男は肉となり、女は肉を貪った。

阿木子

side.リオ

女は頬を紅く染め、ヨダレを服の袖で脱ぐった。

酷く興奮していた。


「……うぅ……っくはぁ…はぁ…」


苦しそうに喘ぐ男の声と共に、切れ味のよいハサミの音が聞こえる。


「……はい、お疲れ様でした」


女はベッドに横たわっている男に笑いかける。

男の顔は汗と涙でぐちゃぐちゃになっていた。

白いシーツは男の汗と血を吸収して、何とも言えない匂いを放っている。


「リオちゃん……もう終わったの?」


男は痛みに耐えながらも、残念そうな表情を浮かべた。

リオと呼ばれた女は、血まみれのハサミを布で拭い、革のカバンにしまっている。


「もうお終いですよ。今日もお肉をありがとうございます、立花さん」


「……そう。ボクはもっともっとリオちゃんと会いたいのに」


「じゃあまた来ます。一緒に読書デモしましょう。

お肉は傷が治ったらで良いですからね」


リオは言いながら、立花の腹を見る。

縫われた傷口を優しく撫で、少し残念そうな表情を浮かべた。


「立花さん、少し痩せましたね。私が定期的にお肉を頂いているからでしょうけど……」


その言葉に立花は焦りを見せた。


「大丈夫!大丈夫だから!

今度君に肉を渡す時までにもっと太っておくから、ね?」


「無理はしないでくださいね。立花さんは私の大切なお肉なんですから」


「ありがとう、リオちゃん。リオちゃんだけなんだ、ボクを必要としてくれるのは……」


哀しげな立花の頭をリオはヨシヨシと撫でた。

リオの柔らかい髪とは違って、固くチクチクする立花の髪はまるでハリネズミのようだ。


「では、私はこれで。

またお会いしましょうね、立花さん」


立花の腹の肉を手に入れたリオは足早にその場から立ち去った。


☆。.:*・゜


12歳の冬、雪の降る日。

リオは父親を殺した。

正確には、リオが父親に襲われ、自分を守るために何度も重い灰皿で殴り続けたからだ。

帰って来た母は驚いていたが、風呂場で父親の処理をした。

肉を削ぎ落とし、冷凍庫に入れた。

入らなくなった肉は冷蔵した。


「はい、リオ」


コトリと置かれたのは、分厚いステーキだった。

お金が無く、日常的にご飯抜きが多かったリオは常に腹を空かせていた。

リオは躊躇いなく肉を食らった。

それが父親の肉だろうと関係なかった。


「おいしい?」


母の言葉にリオは大きく頷いた。

肉を食べるのが久しぶりだったリオは、ひたすらに肉を貪った。

父親は太っていて、まるでトドのようだった。

脂肪たっぷりの肉だが、今のリオにはご馳走でしかない。


「これからは毎日ステーキが食べられるわよ、良かったわね」


母の言葉に、リオは素直に喜んだ。


☆。.:*・゜


「……立花さんのお肉、美味しい」


安アパートに帰ってきて直ぐ、リオは立花の肉を焼き貪った。

市販のステーキソースをかけて食べるのがリオにとって最高の食べ方だ。

牛や豚、鳥や羊、色々な肉があるが、やはりリオは太った男の肉が好きだった。


「あとは、冷凍庫に入れておこう」


残った肉はラップで包んで、ジップロックに入れ、『立花さん、12/31』とマッキーで書く。

一人暮らしにしては大きい冷蔵庫の冷凍部分を開けた。


「立花さんは新しいから奥の方に入れようかな」


冷凍庫の中には他の肉がギッシリ入っていた。

立花だけではない、肉には他の人間の名前も書かれている。


「明日は……日付的に鈴木さんのお肉かな。鈴木さんも美味しいお肉なんだよね」


鈴木の肉を想像し、リオの口から涎が垂れる。

その時、リオのスマホが鳴った。

どうやら電話のようだ。

涎を袖で拭いながら電話に出た。


「もしもし、お母さん」


『あ、リオ。本当に年末なのに帰って来ないの?』


「仕事が忙しかったの。

今さっき終わって、ご飯を食べたところだよ」


『そうなの?気をつけなさいね』


「うん」


『また電話するわ。良いお年を』


「はーい、良いお年をー」


電話を切ってスマホの画面を見れば、夜の22時だった。

後2時間で今年も終わってしまう。


「今年はたくさん食べたなぁ」


リオは立花と出会った時のことを思い出す。

リオが居酒屋でバイトをしていた時に出会ったのだ。

体重は100kgを超えているであろう男の肉にときめいた。

リオは積極的に男の連絡先を聞いた。

立花という男は、とても優しく温和な人だった。

リオは何度か会う内に募らせた想いを立花に思い切って相談した。


『あなたをたべたい、ダメかな?』


立花は驚き、戸惑いつつも了承してくれた。

初めての時は、立花さんが怖がってダメだった。

少しずつ、少しずつ、痛みに慣れてもらった。

切った後、縫合するやり方も一緒に練習した。

そして、ようやっと肉を手に入れた。


「それから立花さんがあの部屋を提供してくれて、お肉になる人もたくさん連れてきてくれて、お金もくれて……立花さんには本当に感謝してる」


リオはこの幸せが続いていくと信じていた。

リオが立花に想いを馳せていると、また電話がかかってきた。


「もしもし、立花さん?どうしたの?」


『リオちゃん、戻ってきてくれない?

どうしても会って話がしたいんだ』


「……あ!私、また片付けないで帰っちゃいましたね!大変!!

ごめんなさい、立花さん!向かいますね!!」


うっかりしていた。

肉を手に入れるといつもそうだ。

食べたくて食べたくて、他のことを忘れてしまう。

リオは急いで立花の家に向かった。


☆。.:*・゜


「立花さん、ごめんなさい!!」


立花の家に合鍵を使って入ったリオは、地下室で汚れたベッドに座っていた立花に深く頭を下げる。


「いいんだよ、リオちゃん。頭を上げてよ」


リオは頭を上げ、立花の穏やかな顔を見て安堵する。


「立花さん、優しすぎだよ。

たまには怒っていいんだからね!」


リオは立花のハリネズミのような頭を撫でる。

すれば、立花はくすぐったそうに笑った。


「リオちゃんの方が優しいよ。

片付けじゃなくて、リオちゃんにお願いがあったんだ」


「なぁに?」


リオは頭を撫でるのを止め、立花の顔をのぞき込む。

そこには気恥ずかしそうな、決意を決めたような顔がそこにあった。

リオはこの表情をよく知っていた。

立花を『たべたい』と言った時のリオの表情によく似ていた。


「色々考えたけど……ボクを全部食べてほしいんだ」


立花の言葉に、リオは自分の中から何かがなくなった気がした。

けれど、立花の全てを食べたい欲望が勝ってしまったが故に、リオは何を失ったのか考えるのを止めた。


「いいよ、立花さん。

私が全部食べてあげる」


「ありがとう、リオちゃん」


立花は嬉しそうに涙を流した。

リオは立花から受け取ったナイフを首にあてる。


「ボクはリオちゃんに食べられて、幸せだよ」


リオは力いっぱい、立花の首を切り裂いた。

吹き出す血を浴び、リオは泣きながら笑った。


☆。.:*・゜


外が酔っ払いの声で騒がしい。

年が明けてしまったようだ。

立花の肉を削ぎ落とし冷凍した。

リオは立花がリビングに遺した書類に目を通す。

立花は肉だけではなく、全ての財産さえもリオに渡してくれたようだ。


「これでハリネズミを飼おうかな」


「たくさん食べさせてぷっくり太らせるの」


「ネズミは食べたいと思わないから、食べないけど」


「名前は立花さん」


リオは立花の名前をかみしめる。

愛しさと食欲でまた、お腹の音がグゥと鳴った。


「立花さんを食べてから、少し眠って、それから立花さんを探しに行こうっと。

お店開いてるといいなぁ」


リオは鼻歌を歌いながら、肉を焼き始めた。


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男は肉となり、女は肉を貪った。 阿木子 @akihikari0306

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