【四色目】明るい街④

巨漢の男が手をかかげ、呪文を唱えようとした時だった。

 男は急に苦しみ出し、その場に崩れ落ちると、ブラン達のコンパクトが異常を来たしたのか色の表示が消えてしまった。

「なっ、何んだよこれ!壊れたのかよ?!」

「違う!これはただの危険信号だ!あいつのペイントの力に耐えられないんだわ!」

「どうすんだよ!」

「わからない!わからないけど、とりあえずやってみる‼︎」

 言うが早いか、ブランが白の力を呼び出すと、コンパクト色は正常になり、灰色を示している。



 しかし、力が及ばないのか男はまだ苦しみ悶えている。

「ダメだ!やっぱり、僕だけの力じゃ…っ‼︎」

 アスル達が応戦に駆けつけようとした時だった。

 タージがブランの筆を握りしめている。

「タージさん!なんのつもりですか?!あなただって、黒の力を宿っている筈だ!そんなことしたら、余計黒くなるだけじゃ…!」

 タージは、緊張感を帯びながらもどこか強気な笑みを浮かべた。

「知ってますか?黒のもう一つの意味を」

「黒のもう一つの意味って…!」

 言いかけてブランは気づいてはっと息を飲むと、タージを信じて力を振り絞った。



 すると灰色だった光がさらに白みが増して、限りなく白に近い色へと変化した。

 どうやらタージの勘は当たったらしく、巨漢の男は徐々に苦しみから解放されて行き、コンパクトも正常に戻った。

 光が収まると、ブランは改めてタージの顔を見つめた。

(彼は一体、何者なんだ…?)

「あ、あの…っ!」

 ブランが口を開いた時、巨漢の男が大声で泣き始めた。

「お、俺は一体今まで何てことをしていたんだ!親友を裏切っただけに止まらず、街の人達が大切にして来た花畑を荒らすなんて!」

「え、親友って…?」

 ブランは目を見開いて、巨漢の男とタージを交互に見つめる。



 タージは、優しい目で巨漢の男を見つめるとゆっくりと歩き出した。

「タージ…」

「ようやく元に戻ったなぁ、ソナム」

「タージ…今まですまなかった…許してくれとは言わねぇ…だから…!」

「わかっているさ…お前が本当にやりたかったことは。この街から去って行った人達を取り戻そうとしたんだろ?だから、黒の力で悪い心を塗り替えようとしたんだ。でも、使い方を間違った。だから、自分の心までも黒い力に支配されてしまったんだろ?」

「タージ…すまなかった、本当にすまなかった…」

 それからソナムは暫くの間ひたすら謝り続けた。

 日が暮れるまで、何度も何度も。







「そういえば、結局黒の本当の力ってなんだったんだ?」

 荒野の中、アスルが後部座席で唐突にブランに聞いて来た。

「ええ?!わからなかったの?!てか、アスルにもわからないことがあるの?!」

「う、うるせぇなぁ!分かるわけねぇだろ!黒の力なんてまだ解明されてないことの方が多いんだから!」

「えーとね…」

 タージの話によると、黒の力と言うのは絶望、孤独、恐怖、死、とか人の心を蝕む強いマイナスの力を持つ反面、神秘、自信、威厳とかのプラスのイメージもあるのだと言う。

 だからブランの持つ力と混ざり合い、相手に強い自信を与えることで、黒の力に打ち勝ったのだそうだ。



「んー…よくわからないけど、それならなんで私達が最初クロウと戦った時、同じ力を使ったのに、打ち勝てなかった訳?」

 助手席でつずを広げて次の目的地を確認せていたヴェルデが口を挟む。

「そうだ、そうだ!おかしいだろ。灰色には変わりないだろ」

「そうだよねぇ…」

 アスルに援護射撃を受けて考え直すも、それ以上の答えは出てこなかった。

「もしかしたら、タージさんが実は白のペイントだったとか?」

 ルージュの仮説に、ブランとアスルがああ!と同調する。

「そ、それはあるかもしれない!言われてみればただ宿屋のオーナーって訳じゃなさそうだったし!」

「そんな訳ないでしょ。忘れたの?ペイント同士が力を使えないこと。まぁ。ボクはちょっと特殊だから論外だけど」

「そ、そっか…」



 ヴェルデの冷静な見解に、ブラン達は納得した。

 しかし、だったらあのタージと言う人物は本当に何者なんだろうか。

 ますます謎が深まり、ブランは頭を抱えて唸り声を上げる。

「それより、早く次の宿に辿り着かないと、野宿になるよ」

 顔を上げれば、ツヴェートの街を出たのは昼過ぎでまだ太陽が一番高いところにあったのに、いつの間にか低くなっていてオレンジ色を帯びている。

「野宿は流石に勘弁!」

「ボクだって勘弁だね。というか、女の子に野宿なんてありえない」

 文句をこぼす二人に、ルージュの目がキラキラと輝き出す。



「よーし、わかった!だったら、ルージュちゃん、本気出しちゃおうかな!」

 そう言うと荒々しくアクセルを踏むと、一気にスピードを上げると、三人はその反動で前のめりになる。

「おい!ルージュ!落ち着け!野宿は嫌だが、事故って死ぬのはもっと嫌だからな!」

「なーにー?聞こえない!てか喋ると舌噛むよ‼︎」





 それから一ヶ月後、ツヴェート街には、街にはちらほらと出て行った人達が戻り始めたいた。

 タージが営む宿屋はと言うと、花畑はすっかり元通りになり、足取りが途絶えていた観光客も戻って来て少し前の賑わいを取り戻していた。

 ソナムはと言うと、あれから更生して巨漢だった頃の面影はなく中肉中背くらいの体型を取り戻し、従えていた男達と一緒にタージの店で働いていた。



「それにしても、なんでまたこの街に戻ろうと思ったんですか?」

 ソナムが店のカウンターで辛いミルクティーを味わっている家族達に聞くと、照れくさそうに笑いながら、

「いやぁ、隣の街も豊かで便利は便利なんだけどさ、なんか落ち着かなくてさ、やっぱり物がなくても住み慣れた街が一番いいと思ってさ」

「それに、便利な物でも使い方がわからなかったら不便でしかないし、あるもので工夫すればどうにかなるってことに気づいたんだ」

 そう言って笑い合う家族達は、それはとても幸せそうだとソナムは思った。

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