【三色目】明るい街③

ブランが目を覚ますと、外はまだ少し薄暗かった。

 背伸びをして食堂に向かうと、自分よりも早起きしている人がいて、朝のコーヒーを楽しんでいた。

 ぐるりと辺りを見渡すが、アスル達はまだ起きていないようだ。

 ブランは皆が起きるまでに街を散策することにした。

 


 外に出ると、まだ少し肌寒い。

 街はまだ人々は眠っている時間のようで、とても静かな空気が流れている。

 店殆どと言っていいほど閉まっていて、朝食が取れそうな店もあのホテル以外見当たらない。

 ブランはふと、昨日タージが言っていた言葉を思い出した。

「大切な家族がいて、毎日美味しい食事と戦争がないだけで十分なのに」

 それがどう言う意味なのか、ブランにはまだよく分かっていなかった。

「あれ、きみ、昨日レストランにいた子じゃないか?」

 不意に声をかけられて振り返ると、巨漢に喧嘩をふっかけられた店員の少年だ。



「随分早起きだね。今日は一人?」

「あ、いや、皆まだ寝てるから、街を散策しようと思って…」

「そう、じゃあ、俺が案内してあげようか?」

 思いがけない提案で、ブランは一瞬戸惑って返事に迷っていると、少年はお構いなしにブランの手を掴むと半ば強引に引っ張ると、有無を言わさず歩き出した。

 彼はいろんな場所を案内してくれた。

 いつも自分が服を買う服屋や、雑貨屋、五百冊程もある図書館、ブラン達が泊まっているホテルでも下ろしていると言う、観光客も多い市場。

 この市場でもやはり、唐辛子の香りが鼻を刺激してくる。



「この街は、唐辛子が好きなんだね」

「そうだよ。この街は大人も子供も関係なく、唐辛子が大好きなんだ。ブランは唐辛子嫌い?」

「辛いのはちょっと…」

「そうか…。まぁ、ここは観光客もよく来るからそう言った人向けの料理もあるけどね」

 他の店は閉まっているところが多い中、この市場は空いている店もいくつか点在していて、市場ならではの食べ物があって、二人はそこで朝食を取ることにした。

「ねぇ、君はこの街から出て行こうとは思わないの?」

 唐突にブランに聞かれて、少年はご飯と食べようとした手を止めた。



「誰かに、何か言われた?」

「え、あ、ちょっと…」

 ブランが歯切れ悪そうな返答をすると、少年はどこか寂しそうな表情を浮かべると、ブランはどこかで見たことがある顔だと思った。

「僕はね、この街が好きだよ。そりゃあ確かに、隣の国に行けばもっと仕事の選択肢もあるし、物資もいっぱいあるし便利な物がいっぱいある。俺だって、この街を出てその街に行きたいと思ったことはあるよ。でも、その街の人達は全然幸せそうじゃないんだ。ここよりも豊かな街なのに」

「幸せそうじゃないって、なんで?」

「なんかね、いつも時間に追われてて家族で過ごす時間が殆どないんだ。食事をする時間も少ないし、睡眠する時間も少ないし、出会う人出会う人皆毎日ピリピリしててね」

 それが僕には幸せそうじゃないって思えたのだと、少年は語った。

「だから僕は、隣の街程物が少なくても、皆が幸せでいるこの街に残ることにしたんだ」

 そう語る少年の表情は、本当に幸せそうだった。

 ブランはいつもの食事よりも美味しく感じた。







 あれから一時間程街を散策していると、街はだんだんと賑わって来て、アスル達もそろそろ起き出した頃かと、ブラン達はホテルに戻ると、店先からは聞いたことのある男とそれ以外の男達の喧々たる声が聞こえて来た。

「くそっ、あいつらまた…っ!」

 少年が鬼のような形相で睨みつけて、慌てて店に向かうと、そこには昨日レストランにいた巨漢の男と、見知らぬ男達がタージと揉み合っていて、その奥にはアスル達が筆を構えて牽制している。

「アスル!何?どうしたの?こんな朝早くから!」

「俺達だってしらねぇよ!朝起きて降りてきてみたら、こいつらがいたんだ!」

「でもおかしいの!あの人、昨日心を塗り替えた筈なのに、また真っ黒に戻ってるの!」



 ヴェルデに言われて確認すると、確かにヴェルデたちのコンパクトは黒に変化している。

 そもそも、一度ペイントの力で心を塗り替えられたものは、よほどのことがない限り自分の力で心を塗り替えることはできない。

 そんなことができるのはペイントかもしくは、ペイントの力に勝る程の感情がない限りはそう簡単に変えられる筈がないのだ。

 それ程あの男の心が汚れているのか、はたまた自分達以外のペイントの力が働いているのだろうか?

「くそっ!やっぱり!やっぱり、何がなんでも黒の力で心を奪っておくべきだったんだ!」

 ブランはタージの言葉に耳を疑った。

「タージさん、今、なんて…?」

 話を聞けば、タージはあの男達から醜い心を奪う為に、クロウと契約を交わしてペイントの力を手に入れたのだと言う。

「まさか、そんな!ありえない!確かに黒の力には心を失う力があるかもしれないけど、そんな使い方は本当の使い方じゃない‼︎」



 ブランが叫ぶと、背後からまた男達がやって来て、客が食事をしていようがお構いなく、店内の奥に進んで行き、少年は嫌な予感がして男達の後を追う。

「ちょ、ちょっと、あんたら、まさか…!」

 巨漢の男が口元にいやらしい笑みを浮かべる。

「予定が早くなっちまってなぁ。今日取り壊すことになったんだ。悪く思うなよ」

「ええ?!と、取り壊すって、どう言うこと?!」

 ブランが全く状況を飲み込めず、混乱していると、巨大な重機が現れて花畑が踏み荒らされて行く。

「だ、ダメだ!あの花畑はタージさんが好きな場所なんだから‼︎」



 ブランは怒りが頂点に達すると、筆を生成した。

「白の力よ!我の呼びかけに応えよ‼︎」

 ブランが声高らかに自詠唱すると、真っ白い光が男達を捉えた。

 すると、コンパクトの色が元に戻って行く。

 暫くして光が収まると、重機に乗っていた男達は作業の手を止めると、ボロボロと大粒の涙をこぼし始める。

「お、俺達は今まで何をやってたんだ…?」

 男は、目の前の花畑が荒らされていることに気づき、青ざめる。

「ま、まさかこれ、俺がやったのか…?こんな、綺麗な…美しい花達を俺が、滅茶苦茶にしたって言うのか…?」

 男達が各々自責の念に駆られている光景に、これで一段落ついたと安堵したブラン達だったが、巨漢の男の下卑た笑い声が響き渡った。

「なっ!なんで?!なんで効かないの?!さっき、コンパクトだって白に変化したのに‼︎」

「甘いわ!貴様ら程度の力で俺の野望がなくなると思うなよ‼︎」

 巨漢の男が叫ぶと、コンパクトが先程よりも真っ黒に染まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る