じつは僕と私がうみました。~そんなことってある!?~

三一五六(サイコロ)

そんなことってあり得るの!?

「ここは……」


 目が覚めるとそこは知らない部屋だった。

 物は少なくシンプルで綺麗な部屋。

 夢でも見てるのかと思い、左手で頬をつねるも痛い。


 とりあえず立ち上がり、カチカチの体をグーっと伸ばす。

 床で眠っていたようで背中と腰が痛い。

 いつものベッドはどこに行ったのやら。


 状況を把握するためにも部屋の中を見渡す。

 最初に目に留まったのは机の上にある一筋の光。

 ゆっくりと近付くと、それは電源が付いたままのタブレットだった。


 まだショボショボする目を擦り、タブレットに映るものを確認する。


「なっ、銀髪少女と黒髪少女が……」


 ――凄くエッチなやつだよな、これ!?


 俺が見たものを簡単に説明する。

 二人の美少女がワイシャツのみで生々しいキスをしてるイラストだった。

 いわゆる百合というもの。

 正確にはかなり刺激的な百合ものだ。


 存在自体は知っていたが、こういう系はあまり見ない。

 だからなのか興味がとても湧いた。

 もっとじっくり見たいと思ってしまうほどに。

 しかし、これを見てるところを誰かに見られてしまったら、そう思うとそれ以上タブレットの中身を見ることは出来なかった。


「はぁ……」


 小さくため息を一つ。

 興奮を抑えるためにも目を閉じて深呼吸。

 だが、先ほどのイラストが瞼の裏に浮かんで効果は無し。

 ダメだダメだと頭を左右に振って瞼を開くが、次は脳内にそのイラストがポカポカと浮かんでくる。


 考えてはいけないと思うほど考えてしまい、妄想は更に加速。

 さっきのイラストが晶とひなたちゃん、西山と伊藤、星野と月森。

 そんな感じで身内の美少女たちに変わっていく。


 と、その時だった。

 前の方から寝返りを打つような音が聞こえる。

 耳を澄ましてみると「すーぴー」という可愛らしい寝息も聞こえてきた。


 ――晶か?


 そう思ったが晶なら一人で寝ない。

 間違いなく俺にくっついて寝てるはずだ。

 なので、晶ではないことだけは分かった。


 ――じゃあ誰だ?


 という疑問が生まれたが、そもそもここがどこなのかも分からない。

 分かってることは、エッチな百合を描く人が住む家であること。

 周りにそんな知り合いがいた覚えはないんだが……。

 とにかく寝息を立てる人が誰なのか確かめるしかないだろう。


 物音を立てずに、そろりそろりと近付く。

 さっきまでは暗くて分からなかったが、数メートルの距離まで来て正体が見えてきた。

 キャミソールに短パン姿から女子であることは間違いなさそうだ。


 ――てか、晶以外の女子の部屋にいるって俺……ヤバくね!?


 そう思った時には時すでに遅し。

 ベッドに眠る女子はゆっくりと寝返りを打ち、こちらを向いて瞼を開いた。


「ん~? 誰?」


 ――君こそ誰だよっ!


 と内心叫びながらも、その場で素早く正座した。

 何で?と思うかもしれないが、警察に捕まりたくないからだ。

 と言っても、九割九分警察を呼ばれるだろう。


 俺はこの女性を知らない。

 それはこの女性も俺を知らないということ。

 つまり、現在の状況を女性目線で話すと、知らない男が部屋にいるということになる。


 ――何でこうなった?


 昨晩、晶とベッドの中でイチャイチャしてただけなのに。

 いや、ちょっと待て。

 何で俺は晶とイチャイチャしてたんだ。

 そんなことするわけがないのに。

 何で!?


 分からない。また分からないことが増えてしまった。

 一体どうなっているんだ。

 今も昨晩も全て夢であればいいのに。


 ――あ、知らない女性と目が合った……終わった。


          ⚀


 ペンネーム――千種みのり。

 私はまだ夢を見ている。

 目の前にいるのは、正座した『じついも』という作品の真嶋涼太。

 昨夜、深夜テンションで描いた趣味イラストのせいだろうか。

 同じく『じついも』に登場するヒロインの姫野晶と原作では決して描けない少し過激なイチャイチャをさせたことを怒っているのかもしれない。

 でも、言っても裸で抱き合う程度。それ以上はさせていない。


 少し夜更かししすぎたせいかまだ眠たい。

 いつの間にか足元に飛んでいたタオルケットを被って再度目を閉じる。

 そう、目を閉じた。


「……え?」


 瞬きと同じスピードで瞼が上がった。

 続けて体を起こして両頬を両手で力いっぱい引っ張る。


「痛い。これ夢じゃない?」

「はい、残念ながら夢じゃないです」


 あまり聞き慣れない涼太の声。

 まだアニメ化前の作品なので、ボイスコミックでしか聞いたことがない。

 だが、一つ言えるのは涼太がそこにいて喋っているということ。


「涼太……涼太くんですよね?」

「え、はい。そうです。俺のこと知ってるんですか!?」


 ――知ってるも何も、あなたを描いたのはこの私だ!


 と言いたいが、状況が分からない今はやめとく。

 昔から私はこういうところは冷静。

 非現実的なことが起きてるのにこの反応だ。

 自分でもどうかと思う。


 でも、驚いていないわけではない。

 ただ異世界転移という概念がこの世にあるのだから、こんなこともあるかと思ってしまうだけ。

 『現実は小説より奇なり』という言葉があるぐらいだ。

 小説のキャラが部屋に現れることもあるだろう。

 いや、ないかも。


「まあ、はい。それよりその格好じゃ困るから、私の服でいいんで着てもらっていいですか?」

「あ、何で俺……服着てないの!?」


 恐らくそれは昨日描いたイラストのまま、こちらの世界に来たからとは言えない。


「あのっ! 俺、あなたに何か、その……してませんよね?」


 流石、鈍感主人公。

 この状況をしっかり勘違いしている。

 曖昧にするのはも面白いけど、今はそんなことをしてる場合ではない。

 それに現状でも十分面白い。


「してないです。だから、安心してください」

「ふぅ……良かった」


 最初が晶じゃなくならなくて良かった。

 そんな表情。ホッとして少し顔が緩んでいる。

 しかし、リアルで見るとこのキャラ顔いいな。

 私が描いたんだけどね。


「はい、これ服です。サイズは大きめだから入ると思います」

「あ、ありがとうございます」

「じゃあ私は一度部屋を出ますね」

「なんかすみません」


 それに対して私は「いえ、気にせずゆっくりしてください」と言って部屋を出た。

 少し速足でリビングに向かう。


「何からしようか」


 私は実家暮らし。

 幸い今の時間は家に誰もいない。

 まず顔を洗い、ハンガーにかかった洗濯物を取って着替える。

 それから食事の用意をして涼太を迎えに戻った。


「お腹空いてます?」

「す、少し」

「パンがあるので昼食にしましょうか」

「はい!」


 と、呑気に私と涼太は昼食を取り始めたのだった。


          ⚀


 同時刻、涼太の義妹――晶にも不思議な現象が起こっていた。


 ――バンッ!


「いたた……兄貴、寝相悪い!」

「え……は? えぇぇぇぇぇぇえっ!?」


 兄貴とは明らかに違う叫び声に慌てて飛び起き、声がした方を確認すると知らない人がいた。

 信じられないぐらい眼光を開き、この世のものではないものを見るような瞳を私に向けている。

 それから定期的に「え?」を連呼し、最終的には頭を抱え出して顔とかも叩き出した。

 正直、その言動が怖い。とても怖い。


 ――兄貴どこ……? 助けて!


「え、何……だ、だだだ、誰ですか?」

「あ、そか。僕のこと知らないのか。えっと、ライトノベル作家をしてます。白井ムクと申します」

「……知らないです。も、もしかして僕を誘拐したんですか!?」

「ち、違う! ちょっと待って、晶」


 ――私の名前を知ってる?


 これは安心したらいいのか。それとも恐怖を覚えた方がいいのか。

 でも、この白井さんとは会ったことがない。

 完全に初対面。なのに、今いるのは恐らく白井さんのお部屋。

 本棚にジャンル問わず色んな本が置かれており、他にも私のタペストリーやフィギュア、アクリルスタンドなどが飾られている。


 ――もしかして私のストーカー?


「多分、怯えてるよね?」

「そらいきなり知らない男の人の部屋にいたら怖いです」

「だよね。でも、僕もとても怯えてるし、今の状況に驚きを隠せない」

「どういうことですか? あなたが僕をここに連れてきたんじゃないんですか?」

「ああ、違う。いきなり天井から降ってきた」

「降ってきた!?」

「そうなんだよ」


 意味不明なことを言い出す白井さん。

 危険な精神状況なのかもしれない。

 だって、「天井から降ってきた」なんて、そんな非現実的なことをこんな真面目な表情で普通は言えないもん。


「やっぱり誘拐犯。ぼ、僕が幼く見えるからって、それで騙せるとでも思いましたか?」

「僕はただ本当のことを言っただけで――」

「じゃあ、この僕が映ったグッズの数々は何ですか!? 一般人をグッズ化して、こんなの常軌を逸したストーカーとしか言いようがないですよ?」

「……」


 その言葉に白井さんは頬をかきながら黙り込む。

 数秒、腕を組んで眉間にしわを寄せた後、ゆっくりと口を開いた。


「確かに」

「……確かに?」

「いや、君からすれば、そう思えると思って」

「そうとしか思えません。本当に気持ち悪いです」


 ――兄貴なら許してたけど。むしろこれぐらい愛してほしい!


 と思ってしまったが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 命の危機かもしれないのだ。

 気を引き締めていかないと。


「き、気持ち悪い、か。流石に僕もそれには刺さるな」


 若干、悲しそうな笑顔でそう言う白井さん。

 でも、笑顔であることに変わりない。

 罵倒されてよく笑顔でいられるものだ。


 私だったら泣いてる。

 琴キュンにそんなこと言われたら六日は寝込む。

 兄貴に言われれば、一ヶ月は引きこもる。

 いや、一生立ち直れないかも……。


「喜ばないでください! 変態!!!」

「刺さるって心が痛むの方ね」

「どちらにしても変態でストーカー、いえ、誘拐犯には変わりませんっ!」


 早く逃げないと。

 こんなところ兄貴に見られたくない。

 知らない男性と密室で二人。

 絶対に兄貴に嫌われる。気持ち悪いって思われる。変な勘違いされる。

 それだけは嫌だ。


「一回、落ち着いてくれないかい?」

「誘拐犯の立場でよくそんな――」

「誘拐犯なら今頃、何かアクションを起こしてると思うよ」

「そ、それは……そうかも」


 ――な、何言いくるめられてるんだ、私は。


「いやでも、じっくりと楽しむタイプかもしれないじゃないですか!?」

「何もしてない時点で何一つ楽しむ考えがないと分かってもらいたいんだけど。それに僕も困惑してる。状況が何もつかめないからね」


 と、いきなり白井さんは立ち上がってタンスの引き出しをあける。

 それから下着から靴下まで服一式を取り出した。


「とりあえず服を着てくれ、頼む」

「え……きゃぁぁぁぁぁぁあっ!」


 ――な、何で私は……裸なのっ!?


          ⚀


 ペンネーム――白井ムク。

 僕は夢の中にいない。

 なのに、目の前には僕が書く『じついも』のヒロインである姫野晶がいる。

 それもいきなり裸の状態で天井から降ってきた。


 ――いや、一昔前のラノベかよ!


 内心そう思いつつも、今はそれどころじゃない。

 娘同然の晶に「気持ち悪い」「変態」「ストーカー」と言われたのだ。

 心が非常に痛い。痛すぎる。

 僕がそういう性格にしたんだけど、やっぱり晶はデレデレがいいというかなんというか。


 と、それは置いておいて問題は晶がこの世にいること。

 異世界転移してきたか、執筆に疲れて幻覚を見ているか。

 そのどちらかだろうが、体調管理はしっかりするタイプなので、これに関しては前者だと思う。でも、前者だった場合の方が困るというのが本音。


「服は着た?」

「は、はい」


 その返事を聞いてココアを持って晶の元に戻る。

 すると、左手の肘を右手で摩っていた。

 これは晶の癖なようなもので、僕のこだわりの一つ。

 リアルで見れるとは思いもしなかった。


「これココア」

「睡眠薬とか――」

「毒味しようか?」

「いえ、ありがとうございます」


 ――やっぱり根はいい子なんだよな~


 と自分のキャラを自画自賛。

 それにマジで可愛すぎる。

 千種みのり先生は、世界一の神イラストレーターだ。


「まず謝罪させてくれ。裸を見て悪かった」

「あなたが脱がしたとかでは――」

「断じてない。というか何で裸だったんだ?」


 その点を不思議に思い、聞いてみると段々と顔が赤くなっていく。

 昨晩、何かあったのだろうか。

 お風呂中に異世界転移したなら水滴がついている。

 着替え中ならすぐに服を着てないことに気付ける。

 でも、晶はどちらでもなかった。

 裸でいることを忘れていたのだ。


 著者としてはその経緯を知りたい。

 自分が動かしてるキャラの知らない日常。

 そんなの気になってたまらないでしょ、作家だったら。


「言いません!」

「なんで!?」

「だ、だって、兄貴と裸で抱き合ったなんて恥ずかしくて誰にも言えないもん! あっ……」


 ――全部言ったよ、この子


 僕は知っていた。

 晶が嘘をつけないことを。

 パニックになると思わず頭の考えを口に出てしまうことも。

 なぜなら僕が生み出した子だからね。


「なるほど、涼太とそんなことが」

「……」


 晶は恥ずかしさの絶頂なのかココアが入ったカップで顔を隠している。

 しかし、「裸で抱き合った」か。

 原作では書く予定は今のところない。

 そういうシチュエーションを考えたことはあったけども。

 まさか勝手にしてるとは……「少し早いぞ!」と生みの親として言いたい。


「だけど、僕あんまり覚えてないんです。何でそんな状態になったのか。そうなるまでの記憶がないんです」

「んー、そうか」


 嘘はついていない。

 てっきり晶の誘惑に涼太が負けたと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。


「それよりここはどこなんですか? それに兄貴の名前も僕の名前も知ってたし、あなたは何者なんですか?」

「はぁ……驚かないで聞いてくれ。じつは――」


 隠し通せば誘拐犯にされるので、全ての情報を晶に話した。

 終始、理解がおいついてない様子だったがそれも仕方ない。

 僕が晶側の立場でもそうなる。


「つまり、僕はあなたが生み出したキャラクターで、僕はあなたの世界に来てしまったということで合ってますか?」

「ああ、そういうことだ」

「じゃあ、このグッズって――」

「そう、全部『じついも』のグッズ。大人気でこんなに出ちゃったよ」


 そう苦笑交じりに言うと、晶は小声で「すご」と呟いた。

 本当に凄いのは晶の可愛さなんだけど、それは言わないでおく。

 言われても困るだろうからな。


「あ、すみませんでした」

「え、なになに?」

「いや、さっき白井さんに酷いこと言っちゃって」

「あーいいよ。僕が生んだ子なんだ。アレが正しいよ」


 そう言うとホッとしたのか、やっと晶の頬が緩む。

 まだ表情は硬いが少しは警戒心を解いてくれただろうか。


 俺も晶を男と勘違いしてたら距離が近くなっていたのかな。

 なんちゃって。


「とりあえず元の世界に戻る手段を考えようか」

「はい」


 というわけで、まず僕は担当編集の竹林さんに連絡した。


          ⚀


「兄貴!」

「晶!」


 午後七時頃。編集部の一室で兄妹は再開を果たした。

 これは優秀な編集者である竹林さんのおかげだ。


 昼頃、竹林さんにかかってきた二件の不可解な電話。

 一件は千種みのり先生から。もう一件は白井ムク先生から。

 内容は『じついも』のキャラがリアルに舞い降りた。

 そんなものだった。


 もちろんベテラン編集者の竹林さんでも初めてのことで、最初は病院に行くことを勧めたが、ツーショット写真を見て信じざるを得なくなった。

 とにかく離れたままでは話が進まないということで、すぐに編集部の一室を手配。

 そして今に至る。


          ⚀


「竹林さん迅速な対応ありがとうございます」

「いえいえ。それよりも本当に二人がいるじゃないですか、白井先生」

「だから言ったじゃないですか」

「言ったと言われれも信じられませんよ、普通」


 竹林さんの言いたいことも分かる。

 内容的に信じる人の方がおかしい。

 しかし、実物を見れば信じるしかないだろう。


 それにしても、こんな竹林さんは初めてだ。

 子供のように目を輝かせて、腕を組んで我が子を見るように二人を見つめている。

 一体それは子供なのか親なのか。

 どっちなんだ?って感じではあるが、そういう感情になるのは分からなくもない。


「あ、千種先生お久しぶりです」

「お久しぶりです。少しいいですか?」


 僕は千種先生に呼ばれて部屋の端へ移動。

 竹林さんは「そこにいてもらって結構です」と言われていたので、こちらを少し寂しそうに見ている。


「いきなりですが、晶ちゃん裸でしたか?」

「な、なぜそれを!?」

「じつは――」


 と千種先生は、萌え袖で一度口元を隠して申し訳なさそうに話し出した。


 内容はこうだ。

 自分が描いた趣味イラストの状態で、二人がこちらの世界に異世界転移したかもしれない。

 そういうものだった。

 それを聞いてやっと晶の話が線で繋がる。

 イチャイチャしていた記憶が曖昧だったのは、これが原因で間違いない。


「そういうことでしたか」

「はい。つい深夜テンションで」

「ありますあります」

「で、ですよね! 分かりますか!?」

「ええ、分かりますよ。僕は書きまでしませんがシチュを妄想することは多々ありますので」

「流石、白井先生です。無意識にいつの間にかしてしまいますよね」

「そうなんですよ。でも、それも全て千種先生のイラストあってのものですけどね。いつも素晴らしいイラストをありがとうございます!」

「いやいや、白井先生が書く魅力的なキャラのおかげで、私のイラストがありますから、どちらかと言えば感謝するのは私の方といいますか。本当にいつも素晴らしい作品をありがとうございます」


 と創作する者同士で話が盛り上がる。

 だが、視界に時々入ってくるしょんぼりする竹林さんが少し可哀想になってきた。

 そろそろ話を切り上げて竹林さんの元に戻ってあげないと。


「あ、そろそろ戻りますか?」

「そうですね。では、この話の続きはまた今度お茶でもしながらどうですか?」

「是非そうしましょう。その時は竹林さんも誘っていいですか?」

「構いませんが忙しくないですかね?」

「まあ誘ったら絶対に来ますよ。ほら見てください、あの僕たちを羨ましがる視線を」


 その言葉で竹林さんの姿を確認した千種先生は苦笑いを浮かべる。


「では、そういうことでお願いします。原稿が落ち着き次第また連絡します」

「分かりました」

「とりあえず戻るとしますか」

「ですね」


          ⚀


 僕たち兄妹は異世界で再会を果たした。

 そう、再会は果たしたが、ここは異世界だ。


「あの、皆さん! 一旦話を整理したいのですが、よろしいでしょうか?」

「そうだね。涼太と晶にとってはまだ理解が追い付いてない部分もあるだろうし」

「あ、ありがとうございます、白井さん」

「いいよいいよ、僕は君たちの生みの親だからね」


 というわけで、話の整理を始める。

 基本的に話すのは、俺を含めた四人。

 竹林さんは書記として、その内容をホワイトボードに書いていく。


 まず現状についてのまとめ。

 1.俺と晶が異世界(生みの親の世界)に来てしまったこと。

 2.二人が俺たちの生みの親であること。

 3.俺たちはこの世界ではラノベのキャラクターであること。


 謎な点についてのまとめ。

 1.この世界に俺たちが来た原因。

 2.元の世界に戻る方法。

 3.服を着てなかった理由。


「服の件いいですか?」

「千種さんどうぞ」

「じつはですね――」


 と、昨夜のことを話してくれた。

 エッチなイラストを描くことは知っていたが、俺たちでもそれをしていたとは予想外だった。

 俺と晶は昨晩の光景を見られていた、否、正確には描かれていたと思うと、恥ずかしくなって無言で俯くしかなかった。


「とにかく1.この世界に二人が来た原因から考えてみましょうか」

「私からいいですか?」

「もちろん」

「えーっとですね、私的には私のイラストが原因な気がしてます。実際、私が描いたイラストの状態でこの世界に現れたわけですし」

「んー、僕はあんまりそうは思いません。仮にそれが原因だとしたら、一巻の時点で来てるはずですからね」


 恥ずかしがる俺たちを無視して生みの親たちが真剣な会話を始める。

 それを見て恥ずかしがってる場合ではないと思い、小さく深呼吸をして顔を上げた。


「確かに。つまり、来た理由は別だけど、来る時に裸だったのは一番新しい二人のイラストがアレだったから? ですかね?」

「それはありえますね」


 ――なんて迷惑な話だ!


 と思いつつも、意図的ではないので文句は言えない。

 でも、今のを聞いて一つ思い付いたことがある。

 もし一番新しいイラストが異世界転移の際に採用されたなら、その内容も当時一番新しいものが採用されたのではないかと。


「白井さん、質問いいですか?」

「もちろんどうぞ」

「昨晩は何を?」

「普段通り執筆してたね。音があると書けなくてね、基本夜に書くようにしてるから」

「なるほど。では、その内容って覚えてますか?」


 その問いに白井さんは右手で顎を触り、「少し待って」と一言。

 持って来ていたリュックからノートパソコンを取り出して起動する。

 すぐにパスワードを入力し、ホーム画面から『じついも』というタイトルのフォルダーを開く。


 部屋にいた四人は白井さんの後ろに集まり、その画面を凝視。

 昨夜、書いたであろう作品を見つけるの待つ。

 数秒でそれは見つかり、白井さんは素早くダブルクリック。

 PC画面が文字で埋め尽くされる。


 ――タイトル(未定)ー書店購入オリジナル特典SSー


 俺たちはその内容を無言で読み始める。

 普段、漫画ばかり読むので小説を読むのは得意ではない。

 だから、いつの間にかスクロールされて読んでいるところが見えなくなってしまった。


「白井先生! これ、これって!」


 一番最初に読み終えたのは竹林さん。

 流石、編集の仕事をしてるだけあって読むのが早い。

 続けて白井さんが読み終えて頭を抱え、千種さんは「これは――」と苦笑していた。


「原因は僕だったみたいだ。晶が来た衝撃で忘れていたが、昨夜に書いた内容は君たち二人の異世界転移もの。それも僕たちの世界に来るっていうね」

「や、やっぱり……」

「兄貴、分かってたの! すご!」

「何となくイラストのことを聞いて、内容の方が原因かと思ったんだよ」


 あっさりとこの世界に来た原因が判明。

 恐らく他にも不思議な力が働いたんだろうが、白井さんが異世界転移ものを書いたせいで話を進める。

 で、問題はここからだ。


「本当に申し訳なかった。二人には怖い思いをさせてしまい、今は反省してる」

「仕方ないですよ。誰もこんなことになるなんて予想出来るわけないですし」

「うんうん! 兄貴の言う通り。白井さんは気にしないでください」


 そう言葉をかけられた白井さんの目尻からは綺麗な雫が流れ落ちた。


「それで俺たちが戻る方法はあるんですか?」

「あ、ああ。一応、このSSの最後にあるよ」

「ほ、本当ですか!?」

「それってつまり帰れるってこと!?」

「そうみたいだ」

「良かった。でも、兄貴とずっと二人でこっちにいるのもありだったかも」

「なしだ! みんなに心配かけるだろうが。それに俺たちが異世界人とバレたら普通には生きていけないはずだからな」


 よく漫画である。

 異世界人が囚われて色々と調べ上げられることは。

 そんなのは絶対に御免だ。


「で、方法を聞いてもいいですか?」

「え、えーっと、ここ読んで」


 白井さんに指差された場所を読む。


 ――眠る晶に「愛しているよ、晶」と囁きながら、優しい口付けをする。


「何ですか、これ!」

「眠り姫を王子が起こす展開だ! 白井さん、ナイスです!」


 それに対して白井さんは親指を立てて笑みを浮かべる。

 完全に晶が喜ぶシチュエーション。

 もしこの内容を晶に知られておらず、晶が本当に寝てる状態だったら仕方ないと思えたが、この状況だとそうはならない。


 目を閉じている晶に俺がさっきのセリフを言って接吻。

 しかも、皆の前で。

 そんなの無理だ。


「白井さん、このラストは編集出来ないんですか?」

「なっ、何でそんなこと言うの!? 兄貴はこれ嫌なの?」

「そういう問題じゃないだろ。で、どうなんです?」

「いや、それが――」


 と、バックスペースを押すが反応しない。


「この通りでどうすることも出来ない」

「やった!」


 喜ぶ晶の横で俺は気付かれない程度のため息をつく。

 もう選択肢はないということだ。

 覚悟を決めるしかない。


「晶、寝転んで目を閉じろ」

「うんっ!」


 俺は三人に向かって右手を出して別れの握手をしていく。


「皆さんお世話になりました」

「いや、迷惑かけて悪かったな」

「私もごめんなさい。あのようなイラストは出来るだけ控えるようにするね」

「二人ともぉぉぉぉぉぉおっ!」


 なぜか生みの親じゃない竹林さんが一番寂しそうにしていた。


「じゃあ……さようなら」


 俺は膝をついて晶の顔に自分の顔を近付ける。


「愛しているよ、晶」


 続けて唇を重ねた。


 ――ん? 戻らない?


「あの、白井さん? これはどういうことでしょうか?」

「多分、晶が寝てないからじゃないかな~」


 とそっぽ向いて言われ、俺は無駄な口付けをさせられたことに気付く。

 晶は嬉しそうに笑みを浮かべ、周りを苦笑い。


「白井さんっ!」

「だって、涼太が勝手に話を進めるから――」


 言い訳する白井さんを俺は追いかけ回した。

 その後、晶が寝た夜に同じことをすると、いつもの俺のベッドに戻ったのでった。

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