体、聖剣を見るのは約30年ぶりのはずだ。息子に見せたいと言いつつ、おじさんがかぶりつくように聖剣を眺めていた。

 親子で目を輝かせ、食い入るように見ている。

 健太郎には何が楽しいのかわからなかった。が、言うべきことは言おう。


「拓人君、聖剣が抜けないか試してみたら?」

 抜けたらラッキー。むしろ、引き抜いて欲しい。いや、折ってくれても構わない。

 「いや、恐れ多いよ」と火神のおじさんは言ったが、健太郎は「おじさんだって、挑戦したじゃん。覚えているよ」と言った。

 火神のおじさんは「そうだったな」と苦笑いをした。


 促されるまま、拓人はその場を立ち、聖剣を握る。引き抜こうとしたが、びくともしなかった。

 拓人が「すごいな……」と言葉を漏らしていた。

 拓人の目が輝いていた。年相応、いや、まるで子供のような眼だ。健太郎はうれしくなって「大根でも持ってきましょうか?」と言った。

 火神親子に「は?」と言われて、自分が墓穴を掘ったことに気付いた。これ以上は何も言うまい。いや、言ったら激怒されそうだ。


 健太郎はお店に戻り、仕事をしているふりをしていると火神親子が土間から戻ってきた。

 「健太郎君ありがとう。久々にいいものを見せてもらったよ」

 「いえ。それよりもせっかく来てくれたのに……」

 「いやいや。事前の連絡なしてきた我々の方が悪い。また、明日、当主にあいさつに寄らせてもらうよ」

 「そうですか」

 「ああ。それでは今日はこのあたりで……」

 そう言って、火神親子は店を出ていった。


 もう、外は暗くなっていた。

 火神親子に入れ替わるように、幼馴染で小学校の先生をしている伊藤さくらが顔を見せた。

 「よかった……まだ、店空いてて」

 「いや、閉店時間だけど」

 「いいじゃない。上得意様でしょ、私」と笑った。

 そう言われると追い出すわけにもいかない。学校の授業で使う教材をうちで仕入れてもらっている。確かに、うちにとってはありがたいお客様。上得意様には違いないから。

 「それにしても、大きい人が出てきたわね。知り合い?」

 健太郎は「噂の空き巣犯じゃねぇ?」と言葉を返す。が、さくらは首を傾げる。

 「大男には違いないけど、さすがにイメージ違い過ぎるわよ。どう見ても親子だし。あと、大声で夕食のお店の打ち合わせしてたわよ」

 そう言いながら、さくらは店の文房具を選び始めた。


 「空き巣犯はつかまったのか?」

 さくらの様子を見ながら、健太郎は声をかけた。別に空き巣犯が気になっているわけではないが、何もしゃべらないっていのも間が持たなかったから。

 「いや……特に聞いてないわ。学校側としても、生徒や保護者へ、気を付けてって声をかけるしかないって感じかな。でもね、連日報道されている空き巣の話題。生徒の中でも結構注目されてるって感じなんだよね。前に話したでしょ?空き巣に入られたって子がいるって話」

 健太郎は「ああ、聞いた聞いた」と相槌を打った。

 「もう、その子なんて、唯一犯人を見たからって、ヒーロー扱いよ。あ、女の子だからヒロインか。どんな奴だったとか、何を食べたとか」

 「ああ、昔からみんなと違う体験したヤツは、一時的に注目の的になるからな」

 「そうね、今も昔もそういうところは変わらないわよ」

 さくらが、両手いっぱいの文房具をレジカウンターのところに置いた。

 「感謝しなさいよ」

 「ありがとうございまーす」

 「心がこもってないよね。あんた、接客業向いてないんじゃない」

 健太郎はさくらの嫌みを聞き流した。

 レジを打ち始めた時に、勢いよくガラッと引き戸が開く。

 健太郎が店の入り口の方に視線を向けると、真っ赤な顔をしたオヤジと、大男がひとり入ってきた。

 オヤジが店に入るなり、引き戸の鍵を閉めた。

 「イチノセさん、大丈夫?」

 大男の言葉を遮るように、オヤジが「警察が怖くて、聖剣なんて守れねぇよ」と大声でいた。


 かなりできあがっているオヤジ。ふらふらだ。

 オヤジと一緒に入ってきた大男。一瞬、火神のおじさんかと思ったが服装が違っていた。どこかの国の民族衣装みたいな服装。もともとは赤色や青色の鮮やかな生地をあしらったものだったと思われるが、その生地は長年着ているのか、色あせて全体的に落ち着いた生成り色へと変色していた。金髪で顔はヨーロッパ系の掘りの深い顔をしている。外国人だ。


 っていうか、ちょっと待て……「警察が怖くて」ってどういうことだ?


 さくらが上ずった声で「健太郎……外」と店舗入り口の引き戸の方を指さした。

 引き戸の向こうで、規則正しいリズムで赤い光が点滅していた。


 パトカーじゃねぇ?

 オヤジが連れてきた大男の方を見た。

 大男は、酔ったオヤジを座らせようと椅子を運んでいた。


 空き巣の容疑者じゃねぇ?

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