【六色目】痛い街②

 あれから神奈月と別れた頃、太陽はてっぺんに昇っていた。

 空腹を満たす為、ヴェルデ達は適当なレストランに足を運んだ。

 レストランは昼時だと言うのに、人が少なくすんなりと入ることができ、四人は案内された窓際のテーブル席に腰を落ち着けると、窓の外を見やると先程絡んで来た男達の姿が目について、ヴェルデは思わず目を逸らした。

「にしてもよかったね。一番人が多い時間なのにすぐに入れて」

 ルージュが出されたお冷で喉を潤しながら話す。



「何言ってんのさ。人が少ないってことは、それだけこの街には病気の人が多いってことでしょ」

「あ、そ、そうか…」

 ヴェルデに言われて、ルージュは慌てて口を押さえた。

「でも、どう言うことなんだろうね?あの人達は病気じゃないって…」

 ブランに聞かれてヴェルデは確かに、と小さく唸り声を上げると、コンパクトに目を落とした。



「そういえば、あの病院でヴェルデのコンパクトが反応したのは、あの足を怪我したおっさんだけだったよな」

 アスルに言われてヴェルデはこくりと頷く。

「病気じゃないんだったら、なんなんだって話だよな」

 確かにそうなのだ。自分の力はは、人の病気を治すことであるのだが、コンパクトが反応しないと言うことは、病気でないと言うことになる。

 こんなことは初めてで、ヴェルデは辟易しているようだ。

「コンパクトが反応しないってことは、黒の力でもないってことでしょ?私達のコンパクトだって何も反応しないし」


 ルージュに釣られるようにアスルもコンパクトに視線を落とす。



「コンパクトが反応しないんじゃ、俺達の出番はなさそうだし、黒の力の手がかりもねぇんじゃ長居も必要ねぇし、さっさと次の街に行こうぜ」

「またそんな投げやりな…」

 ルージュが苦笑いを浮かべた時、やっと料理が運ばれて来た。

「おっ、待ってました!」

 アスルが我先にと端をつけた時、店の外からバタバタと慌ただしい足音が響いた。

「あ、あの、つかぬことをお聞きするのですが、お客様達ってペイントですよね?」



 店員の少女が、料理を並べながら、恐る恐る訪ねて来た。

「そうだけど、それが何か?」

 返事が返ってくると、少女は一層挙動不審になり、喉奥から絞り出すような声で懇願する。

「あ、あの、お願いしたいことがあるんです…」

「お願い?」

「びっ、病気を治して欲しい人がいるんです‼︎」





 少女は自分の名をさくらだと名乗った。

 ブランとアスルと同じ年齢で、ペイントがいると言う噂を聞きつけてやって来たらしい。

「さっきはすみませんでした、食事中に…」

 少女はヴェルデ達を目的地に案内しながら謝罪する。

「本当だぜ。飯くらいゆっくり食わせてくれっつの…あだっ!」

 素直に本音をこぼすアスルだったが、後ろからルージュに頭を強く叩かれた。

「それで、病気を治すのはいいけど、どんな病気なの?もしかして、流行り病ってやつ?」

 ヴェルデの勘は当たった。

 桜は嬉々として病気の内容を説明してくれたが、四人はさっぱり意味がわからなっかた。



一行が十分くらい歩いたところで、桜は足を止めた。

「ここです!ちょっと待ってて下さい。呼んで来ますので!」

 ヴェルデ達は思わず目を見張った。

 そこは、先程訪れた神奈月がいる病院だったのだ。

「なんだよ、桜!俺は暇じゃねぇんだって!」

 無理やり引っ張って来られた男は、ヴェルデ達と同じ反応をした。

「神奈月さん!連れて来ましたよ!さっきレストランで会ったんです!」

「お前…」

 ヴェルデは少し居心地が悪くなって、思わず目を逸らした。

 皆の初対面ではないような反応に、桜はヴェルデ達と神奈月を交互に見比べた。





「なぁんだぁ、皆さん既に会ってたんですね!」

 台所から人数分のお茶を運んで来た桜は、お茶を配りながらニコニコと愛想のいい笑顔を振りまいている。

 案内された客室は、ほんのりと畳の香りが広がっていて、ツヴェート街とは随分文化が違う印象である。

 出されたお茶を一口啜ると、唐辛子に入ったミルクティーとは打って変わり、渋みと苦味の混ざった独特の味が港内に広が理、四人は三者三様の反応で、ブランとアスルは苦衷くちゅうを噛み潰したような表情を、ヴェルデとルージュは恍惚とした表情を浮かべている。

「すみません、お口に合いませんでしたか?すぐ別の物に取り替えますね!」

 気を利かせた桜は、素早くブランとアスルのお茶を回収して再び台所に消えて行った。



 桜がいなくなった途端、急に室内が静まり返り息苦しい空気が流れる。

「それはそうと、なんでまたお前がここにいるんだよ?」

 重苦しい空気を打ち破ったのは、以外にも神奈月だった。

「あ、えっと、病気の人を治して欲しいって言われて…」

 神奈月はその一言で全てを理解したのか、深くため息をつくと髪のない頭を掻いた。

「だから、病気じゃねぇんだっつてんだろ、あいつは。余計なことしやがって…」

 悪態づく神奈月に、とうとう痺れを切らせたヴェルデは、思いの丈をぶちまけた。



 桜の言う病気、流行病とは一体なんなのか。

 病気なのになんでコンパクトが反応しないのか。

 黒の力でもない、医者の神奈月すら治せないものとは一体なんなのか。

 神奈月は暫く黙り込んでいると、新たにお茶を入れ直して桜が戻って来た。

 今度のは、先程よりも渋みが殆どなく甘みが深い味わいになっていて、二人はやっと満足そうな表情を浮かべている。

「それが分かれば苦労はしません。でも、ペイントの力があれば分かると思ったんです」

 しかし、ヴェルデのコンパクトは相変わらず何も反応は示さないままだ。

 ブランたちも確認するが、やはりなんお反応もない。

 コンパクトが何も示さないと言うことは、やはりそれは病気ではないのだ。



 ヴェルデは、申し訳なさそうに瞼を閉じた。

「ごめんなさい。ボク達の力ではどうしようもできない…。期待させてしまったみたいだけど…」

 桜は、絶望的な表情を浮かべたがすぐに笑顔を浮かべた。

「分かりました。でしたら、また何か分かったらいつでも来て下さい」

 桜は丁寧なお辞儀をすると、うっすらと涙を浮かべながら奥の部屋に引っ込んだ。

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