第3話_オヤジのボヤキ
真夜中。日付もとっくに変わっていた。一ノ瀬健太郎はパソコンに売上金額を入力していた。
ショボい売上だが、売上は売上だ。帳簿に入力しておかないと税理士に脅される。「あとで、大変なことになるよぉ」って税理士が、にやりとしたのを覚えている。
健太郎は五流大学卒だが、商業科を卒業しているわけではなかった。経理の経験があるわけでもなく、簿記の勉強なんてする機会もなかったので、この帳簿に入力するという作業が苦手である。っていうか、入力しているが、果たして入力している内容があっているかどうかも自信がない。
毎月月初に税理士に帳簿をチェックしてもらっているが、税理士のため息と指摘が入り混じる嫌な1時間を耐えるという定期イベントが待っている。それでも、入力していないよりはましだと言われるので、健太郎は今夜も入力作業をしていた。
我が家は文房具屋だが、約1000年前より課せられた使命があった。
我が一族、一ノ瀬家は伝説の勇者が引き抜く聖剣を守護する一族。我が家の土間の中央に、聖剣が突き刺されている。いまだ、聖剣を引き抜く勇者が来ない。それどころか、魔王も出現していない。
今日も敷地面積70坪。戸建て2階建て、店舗兼住居にて、伝説の勇者を待っている。
一ノ瀬家の長男、健太郎。今夜は帳簿と悪銭苦闘をしていた。
気が付けば、早朝と呼べる時間帯が近づいていた。明日は定休日なので、俺としては起きていても問題ないのだが……そんな時間帯に玄関が開く音が聞こえた。続いて、電気をつける音が聞こえた。
オヤジの朝帰りだ。
今では慣れてるし、俺も大人になった。気持ちはわかる。だけど、母親がオヤジに愛想をつかして出て行ってからは、飲みに行く頻度が増えたのは間違いない。
「また、朝帰りかよ」
健太郎の言葉に、オヤジは赤い顔を向けた。
「ああ。まあ、そう言うなよ。オレは若い頃、全く遊べなかったんだよ。だから、今、青春を取り戻そうと必死なんだよぉ」
どこまで本気かわからない。青春の割には、加齢臭感が漂っている。
オヤジがその場に座り込んで言葉を続ける。
「親父にさ。ああ……健太郎から言ったらじいちゃんだな。じいちゃんにさ。オレの青春の時間を全て使われたんだよ」
始まった。オヤジの昔話。こうなると話が長くなる。
真偽はわからない。
じいちゃんは、5年前に亡くなった。じいちゃんが元気な時に、何度も当時の話を聞いた。それは、じいちゃんが活躍する話で、悪と戦うわけじゃあないが、実際にじいちゃんが経験したもの。ピンチに直面した時、じいちゃんのアイデア1つで問題を解決するという要素をちりばめられた活劇。昭和の時代劇のようなストーリー仕立て。健太郎が幼いとき、じいちゃんの話は、心躍るハッピーエンドな話だった。
だが、そんな美談もオヤジから聞く話は違っていた。酔った時には、いつも口にする昔話。オヤジが若い頃の話。オヤジにとっては、青春を奪った悪魔のように見えていたのだろう。オヤジの目線では、じいちゃんは悪の秘密結社のリーダー。オヤジはザコ目線。全身タイツで出てくるアイツ等目線だ。
じいちゃんとオヤジの話をミックスすると、じいちゃんは、一ノ瀬家の行く末を案じ、財産を作った。その過程は、身内の都合などお構いなしだったようだ。
じいちゃんよりも前の世代は、過去からの習いを守り、その土地に根を張るように住み、細々と言い伝えと剣を守り続けた。
世界を救う聖剣を守るこの一族とこの土地。ゲームの世界によく見るように、この土地も昔は、森の奥にある湿地帯だったらしい。隠れ住むような土地も長い年月を重ね、目と鼻の先まで土地開発の波が進んできた。
時代は進んだのだ。日本の経済成長、現代化が進む。米だけでは生きていけない時代となったと、じいちゃんは考えたらしい。
とうとう一ノ瀬家の広大な土地に目をつけてきた企業が現れた。それが約50年前の話だ。じいちゃんはその機会を見逃さなかった。
その企業は、この田舎の広大な土地を観光地として開発したいと提案してきた。中心都市から離れた山のふもとだ。温泉掘り放題。地域住民もいないので、騒音なんてお構いなし状態。田舎の森の中なので、非日常感を売りにできる。「秘境っていう見出しもいいですよね」と企業の担当者が騒いでいたらしい。
じいちゃんは快諾した。
許可を出した途端、調査、掘削作業が始まった。その企業の読み通り、温泉を掘り当てた。観光地が誕生した。
毎日休みなく、菓子折りを持ったスーツ姿の男がじいちゃんを訪ねてきたそうだ。ホテルを建てたい、露店を建てたい、飲食店を始めたい……じいちゃんは、一ノ瀬家所有の土地を売りさばいていったそうだ。
健太郎はオヤジのすわった目を見た。完全に酔っている。愚痴が始まる前兆である。その前兆にカウントダウンはなかった。
「健太郎、聞け。オレはな、じいちゃんに言ったんだよ。なんで、土地を全部売っちゃったんだぁ~ってな」
「家賃収入があれば、よかったのにって話だよな」
「そうそう。オレに相談なく、パァ~っと売っちゃったんだよ。全部だぜ。参っちゃうよな」
「そうだな」
「そりゃあさ。土地を持ってりゃあ、固定資産税とかさ、いろんな理由でお金がかかるさ。でもさ。売らなくてもいいじゃん。だから、じいちゃんに聞いたんだよ」
健太郎は、オヤジがじいちゃんと土地の話をしたということは知らなかった。珍しくオヤジの話に興味がわいた。
「じいちゃん、なんて言ったんだ?」
空をさまよっていたオヤジの目がこちらに向いた。目があった。オヤジが噴き出しながら言った。
「なんだっけ?」
ああ、ダメだ。完全に酔っ払いだ。健太郎は立ち上がろうとしたが、オヤジに服を掴まれる。
「まあ、聞けって。たまにはオレの話に付き合え」
健太郎は、オヤジの目を見た。まだまだ話が続きそうだ。
「温泉が出たあとさ。そりゃあ、このあたりはあっという間に観光地さ。健太郎が生まれる前なんて、観光客でごった返していたんだぜ。想像できねぇだろ。観光客が多いもんだから、じいちゃんはここを博物館にしたんだ。ここが博物館だったって……知ってるか?」
知っているよと言い返したいところだが、この目の前の酔っぱらいは、そんな風に口を利くと機嫌が悪くなる。時々暴れる時もある。早く寝て欲しい。
健太郎は穏便にこの状況を切り抜ける最善の一手を打つ。
「いや、初めて聞いた」
これが最善の一手だ。棒読みだ。
「そうか、そうだろ?じゃあ、話してやるかぁ」
いや、いらない……
健太郎はうんざりした。聞かなくても知っているし。
オヤジが子供のころ、立ち並ぶ露天商の並びに、じいちゃんはここで博物館というか、見世物小屋のような商売を始めた。
「1回2000円。キミこそ未来の勇者だ」
店先が大声を張り上げていた。店の入り口の上部に大きな看板に、のぼりまで勇者、勇者、勇者と書きまくっていた。
当時、中学生だったオヤジはとにかく恥ずかしかったらしい。そりゃあ、そうだろうな。当時は、今みたいに中二病という言葉もなかっただろうし、こんなことを公言する中学生は少数派だっただろう。
看板が上がった瞬間、オヤジのあだ名は「勇者」となったらしい。名前……健志なのに。
今でも、当時の同級生でオヤジのことを勇者と呼ぶ人がいる。いい歳したオッサンが勇者だってさ。なので、オヤジは同窓会に行ったことがない。
ただ、この呪いはここで終わらない。オヤジの同級生の息子が、健太郎の幼馴染にいた。その幼馴染のお父さんからは、「勇者の息子」と言われるようになった。伝説感がハンパない。そして、伝説へ……ってやつだな。
とにかく、新しく生まれた観光スポットに商魂たくましい商売人の店が乱立するなか、博物館がオープンした。当時、じいちゃんも若かったこともあり、そんな商売人と観光客の取り合いしていた。
お金儲けをしつつ、我が家の伝説の勇者問題を解決したかったのだろう。聖剣を売りにする、一般的に見れば変なこの見世物小屋を開いたことにより、少し有名になる。時代が時代ならば、バズっていたのかもしれない。
1回2000円で、聖剣を引き抜くことに挑戦できるという前代未聞のアトラクション。強気の価格設定。これが注目された。
地元の人も知ってはいたけど触ったことがない。県外から来た人は思い出に。当時の観光地紹介雑誌にも掲載された。
行列ができた。
中学生から高校生となったオヤジは、じいちゃんにお店の手伝いを休みなく手伝わされたらしい。部活も行けず、友達と遊ぶ時間ももらえず、進学のための受験勉強の機会ももらえず、とにかく、店先に立って、観光客の相手をしていた。
オヤジが「青春の時間を全て使われた」と愚痴るゆえんである。
毎日観光客が押し寄せた。来た観光客はお金を払って聖剣を抜こうとした。何百人、何千人、何万人と。
だが、誰も抜けなかった。
聖剣を囲んで記念撮影をしている観光客、体を鍛えた男たち、お告げがあったと訪れた人。いろんな人が来店した。どんな人が来ても、複数人で挑戦してもその聖剣は抜けなかった。
だが、流行ったものは廃れていくもので、観光地も10年、20年と経ち、ホテルなどの経年劣化や観光地街道の老朽化。ほかのエリアでも観光地が生まれ、少しずつ少しずつ観光客は減っていった。
それを食い止めるべく、この地の観光協会がテレビ局と有名芸能人を招致してアピールしようとした。だが、我が家にとってはそれが悪手だった。
当時誰もが知っている人気も高い芸能人が挑戦して、剣を引き抜くことができなかった。芸能人は怒って「どうせ、コンクリートか何かで固めているんでしょ。詐欺じゃん」と笑った。周囲のスタッフも笑った。それをそのままテレビでそのまま放映された。
芸能人のコメントの影響は絶大で、この地に観光客は来ても、この博物館には客が寄り付かなくなった。
詐欺扱いされるようにもなった。
料金も1回1000円、500円、300円、200円と値下げの一途をたどるが、全く客が来なくなり閉店をすることとなった。
閉店をする頃、掘った温泉も枯渇し始めた。天然温泉とうたっていたにもかかわらず、ただのお湯を大量に混ぜていたことが発覚し、その観光地は観光地として機能しなくなった。
詐欺扱いされていた一ノ瀬家。温泉が枯渇したことも、観光客の足が離れたのも、一ノ瀬家に伝わる『聖剣』のせいらしい。
じいちゃんは、そんな悪口をものともせず、儲けるだけ儲けて撤退したという事実に満足し、この家と多額の現金を残しこの世を去っていった。
健太郎は、オヤジの愚痴がひと段落をした隙を見て、テレビのスイッチを押した。早朝のニュースが始まっていた。この地域のニュースが流れていた。
最近話題の空き巣被害の話題。今日もまだ犯人は捕まっていないらしい。
「まだ、捕まってねぇんだな」と隣から声が聞こえてきた。
健太郎がオヤジの方を見た。オヤジは座った目をしたまま、テレビを眺めていた。
「この空き巣、うちに来て、剣持っていってくんねぇかな」
数年ぶりに、健太郎はオヤジに強く同意した。
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