【五色目】痛い街①
ツヴェートの街から東に23キロ程進んだところにある、ソワン街にブラン達を乗せた鉄の車は向かっていた。
「全然情報が得られないね、黒い教団のこと」
誰に話かけたわけでもなくポツリとブランが呟くと、今日はまだ安全運転のルージュが答えた。
「そうだねぇ…。あ、でも、一つ分かったことがあるじゃん!」
それは、黒の力でも使い方でプラスにすることができると言うことだ。
そういえば、昔、ペルルがそんなこと言ってたことをブランは思い出した。
「でもさ、結局タージさんって何者だったんだろ?」
ヴェルデの質問に、三人は考える振りこそしてみたものの、ホテルのオーナーと言うところに落ち着いた。
「結局それなの?」
「いいじゃん、それで」
呆れたように言うヴェルデにアスルが結論づけたところで、目的地に辿り着いた。
街に入ると、ツヴェート街とは全く打って変わった雰囲気で、陰気な空気が漂っており街の所々に人達が座り込んでいる。
人々の目は皆一様に真っ黒だが、黒いペイントの力のせいと言う訳ではないと言うことは、コンパクトが反応しないのですぐに理解できた。
(コンパクトが反応しないとボクの力は使えない。ここは、出番はなさそうだ)
ヴェルデが鷹を括って、適当に目のついたレストランに向かおうとした時だった。
「お前、ペイントだろ?」
背後から声が聞こえて振り返ると、死んだ魚のような目をした男達がに囲まれた。
「えっと…」
「その髪の色から察するに、緑のペイントだよな?!」
「あんた、病気を治せるんだろ?」
「なぁ、治してくれよ!この街の医者なんざちっとも取り合ってくれねぇんだよ!」
「痛くて辛くてしんどくて仕方ないんだ!なぁ、助けてくれよ‼︎」
目に涙を浮かべながら縋りついてこられて辟易していると、そのうちの男の一人が吹っ飛んで来た。
「きゃ…っ!」
「おい、お前ら、俺の店の前でナンパしてんじゃねーよ」
ドスの効いた声に反応して顔を上げると、目前には厳つい風貌の男が片足を上げて立っていた。
どうやら、男を蹴り飛ばしのはこの男のようだ。
「てっ、てめー!
男の一人が神奈月と呼ばれた男に飛びかかろうとした時、アスルのコンパクトが赤く反応すると、これは力を使うしかないとアスルは青の力で男の怒りを沈めた。
「全く、どいつもこいつも病気病気って、そんなもんは皆人間が勝手に生み出したもんなのに、ピーピー騒ぎやがって馬鹿みてぇだ」
ヴェルデ達は、どうにかこうにか神奈月の店にお邪魔することになった。
聞けば神奈月はこの街でも有数の医者らしい。
店…もとい病院の奥には毎年この季節になると良くはやる病に侵された患者達で埋め尽くされていた。
患者の治療を終えた患者を見送りながら、神奈月は全く持って医者らしからぬ台詞を吐き捨てた。
「お医者さんの言葉とは思えないね」
ヴェルデが呆れたように笑うと、神奈月は癪に障ったのか一層不機嫌そうな顔をする。
「だいたいよ、皆勘違いしすぎなんだよ。医者ならどんな病気でも治せると思いやがって」
「…違うの?」
きょとんとした顔で首を傾げるヴェルデに、神奈月はこう続けた。
「俺は医者である前に人間なんだよ。ただの人間が全部の病気が治せるなんかたかが知れてんだ。そんなことできるのはお前らペイントくれぇだろ」
ヴェルデは、先程コンパクトが反応しなかった為に何もできなかったことを思い出して、少し胸が痛んだ。
「…できない」
「え?」
「ボクだって、完璧じゃない…コンパクトが反応しなければ力は使えない」
思いの他辛そうな表情を浮かべるヴェルデに神奈月は流石に胸が痛んで、ヴェルデの頭を撫でた。
「悪かったな。そんなつもりじゃなかったんだ」
ヴェルデは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした後でふっと微笑むと、また患者がやって来た。
「なんだ、神奈月、とうとう幼女に手を出し始めたのか」
やって来たのは、神奈月と同じような年齢の男が立っていた。
「用がねぇなら帰れ」
神奈月が来るなりあからさまに不機嫌そうな表情をすると、有無を言わずに受け流そうとした時、ヴェルデのコンパクトが反応する。
「用があるから来てんだよ、馬鹿医者。って、こりゃあ珍しい、ペイントじゃねぇか!ペイントがいるならお前なんぞの頼む必要はねぇや。嬢ちゃん、治療頼むよ」
男は、ズボンを捲り傷だらけの足を見せつけた。
「何言ってやがんだ。その程度の傷で力に頼っててどうすんだよ。そんなもんこれ塗っときゃすぐ治るわ」
神奈月は、薬棚から傷薬を取り出して乱暴に投げて寄越した。
「けっ、せっかくペイントの力を拝めそうだったのによ」
不服そうに男が鼻を鳴らすと、室内にある長椅子に腰をかけて、渋々傷口に傷薬を塗り始めるが、ヴェルデがそれでもと筆を生成したところで、神奈月に止められた。
「本当にペイントの力を必要としてる奴は他にもいる。その程度の傷でいちいち頼ってちゃあ人間本来の再生能力までも失われちまう」
ヴェルデは今までそんなことなど考えたこともなく、呆気に取られて言われるがまま筆を閉まった。
男は薬を塗り終えると、室内の奥に視線を流した。
「相変わらず、繁盛してるみてぇじゃねぇか」
「おかげさまでな」
「ったくこの流行病には困ったもんだぜ。医者のお前ですら治せねぇんだからよ」
男はそう言うと、何か思い立ったのかヴェルデに視線を流す。
「そうだ、せっかくペイントがいるんだ、ペイントだったら治せるんじゃねぇか!?」
言われてみればそうかも知れないのだが、なぜかコンパクトが反応を示さず、ヴェルデは首を横に振る。
「できないって、なんでだよ?あんた、どんな病気でも治せるペイントなんだろ?」
ヴェルデは、おもむろに何の反応を示さないコンパクトを男に見せた。
「コンパクトが反応してたら治せる。でも、何の反応も示さない。だからボクにはその病気は治せない」
そこまで説明されて、男はようやく納得して、病院を後にした。
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