【七色目】痛い街③

お茶が無くなったところで、お邪魔しようとヴェルデが立ち上がった時、いつの間にか外は小雨が降っていて、雨特有の土が湿った匂いが鼻につく。

 カラー国ではあまり雨が降らないので、四人にとっては何ヶ月ぶりかの雨である。


「おお、雨なんて、久しぶりだなぁ!」

「お前達の街は、雨は降らないのか?」

 雨に興奮気味なアスル達に、神奈月は冷えたお茶を飲みながら聞く。

「全然降らない訳じゃねぇけどよ、数ヶ月に一回降るくらいだな」



 聞けば、この街は雨の多い街で、年々回数も量も増えているらしい。

「雨が降らないと米も野菜も取れねぇから困るっつってもよ、こうも雨ばっかでも気が参るってもんだ」

 神奈月が一人ゴチっていると、無造作に院内の奥に視線を流した。

「それじゃあ宿も探さないといけないし、ぼちぼちお邪魔しましょうか」


 気づいたら何時間も話し込んでいたらしく、お暇しようとルージュが立ち上がった時、神奈月が意外にも自分の家を宿屋にどうかと提案して来た。

 ここからすぐの場所に病院の離れに母屋があるらしく、子供四人分くらいなら泊まれる部屋があるそうだ。

 宿屋みたいな贅沢こそはできないものの、家事や炊事は全て桜が担っているし、風呂もあるとの話を聞けば、願ってもない提案で、四人は満場一致で一宿一飯に預かることにした。





 母屋は本当に病院からすぐの場所にあり、二階建ての木造建築で、だいぶ年季が入っているようで、歩く度に床が軋む音がしたり、所々で雨漏りを凌ぐため桶が置かれていたりして、確かに宿屋みたいに贅沢とはいえないものの、掃除もちゃんと行き届いているし、病院とは違って空気も綺麗なので、一日泊まるだけなら十分だ。 


「さっきはすみません、急にいなくなってしまって…」

 先程話の途中で消えてしまった桜が、四人を部屋に案内しながら申し訳なさそうに謝罪をした。

 よく見ると、目は泣きはらしたかのように真っ赤に充血していて、ヴェルデはサッと目を逸らしてしまった。


「ここです」

 案内されたのは、八畳程の畳の部屋で、四人が泊まるのには少し狭い。

「狭い部屋ですけど、好きに使って下さい」



 変わらず笑顔で振る舞う桜の姿に、ヴェルデは特に自分が何をした訳ではないのだが、なんとなく申し訳なくなりこうべを垂れた。

「あの、さっきはごめんなさい…」

「なんのことですか?」


 桜は変わらず笑顔のままだ。

 ヴェルデは、改めて聞かれて、答えが見つからずしどろもどろになる。

 桜は、ヴェルデが言わんことを察すると、目を細めて遠くを見つめた。



「先生…あ、神奈月さんのことね。先生は、ちょっと前までは、どんな病気でも治せる凄いお医者さんだったの。それがある日、例の病が流行り出した時から、病気を治せなくなってしまった…」

 しばし沈黙が流れる。


「あ、でもね、全然病気が治せない訳じゃないんだよ。怪我とか目に見えるものなら治せるから」

 だが、それから神奈月に対する悪い噂が絶えなくなり、神奈月は患者を受け入れなくなっていったらしい。

「でも仕方ないよね。ペイントでも治せないんだもん。先生が治せる訳ないよ」

 桜は、何かあったらいつでも呼んで下さいねと一言置いてさっさと出て行ってしまった。



 あの後四人で話し合いをした結果、自分達の力ではどうすることもできないと判断して、明日街を立つことになった。

 しかし、ヴェルデは二人のことがどうしても気になり、再び神奈月の病院に行こうと提案したのだが、なんの手立てもないのにただ出向いて下手に期待させるのも酷だと、アスルに切り捨てられてしまったので、ヴェルデは仕方なく一人で行くことにした。


 雨は一層酷くなり、ヴェルデが困っていると、桜が気を利かせて番傘を貸してくれた。

 カラー国とは違って重みのある傘だ。

 使い方も少し違うようで、桜に教えて貰いやっと開くことができた。

 すぐに戻ると伝えて病院に向かうと、途中でまた昼間に会った三人組の男に出会った。



「なんだ、嬢ちゃん一人か」

 ヴェルデはビクッと肩を震わせて上擦った声を上げると、危険を感じすぐさま引き返そうとしたが、いつの間にか背後には男がもう一人いて、それを阻止されてしまった。

(か、囲まれた…っ!)


 咄嗟に身構えようとしたが、傘を持ったままではそれすらもままならない。

 少し冷静になって男達をよく見てみると、何やら昼間とは雰囲気が違っていて、少し表情が柔らかくなっている。

「昼間は悪かったよ。もう何もしねぇよ。ただちょっと付き合って欲しいだけなんだよ」

 潮らしくなった男達に、大丈夫だと判断したヴェルデは、男達について行くことにした。



 案内されたのは、神奈月の病院とは逆の方向にある、細い裏路地にあるこじんまりとした居酒屋だ。

 昼間に入ったレストランとは打って変わって、一段と賑やかだ。

 ヴェルデは案内されるがまま、適当に座ると、酒まで勧めて来たが流石にそれは、と断ったので、変わりに麦茶を持って来た。


「それで?ボクに病気を治して欲しい人って?」

 聞けば、自分達の他にも違う病を患っている者がいると言うことだったので、ヴェルデは渋々ついて来たのだが、いまだにコンパクトが反応しないので、疑い始めた時だった。

「おう、嬢ちゃん、さっき振りだなぁ」

 渋い中年の男の声が聞こえて振り返ると、今朝神奈月の病院で会った男である。



 彼の名は、百目鬼どうめきと言った。

 彼もまた、神無月と同じ医者だそうだ。

 ヴェルデは、この男がいるなら大丈夫だと安心して、出されたお茶で喉を潤した。

「悪いなぁ。わざわざこんなとこまで来て貰って」

「別にいいけど、何?ボクに治して欲しい病気って?」


 百目鬼は、にやりと不適な笑みを浮かべた。

 ヴェルデの視界がぐらついて、椅子から転げ落ちる。

 体が熱い。酒は飲んでないのに、何故?

 まさか、薬でも盛ったのか、はたまたお茶と偽って酒を飲ませたのか。



「悪いなぁ。嬢ちゃんがいると、計画が台無しになるんだよ。他のペイント達も眠ってて貰うよ」

 邪魔?何故?この男は何者なのだ?

 何故、人の病気を治す医者が人を苦しめるのか。

 話そうと口を開くが、意識が朦朧として言葉が発せない。

 ヴェルデの抵抗も空しく、そのまま意識を手放してしまった。

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【二章開幕】カラフル・ファンタジア 紅樹 樹《アカギイツキ》 @3958

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