龍の泉が輝く時

海空

転校生

 『龍の泉が輝く時、龍の魂を持つ赤子が生まれる』


 そんな伝説が色濃く残るあたしの村では、いつものごとく朝日が湖面を照らしていた。


「いってきまーす」


「お、たま、今日は遅刻しないな? 槍でも降ってくるのかー?」


「失礼だな、おやじ。あたしは遅刻なんてしたこと無いよ」


「! おま、まさか……」


「いってきますったら、いってきまーす」


 逃げるように家を飛び出すと、湖へ向かった。あたしの通う高校は湖の反対側だ。普通に歩いたら40分はかかる。だから湖を縦断じゅうだんした方が断然早い。途中、花屋のお菊さんと犬の散歩中だった三宝さんぽうさんに会った。軽く挨拶をしていざ湖畔へ。


 湖に着き、形だけの周辺確認。よし、誰もいないな。私は龍の姿になる。もちろん姿は消して。これで空を飛べば対岸の高校までは秒で到着。遅刻なんてするわけがない。


 あたしは『龍の泉が輝く時』に生まれた子供、つまり龍の生まれ変わり。でもね、ここは1年365日、毎朝太陽が湖面を照らすの。だから、ここで生まれた村人全員が龍の生まれ変わり。さっき会った花屋のお菊さんも、散歩中の三宝さんも、もちろんそう。それに犬のボンはタツノオトシゴの生まれ変わりだそうだ。だけど、海水がないと泳げないからほぼ意味がないんだけど。


 ま、そんなんだから本来隠すほどでも無いけれど、ごくたまーに物好きな観光客がいるから、人前で龍にはなるなと、それはそれはしつこく教えられてきたもんだ。でもさ、姿を消したら見られる心配なんてないんだよね~。あたしは『白龍』、龍の中で最上級の霊力を持っている。姿を消したあたしを見るなんて誰にも出来はしないから。





 ちょうどその頃車の窓から湖を眺めていた少年がいた。湖の上に舞散る金粉、そして見事な白龍が目の前を飛んでいくのが見えた。


「か、か、母ちゃん! 龍がいる、湖の上に龍が!」


「えー? 風船か何か? どこにも見えないけど。運転中だから小さかったら見えないよ」


 小さいどころじゃない。全長1㎞はあるんじゃないか⁉️





大内智也おおうちともやです。埼玉から来ました。よろしくお願いします」


 季節外れの転校生、長期休み明けならわかるけど、今は6月。何か訳ありか? 大内智也はあたしの後ろの席になるそうだ。窓際の1番後ろ、気に入っていたのに席が追加されてしまった。こやつがいたら朝のホームルーム中にさりげなく侵入することが出来ない。しかも普通の人間だ。姿を消して侵入し、突然目の前に現れたら驚かれる。そんなことをしたら秘密をバラしたと村中が大騒ぎするに決まってる。明日からは早起きしよう。村八分むらはちぶになるのは御免だ。そう思った。そう思ったのに……


「あ、さっきの白龍は君だったのか」


 あたしの席を通りすぎた瞬間、やつがこんなことを口にした。


 え、ええ、ええええぇぇぇぇぇーーーー⁉️


「……な、なんの、ことですか?」


「今朝、飛んでたでしょ? 湖の上。あ、そっかー、学校に向かって飛んでたんだ」


 『白龍だとバレている』

 『学校に向かって飛んでいた』

 先生を含めた教室内全ての目という目から冷ややかなものを感じる。誤解だぁぁ。


川代かわしろさん、どういうことか、職員室でお話しませんか?」


「先生、違っ、あたしはちゃんと姿を消して……あ!」


 皆が頭を抱えている。え、地雷……踏んだ?


「あれ、白龍さん、もしかして龍のこと内緒なの? ここにいる全員が龍だから隠していないのかと思った」


 !!


 転校生大内智也はサラリと言った。先祖代々何百年も隠し通してきた秘密を、正体を! 教室内が凍りついたことは言うまでもない。



 ホームルームが終わると、大内智也の周りには人だかりが出来た。もちろんその中に担任の高瀬ちゃんもいる。高瀬ちゃん、食いぎみに大内智也をせめる。


「大内くん、これは一体どういうこと? あなたは何者⁉️ 人間じゃないの?」


「いや、あの、いたって普通の人間です。聞きたいのは僕も一緒でして……白龍さん、助けてぇ」


「まず、私は白龍なんて名前じゃなくて川代珠かわしろたま。白龍は前世の姿で、力は前世のままだから白龍にもなれるけど、戸籍もあるし、日本国民で人間です。問題はあんただ、大内智也。いたって普通の人間があたしたちの正体に気付くわけがない。まして姿を消したあたしを見るなんて、この村の長老だって無理な話だ。見えたということは、あたし以上に力があるということ……なんだけど……う~ん、全然何にも感じないのよね。ホントに何者?」


「あの、……です」


「見えるだけ?」


 37人全員がハモった。



 大内智也は幼い頃に事故に遭い両目の視力を失った。角膜のドナーが見付かったのが今年の春。手術後の後遺症もなく、順調だったが、盲学校から高校への編入手続きが済むと異常が起きた。。そしてこの村の名前が頭に浮かんだそうだ。


 なぜ、うちの村の名前が? 見たくないものとは何だろう。気になることはいっぱいだけれど、とにかく大内智也は悪いやつではなさそうだ。


「大内智也、ここではことはないのか?」


「ない!」


 ハッキリと答えた。嘘はついていない。あたしに嘘は通じない。


「そっか、ならこの村は気に入ったか?」


「うん、だから色々知りたい。たくさん教えて欲しい!」


「そっか、じゃ、結婚しよ!」


「うん! って、え?」


「珠ーーーーー⁉️ あんた何言ってんの?」


 親友の千佳があたしを大内智也からひっぺがした。


「なんで話がそうなるのよ! 結婚は大事! 愛や恋はどうなるの!」


「だって、大内智也は消えたあたしが見えるだろ。理由はそれだけで十分だと思うけど。愛や恋なんてその後でもどうにかなるんじゃないか?」


「大内くんも、こんな馬鹿相手にしなくていいからね!」


「あ、え、ちょっと驚いたけど僕……珠さんと結婚もいいかな、なんて思っちゃった。ここ悪いもの見えないし、体が楽だから一生ここに住みたい。それに空飛ぶ珠さんキレイで、多分一目惚れだと思う」


「よし決まりだ、結婚しよう。大内智也」


「珠さん、僕のことは智也と呼んで欲しい」


 バシ! バシ! と

 音と衝撃が頭に響いた。

 高瀬ちゃんが出席簿であたしと智也を叩いていた。暴力教師だ。


「盛り上がってるとこ悪いけど、あんたらまだ15、16のハナタレでしょ。結婚は早くても18なの! まずは長老に話してからそっちの話は進めなさい。結婚どころかこのままだと『村八分』よ」


 高瀬ちゃん、自分にツガイがいないからひがんでやがる。でも確かに長老に話をしなくては。うちの村は外部からはフィルターがかかっている。外部接触はほぼない。駅もなければ地図にも。戸籍もあるが、そんな隠れ里。


 なぜうちの村の名前が浮かんだのか。

 まず、その謎を紐解いていかなければならない。結婚までの道のりは遠そうだな……。

 


 




 



 


 

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