第4話 振り返る未来

 時間も記憶も自身の存在も、全てが朧げににり曖昧になる頃合い。私は相当に前の記憶を一つばかり思い出す。まだ世の中も良く分かってない、幼少期よりは少しばかり青年になる頃だろうか。

 季節は秋を迎えていて。私は下校時刻。いつものように校門にはあいつが待っていて。お互いを気にしてはいたが恋人というには恥ずかしい、だからといってただの幼馴染と言い切るには親密な女性。お互い好意をもっていたのだろうか。それとも、やはりただの幼馴染だから常に共にいるのが当たり前のようになっていただけだろうか。そんな事を考えながら今日も彼女と帰宅を共にする。

 帰宅途中、他愛もない話を互いにする。今日という日はとても風が強く、空の雲はとても早く動いている。空の色が赤や黒や黄色や灰色、巡り巡り移り変わるものだから、彼女はまるで空が生きているようだと私に話す。

 そんな空の様子も話題に入れながら、もう少しで互いの家につきそうだという時に急に大粒の雨が降ってきて。風はより強くなり、けたたましく雷も鳴り響く。少し古びたトタン屋根は今にもめくりあがりそうな程で、もしも飛んできたならだなんて考えると恐ろしくて身震いすらしてしまう。

 せめて少し収まるまでどうにか身を寄せる建物はないだろうかと周りを見渡すと、昔からあるやっているかよくわからないという噂の喫茶店がある。私はいてもたってもいられず、彼女の手をとり半ば強引に喫茶店へと向かう。喫茶店の看板にも目をくれず、正面ドアの取っ手に手をやると不思議なまでに軽くドアが開く。二人はなだれ込むように店内へと入り込む。

 外の様子とは打って変わって、店内はとても落ち着いた雰囲気。レトロ感あふれた面持ちが温かみを感じ、名の知らないジャズが私たちを包み込む。私たちの両親位の店主が、柔らかなタオルケットを二枚差し出した。

 「いやごめんなさい。私たち、この雨風しのぎたくて、そしたらこの喫茶店があったものだから。お金もないのに。しばらく、ここで雨宿りさせてくださいませんか。」連れてこられた彼女が何故かそう言う。店主はもちろんです、と一言言うと、私たちをカウンターの席に座るように促した。

 私たちは渡されたタオルで濡れた体を拭く。幸い多少濡れた程度でタオルで充分事足りる程だった。濡れたタオルは店員が笑顔で受け取ると、奥へと持っていく。置いてきたかと思えば、早々にこちらにやってきて、私たちに二杯の水を持ってくる。

 どうぞおかけになって、と店員が促しながら私たちに水を差し出す。私はどうぞお構いなく、と言ったが店員はいいからいいから、こんな若いお客様もしかしたら初めてかも知れないから、私嬉しいだけなのよと私たちに言う。私と彼女は店内の雰囲気を少しばかり楽しむ。すりガラスの向こう側はまだ叩きつけるような雨風。どうしたものかと気が病んでしまいそうなところで、店主は暖かいカプチーノを私たちに差し出す。彼女は、私たちお金無いです、と改めて言うと店主は「いえいえ。お代は・・。そうですね。代わりにこちらを是非読んでみてはいかがでしょうか。私と妻は既に何回も読み返してまして。」

 そう言うと、書籍が沢山ある棚から本革の冊子を持ってくる。重厚感ある冊子には真新しい原稿用紙が綺麗に折られて綴られている。題名はないが、そこそこ厚みある内容に見てとれる。

 先に彼女が読み始める。私は横から見入るように文字を追う。互いに漢字がわからなかったり、表現が独特で解釈を論じたりとしているうちに、物語を結局読み終える。店主からのカプチーノはいつの間にか空っぽである。

 彼女がとても素晴らしい内容だと褒めたたえている。一方の私はまだ恋愛感情とかわからない部分があるので、そういう感覚には共感出来なかったが、何となくここの喫茶店が題材になっているのだけは理解出来た。作者はこの喫茶店が好きでもしかしたら物語を書いたのかも、そう思った。

 彼女がふと、そうだ。この作者のように私たちも回想録という物をお互い書きましょうと言い始める。私は唐突に言い始めた彼女をまじまじと見ると、少し面倒くさいそぶりをみせる。彼女はそれに少し腹を立て、私はそれをなだめる。そんなやり取りをして結局、互いに回想録を書くという事に行き着いた。いつからと聞けば今日から早速というから、困ったもんだ。

 店主が、「ところで、この作品。題名ございませんで。もしお二人なら、どんな題名になさいますか。」

 私と彼女は、目を合わせる。いくつか候補が上がった後に、一つの題名が決まった。では早速と、表紙の裏に店主が題名を書く。私と彼女は良かったね、これで物語に名前がついたねと笑顔になる。何だかとても嬉しく思える。


店主が書籍の棚へと戻す。戻すと彼女は「またその本、読みに来てもいいですか。」

そう店主に聞いてみる。店主は「えぇ。いつでもどうぞ。あなたが読みたい時にいつでも。」


そう言ったその本の題名は。

「時を刻まぬ喫茶店」

 

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時を刻まぬ喫茶店 Nao @naoki5324

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