第2話_閑古鳥状態だけど、お金はそこそこあります

 今日も空は明るく良い天気だ。

 一ノ瀬健太郎は、オヤジから継いだ文房具屋の商品を動かしながらモップをかけていた。客は集まらないが、ほこりは山ほど集まる。このモップというもの開発した人は天才か?

 ただ、唯一の救いは文房具には腐らない。流行り廃りはあけれども、時間が経過して廃棄しないといけないというものはない。

 いや、正直に言おう。ボールペンで、時間の経過が原因なのかどうかはわからないが書けなくなったものがあった。それはさすがに廃棄する。

 あと駄菓子も並べているが、これは俺が仕事中食べるので、売れ行きが悪くても廃棄されることはない。我ながら、陳列する商品の選別は見事だと思っている。


 我が家は文房具屋だが、約1000年前より課せられた使命があった。

 我が一族、一ノ瀬家は伝説の勇者が引き抜く聖剣を守護する一族。我が家の土間の中央に、聖剣が突き刺されている。いまだ、聖剣を引き抜く勇者が来ない。それどころか、魔王も出現していない。

 今日も敷地面積70坪。戸建て2階建て、店舗兼住居にて、伝説の勇者を待っている。


 しかも、最近は勇者どころか客もこない。これほど閑古鳥という言葉がぴったり店もないんじゃないか?

 掃除を終え、カウンターの所に置いている椅子に腰をかけた。まだ、日は高いのに仕事が終わったような感覚だ。本当に、このまま本日の営業を終了することになるかもしれない。


 まあ、それはそれ。しかたがない……


 健太郎があくびをしているところに、店入り口の引き戸が開けられた。入口のチャイムが反応したおかげで、俺の至福の瞬間が強制的に終了させられた。なんか、中途半端で気持ち悪い。

 って言ってられないよな。貴重なお客様だ。

 「いらっしゃいませ」と立ち上がった。

 入口には、女性っぽいシルエット。時々来るおばちゃんのそれではない。

 だが、その期待も一瞬で壊れることになる。

 「相変わらず暇そうね。まじめに働きないよ」とパンツスーツ姿の伊藤さくらの冷たい目線がこちらに向けられていた。

 幼馴染だ。今、小学校の先生をしている。

 「なんだ」

 「なんだじゃないわよ。学校で使う教材を買ってあげているのに。私、上得意様でしょ。もっと、敬いなさい」

 「イツモ、アリガトウゴザイマス」

 「全然、感情がこもってないんですけど」

 そう言いながら、さくらはマジックや画用紙、折り紙などを手早くかき集めていった。さくら自身が子供の頃から来ている文房具屋なので配置は頭に入っているようだ。

 さくらはカウンターに商品を置いた。健太郎は代金の計算をする。

 「パーマなんかあてて……文房具屋のクセに、なに色付いてんのよ」

 「文房具やだって、パーマもあてるし、仕事もするんだよ」

 「え?どこ仕事してんのよ」

 「見てわからねぇの?はい10,560円です」

 「まあ、レジ打ちも仕事だよね」

 そう言いながら、さくらは支払いを済ませた。

「でも、最近物騒よね。空き巣被害」

そう言いながら、さくらは購入した教材用の文房具を確認しながら、持参していた紙袋に詰めていく。

「ああ、最近、市内で何件かあったみたいだな」

「うちのクラスの子の家にも入ったのよ」

「え?大丈夫なのか」

 さくらは購入した文房具の確認を終えたようだ。さくらは話を続ける。

「うん、大丈夫みたい。まあ、少しショックは受けているみたいだけど。それよりも、その空き巣が変なのよ」

 「何が?」

「空き巣のイメージって、家に入って、家の中をこれでもかってくらい荒らして、金品を盗むって感じだんだけど、食べ物しか手を付けてないのよ」

 「ああ。ニュースでやってたな。山から下りてきた熊か?」

「あながち間違ってないかも。その生徒が一瞬だけその後ろ姿を見たらしいのよ。とにかく体が大きかっただって」

「熊だな」

「壊れてはいるけど、わざわざ玄関の扉から侵入しているのよ」

「律儀な熊だな」

「冷蔵庫の中身は、ほぼ無くなっているのよ」

「大食いの熊だな」

 「でも、ゴミ箱どころか、ゴミは散らかしてないのよ」

「それは、熊じゃあない。熊はゴミ箱からいくもんだ。臭いするからな。うちだってそうだ。生ごみや食べ残しなんかもゴミ箱に入っている。臭いの強いゴミ箱をチェックしないなんて、熊の風上にも置けないよな」

 さくらがため息をついた。

「……あんたと、漫才しているほど、暇じゃあないのよ」

 さくらは、紙袋を手に持った。

 「まだ、伝説の剣、やってんの?」

 「聖剣な」

 「同じでしょ。まじめに働きなよ」

 「働いているよ」

 さくらと目があった。が、すぐに視線を外した。

 「……いいひと、いないの?こんな仕事していたら、ますます結婚できないよ?」

 「おまえだって、結婚してないじゃんか」

 「まあね。ま、私の場合、チビたちの先生で精一杯だからね」

 「そうか」

 「ええ。じゃあ、また来るわ。こんな閑古鳥の文房具屋じゃあ、おじいちゃんの財産、すぐなくなっちゃうわよ」

 「まあ、まだ、ちょっと残っているから大丈夫なんじゃない?」

 「あっそ。じゃあ、またね」

 さくらは、軽く手を振って店を出ていった。

 俺は、さくらが出ていったのを確認してから、カウンターの席に座った。

 

 こんな閑古鳥状態なのに、この文房具屋がなくならないのは、じいちゃんが生前、莫大な不動産の整理やいろんな商売をしたおかげだった。

 そのせいで、オヤジは飲んでばかりだが。

 本当はこの家を出ていきたい気持ちはある。だが、聖剣がある以上、ここを離れるわけにはいかない。なにがあっても、離れなくてもいいようじいちゃんが財産を作ったのだ。


 「空き巣の熊。聖剣持って行ってくれないかな」

 健太郎は、頬杖をついてカウンターから見える店先の様子をただ眺めていた。

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