【二色目】明るい街②

レストランの店内は、特別派手でもなくかと言って地味すぎず、丁度いい雰囲気で軽快な音楽が流れていて、唐辛子の香りが鼻を刺激して来る。

 客の入りはそこそこに賑わっていて、カップルや家族連れが目立ち、ブラン達みたいな子供だけの客は見受けられない図、場違いなのでは?などと思っていたら、店員がやって来て、五人かけのテーブル席を案内してくれた。

 男の二人組はと言うと、まだ帰る様子もなく、ニコニコと笑顔を振りまいて来る。

「あ、あの…案内ありがとう。もう、大丈夫だよ?」

 ブランが恐る恐る言うも、男達はとんでもない!と大袈裟なまでに手を横に振る。



「まさか、案内だけで終わる訳ないじゃないですか!奢らせてくださいよ!これくらいしたって罰は当たりません!」


 ブラン達は辟易してお互い顔を見合わせると、最年長であるルージュに舵を任せてみた。

「うーん…一応お金には困ってないから大丈夫だけど、そこまで言うなら…ねぇ?」

 歯切れ悪そうなルージュに、男達は一層目を輝かせながら、メニュー表を渡す。

「て言われても、この街の料理とかよく分かんないし…」

 ヴェルデが見慣れない言葉の羅列に困惑していると、語学達者なアスルが助け舟を出して来た。

「お、アスル兄さん!ツヴェート語分かるんですか?」

「まぁ、こんなこともあろうかと、語学はずっと勉強して来たからな!」

 鼻高々に、嘘か本当か分からないことを主張している。



「なぁにが、こんなこともあろうかと、なんだか」

「またアスルが威張ってる」

 女性陣が呆れたように遠い目で笑っている。

「なんだよ、文句でもあんのかよ?」

「はいはい、文句はないから注文するよ」

 アスルの手助けも借りながら、なんとか注文を取ることができた。

 ここは観光客向けなのか、色んな国の料理を取り扱っているようで、自分達の国の料理も載っていた。



「ねぇ、ここは観光客向けのお店なの?」

 ブランい聞かれて、男は不意に寂しげな表情を浮かべた。

「ああ、ちょっと前まではここも観光達で賑やかだったんだ。でも…」

「オラァ!なんだ、この飯は!この店はこんな不味い飯を客に食わせる気かぁ‼︎」

 話を遮るように、派手にガラスが割れる音と男の怒号が鼓膜を突き抜けた。

「な、なんだぁ?!」

 耳を押さえながら振り返ると、そこには丸々と太った巨漢が物凄い剣幕で店員に絡んでいる。

「くそっ!またかよ!」



 男は、拳を握りしめて憎々しそうに巨漢を睨みつける。

「あいつだ…!あいつが来てから、この街の奴らは出て行ったんだ!あいつさえいなければ…っ‼︎」

 今にも殴りかかりそうな勢いの男を、ルージュとヴェルデが宥めていると、巨漢は店員の胸ぐら掴んだ。

「謝ってすむと思ってんじゃねぇぞ!」

 巨漢が店員を殴ろうとした時、アスルのコンパクトが赤に光り、咄嗟に青の光を生成した。

 巨漢の拳は店員の顔面スレスレで止まると、正気に戻ったのか、店員の胸倉を離して腰を下ろした。

「ふん!今度からは気をつけろよ!」

 そう言うと、巨漢は再び目の前の料理をくちゃくちゃと下品な音を立てて食べ始めた。






 食事を終えたブラン達は、これまた男達に案内された宿屋に辿り着くと、それぞれの部屋をチェックインした後で、ルージュの部屋に集まった。

「はぁ〜、やっと落ち着けるわぁ」

 アスルが椅子に腰を下ろすと、他の三人も釣られて溜め息をついた。

「結局、何食べたか分かんなかったね」

 ルージュ達は、あれから食事をしている最中でも、巨漢の男は自分達が食べ終えるギリギリまでその店にいた。

「ああ言うのは勘弁してほしい…」

 あれには流石のヴェルデも怒っているようで、珍しく眉間に皺が寄っている。



「それはそうと、宿も結構いい宿でよかったね」

 ブランは改めて、チェックインした部屋を見ると、白と青が基調とされた細部まで拘った作りの家具に、センスのいい絵、窓を開ければ花畑が広がっていて、子供一人が使うには贅沢な部屋である。

「これもあの人…タージさん…?のおかげなのかな…」

 タージとは、先程自分達を案内してくれた男の一人で、別れる時にようやく名前を教えてくれたのだ。

「それにしてもびっくりしたよ、まさかこのホテルのオーナーだったなんて…」

 ヴェルデに同意すると、それにしてもとブランが首を傾げる。

「でもなんでそんな人が、クロウの手先になったんだろ?」

「さぁ…」

 腕組みをして考え込み出した三人だったが、ルージュの号令で今日は解散することにした。





 夜の帷が降り、フクロウの鳴き声が聞こえて来た頃、ブランはなかなか寝付けなくて風に当たろうと外に出ると、まんまるな月が花を照らして幻想的な風景が広がっている。

「おや、あなたは、ペイントの…」

 背後から声をかけられて、振り返ると、見た事のない男が立っていて、ブランは思わず目を見張る。

「えっと、あの…?」

 目をぱちくりしていると、男はおかしそうに肩を振るわす。

「分かりませんか?私ですよ、タージ」

「え、あ、ああ!た、タージさん!」

「やっと分かってくれましたか」



 ブランが分からないのも無理はなかった。

 何故なら、最初に会ったボロギレを纏っていた男とは全く違う、ゴと言うワンピースとレギンスのような民族衣装を身に纏っているのだ。

「び、びっくりしたぁ、全然違うから…」

「すみません、驚かせてしまって…」

 ブランの反応がよほどおかしかったのかまだ笑っているタージにブランは唇を尖らせる。

「タージさんは、何しにここに来たの?」

 タージはようやく笑うのをやめると、目を細めて月に照らされる花達を見た。



「ちょっと、眠れなくてね。風に当たろうかと」

「そ、そうなんだ…」

 それ以上言葉が出てこず、居心地悪そうにしているブランを見かねたタージは、優しい口調で語りかける。

「綺麗でしょう?私がこの街で一番好きな景色なんです」

 ブランもとても綺麗だと思った。

 自分達の国にだって綺麗な風景はあるのだが、これ程綺麗な風景は見たことがなかった。

「私はね、これだけで十分だと思ってるんですよ。別に、贅沢な料理も、贅沢な住まいも、贅沢な服もいらない。ただ、大切な家族がいて、その家族達と毎日食事ができて、戦争に怯えることなく過ごせる、それだけでいいと思っていたんですけどね。なんで皆、それが不満なんでしょうかねぇ…」



 ブランには、タージがんバニを言っているのか全く意味がわからなかった。

 それを何故自分に言うのかも。

 ただ、その時のタージの顔がとても悲しそうな顔をしていたので、思わず涙が込み上げて来た。

「えっ、な、なんで泣いてるんですか?!私、何かしました?!」

「な、なんでもない!」

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