龍の鏡と初日の出

藤泉都理

龍の鏡と初日の出




 辰の年の初日の出を、龍のうろこで創られた鏡に当てれば幸多い日々が訪れる。

 その噂を聞いたのは、俺が十二歳の時だった。

 龍の鏡は親父から譲られたので、あとは初日の出を待つのみ。

 であったが。

 十二歳に、初日の出を見るというのは、かーなーり、難しい任務だった。

 うんしょうがないよねおこさまだもの。


 次こそはと迎えた、二十四歳。

 惜しかった。

 仕事をしていたのだ。

 初日の出を迎える直前まで。

 会社に持って行っていたので、今回こそはと薄ら笑いを浮かべながらパソコンに向かい合っていたのだが、いつの間にか気を失っていて、目を覚ました時、顔色の悪い先輩にお疲れさんと言われて、初日の出とは言えない朝日を浴びながら家に帰った。


 今回こそはと迎えた、三十六歳。

 指導係に任された俺を待っていたのは、返事はいいが、返事がいいだけの新入社員だった。いやとっても返事はいい。気持ちがいい。のだが、理解をしていなくても、わかりましたと言うのだ。で、仕事を間違えて、やり直し。わからなかったらちゃんと質問してねと何度もやさしく言っているのだが、質問してくれないので、仕事がマシマシ。

 俺はどうすればいいんだと、同じく指導係を任された同僚と一緒に飲んでいたら、初日の出はとっくの昔に通り過ぎていた。というか、龍の鏡を持ち歩くのも噂もすっかり忘れていた。


 よっしゃと気合を入れた、四十八歳。

 なぜって、結婚して子どもも生まれたからだ。

 もちろん俺もだが、二人には幸多い日々を迎えてほしいっつーか毎日そうであってほしい。

 ので、どうにかこうにか成長してくれたかつての新入社員のあいつにも任せて、仕事を三十日までに済ませて、三十一日の飲み会も断った本日。

 これで初日の出は俺のものだとほくそ笑んだが、子どもの遊びに付き合っていたら、あらら、らら不思議。

 初日の出が過ぎ去っていた。

 いやー、子どもの体力なめていたわすごいわ。

 ぐすん。


 もう、龍の鏡に頼らなくても、幸多い日々を迎えられているんじゃないかと考えるようになった六十歳。

 還暦だ。

 まさかのまさか、妻から離婚届を渡された。

 嫌なところがあるわけじゃないのただドキドキしなくなっちゃったからと言われちゃった。

 うん、俺はドキドキしぱなっしだったけど。

 うん、しょうがないよね、嫌なところがあるならなおすからって言えるけど、ドキドキ、かあ。ときめかせようと結構頑張ってたんだけど、だめだったかあ。

 子どもも成人しているしと、離婚届に判を押した。

 龍の鏡は子どもに渡した。

 かつての親父のように。


 そうして今、七十二歳。

 俺は満を持して、初日の出を迎えていた。

 龍の鏡を持って。

 孫と一緒に。

 シチュエーションも完璧。

 山頂だ。

 くそじじいとしか呼ばない口の悪い孫だが、じいじは君がとっても優しい子だって知っているよ。うふふ。






 ああ、君に幸せな日々が訪れますように。











(2023.12.31)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

龍の鏡と初日の出 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ