第3話 『お兄ちゃん、森を抜ける』

第3話『お兄ちゃん、森を抜ける』




> あの激しい死闘から一夜明けて<


「…………んっ!」


全身の筋肉という筋肉が痛む。寝起きで頭がゆっくり動き出すはずなのに、全身の痛みで頭の回転が急加速する。

そして、昨日の出来事を思い出し、焦った僕は名前を呼ぶ。


「心!!!」


筋肉痛で痛む体を無理矢理動かして立ち上がり、辺りを必死で探し回る。


「心!何処だ!!」


辺りを見回すが何処にもいない。最悪の想像をする。


「頼む!返事をきてくれ……」


何処にも居ない心に絶望しかけている時。


「 ………………にぃにーー 」


何処からか、心の声が響いてきた。


「………にぃにーー」


声がどんどん大きくなってくる。声が近くなったお陰で、声の聞こえる方をわかったのでそちらを向く。

そうすると、洞窟の中からこちらに小さい手を大きく振って走って来る心の姿があった。

痛みも忘れて、心の元に駆け寄り抱きしめる。


「良かった!」


大切なものが自分の腕の中に居ることに安堵の息を漏らす。心を抱きしめる腕に力が入る。


「にぃに、くるしぃ」


腕の力を緩め、心を離す。


「ごめん、心」


心に謝り、少し冷静になる。

ふっと息を吐き。心に怪我のことや僕が寝ていた間のことを聞く事にする。


心の話によると、頭の傷は擦り傷程度で問題なく、気がついたら僕と化け物が倒れていて、様子を確認したら僕は寝ているだけだったので、僕の為に食べられるものを探していたらしい。


「心、気持ちは嬉しいけどあまり危険なことはしないでくれ」


心の優しさは嬉しいが、この森は危険だ。俺が倒れてる間に化け物に襲われたら、小さな心では一溜りも無い。


「ごめんなさい」


泣きそうになった心の頭を撫でて、優しく慰める。


「大丈夫だよ。次からはしないでくれれば」


「うん、わかった。次からはしない」


心は素直でいい子だ。撫でるのをやめて、立ち上がる。

僕達の近くには、夜に戦った化け物が死んでいた。昨日は暗くてよく見えなかった化け物の姿がよく見えた。大きな体に筋骨隆々で黒色の肌、頭からは大きな角が2本もあり、鬼のような姿をしている。そして、鬼の胸には”もう1人の僕”が開けた風穴がある。

そこでふっと疑問が浮かぶ。

鬼に最初に殴られた時、僕は左腕とあばら骨を砕けていたはずだ、吹き飛ばされた時には、全身に打撲が出来ているはずだ。だが、今の僕の体には乾いた血は付いていても、傷一つない。あるのは、全身が筋肉痛なだけ。

よくよく考えたら、俺はこの世界に来てほとんど疲れを感じていない。最初の緑の化け物と戦った時も、異常なほどの力があった。普通に考えて、あの筋骨隆々の鬼の体を素手で貫くことは出来ないし、頭を吹き飛ばすことも出来ないはずだ。

光に包まれたら場所が変わり、見たことの無い化け物がいる森、異常なほどの力、僕達に一体何が起こっている。


「にぃに、どうしたの?」


心が心配して尋ねてくる。


「ん………なんでもないよ」


心に優しく答える。

今はよく分からないことを考えている場合じゃない、とにかくこの森を抜けて心を安全な場所に連れて行かなければならない。

そう考えていると心のお腹が鳴く。


「とりあえず、ご飯にするか」


「あっ!そうだ。洞窟の中にいっぱい果物やメダルとか色々な物があったよ」


心は思い出したように言う。

とりあえず洞窟に入ってご飯にすることにした。


ご飯を食べ終え洞窟を調べた僕達は、洞窟を出て再び歩き続けていた。

そうしてしばらく歩いていると、緑の化け物がまた現れた。今度は3匹もいる。

逃げることも考えたが、心を連れたまま逃げ切れるか分からないし、逃げたとしても遠回りすることになるかもしれない。

心を少し遠くの木の影に移動させ、僕は緑の化け物を相手することにする。


◆◆◆


3匹も透に気が付き、透の正面、右側、左側に移動し、透の周りを囲む。

透は構えながら3匹にしっかりと気を配る。

右側にいた化け物が透へと襲いかかり、左側と正面にいた化け物も続いて襲いかかる。

右側にいた化け物は右手に持ったボロボロのナイフで突き刺そうとしてくるが、透は刺そうとする動きに合わせて、右足を軸に反時計回りに90°回る。

そして、空振って無防備になった化け物の右腕を掴み、今度は左足を軸に90°反時計回りに回って化け物の懐に入り、一本背負いのような形で左から来ていた化け物に投げつける。


「ギャッ」


「ギャ」


透が投げる隙をつき、正面から来ていた化け物が右手で持ったナイフを振り下ろす。透はそれを右足で地面を弾きバックステップをして躱す。

透は化け物のナイフを持った手首を左手で掴み、手前に引きながら化け物の顎に掌底をくらわす。


「ギャッンッ………」


顎に掌底をくらい化け物は脳が揺れふらつく。透はふらつく足にローキックをして化け物を倒す。倒すと同時に化け物の手からナイフを奪う。

正面の化け物の相手をしている間に、2匹は立ち上がりこちらえと襲いかかってくる。左側から来る化け物は左手に持った太い木の棒を右から左へと横薙ぎに振り。右から来るもう1匹はナイフを振り下ろす。

透は右側にサイドステップし躱す。躱すと同時に奪ったナイフを右手で逆手持ちし、化け物の首に斜めから突き刺す。化け物は血を流し動かなくなる。

木の棒を持った化け物が驚いているうちに透は一気に距離を詰める。

慌てた化け物が透に、木の棒を振り回す。

しかし、透は易々とそれを躱しナイフで喉を切り裂き化け物を絶命させる。

透が終わったと安心した時。


「キャー」


心の悲鳴が聞こえ、透は悲鳴の先を向く。

木の影に隠れていた心に化け物が今にも襲いかかろうとしていた。

次の瞬間、透は切り替わりもう1人の自分になる。

透は地面を全力で蹴り、10mは離れている化け物に一瞬で肉薄し、化け物の頭を掴み後ろに投げ飛ばす。

化け物は地面を転がる。

透は転がった化け物の腹に蹴りをぶち込み蹴り飛ばす。

腹を抑えて苦しむ化け物はこちらを憎らしげに睨み立ち上がる。化け物は少しずつ近ずいてくる透に飛びかかろうとする。

透は、化け物が飛び上がる前に残りの距離を一瞬で近づき化け物の首を切り落とす。


◆◆◆


化け物達を討伐したあと、冷静になり急いで心の元に駆け寄った。


「心、大丈夫か!」


「大丈夫、にぃにが助けてくれるって信じてた」


心は泣きそうな顔をしていたけど、泣くのを我慢して言ってくれた。

内心、心の成長に今にも僕が大号泣しそうだったが落ち着いて心の頭を撫でる。


あれから化け物達は現れることなく、数時間歩き続けた僕達は森を抜けることが出来た。



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