狩り木
星雷はやと
狩り木
「この植物は、お得意様からの預かりものだ! 丁重に扱う様に! 間違っても枯らしたりするなよ!!」
薄暗いオフィスに部長の大声が響き、俺は目が覚めた。汚いモーニングコールである。しかし、それに応える者は居ない。皆、連日の残業と激務により屍と化しているのだ。
「うぅ……」
俺も例外に漏れず床から起き上がり、自分のデスクの椅子に上半身を乗せた。腕時計を見ると、気絶する前から短針が二つ程進んでいる。思いの外、熟睡してしまったようだ。今日の昼までに必要な資料の作成があったことを思い出す。
「はぁぁ……」
鬱々とした気持ちで椅子に座る。同僚が倒れ仕事が積み重なることはあっても、俺が倒れても代わりに仕事をしてくれる人は存在しない。何故ならば俺は、この中では一番の新人だ。体力・気力ともに溢れる若者だと認識され、馬車馬の如くこき使われている。
皆からは『生贄』という不謹慎なネーミングで呼ばれているが、ボーナスの為にその理不尽を受け入れているのだ。
「日の光を当てんか!! 馬鹿ども!!」
部長がブラインドを乱暴に開け、日光を浴びた同僚はゾンビのような呻き声を上げた。窓辺に置かれた鉢植え。枯らすもなにも、元々枯れているではないか。葉も花も無く、茶色の割り箸のように細い枯れ木だ。部長は幻覚でも見えているのだろう。
預けたお得意様はきっと我が社に嫌がらせをしたいのだろう。そしてその余波は、最終的に『生贄』である俺に影響を及ぼすことは確実である。枯れ木ならば、世話をする必要もない。今後、関わることはないだろう。俺はパソコンへと手を伸ばした。
〇
「なんで俺が……」
俺は如雨露を片手に、隠すことなく愚痴を呟く。今現在、俺は居候の枯れ木に水を与えている。何も自ら進んでのことではない。部長が行方不明になった為、『生贄』として居候の世話をしているのだ。やはり部長は幻覚が見えていたのだろう。
猫撫で声で枯れ木に話しかけるのも、お姫様のように扱うのにも目を瞑るから早く帰って来て欲しい。部長の仕事の皺寄せが俺に来て、此処一週間家に帰れていないのだ。
「あ……新芽……」
鮮やかな新緑の葉が一枚、枯れ木に芽を出している。不毛の地に芽吹いた一葉だ。水を浴びたそれは、キラキラと輝いた。
〇
「……成長期か?」
俺は今日も如雨露を片手に、感想を口にした。青々とした大きな葉を沢山茂らせた植物。元枯れ木である。オフィスの同僚が行方不明になる中、居候中の植物は成長期を迎えた。部長が居なくなった途端に芽吹いたところを見ると、部長の存在が成長の妨げであったことが分かる。農家でも作物を美味しく育てる為に、音楽を聴かせると耳にしたことがある。逆の効果を齎すとは流石は部長だ。
「……? 蕾か?」
小さな蕾が一つ出来ていることには気が付いた。どんな花が咲くのだろう。楽しみだと思いながら、更に如雨露を傾けた。日光に照らされ、まるで踊るように葉が輝いた。
〇
ぱきぱき。
「……ん?」
俺以外誰も居ないオフィス。背後から発せられた音に、俺は振り向いた。しかし誰も居ない。
ぱきぱき。
「? なんだ?」
再び同じ音が響き、俺は気になり椅子から立ち上がった。音に誘われるように、進むと件の居候の前に辿り着いた。
「蕾が開くのか?」
如何やら音の発生源は、白い蕾のようだ。初めの頃は小さかった蕾も、今ではすっかり成長し人の頭ぐらいの大きさになっている。本来ならば終わらない仕事に取り組まなくてはいけないが、不思議と仕事をする気が起きない。呆然と立ち尽くしたまま、満月の光を浴びる蕾を眺める。
ぱきぱき。
「……あ……」
蕾がゆっくりと開くと、中の何かと目が合った。
〇
「貴様らぁ! 寝ている場合か!? 馬車馬の如く働け!!」
明るいオフィスに部長の大声が響き、俺は目が覚めた。汚いモーニングコールである。
「うぇ……あれ? 部長何時お戻りに? 件の植物はお得意様にお返ししたのですか?」
僕は重い身体を引きずるようにして、床から立ち上がり疑問を口にした。
「あ? 儂は何処にも行っておらんわ! それにお得意様に植物好きな方はおらん! 寝ぼけているのか!? さっさと顔を洗ってこい! そして仕事をしろ!!」
「……は、はぁ……」
部長は俺の質問に、眉をひそめると怒鳴り声を上げた。目の覚める大声だ。俺は逃げるようにトイレへと向かう。
確か部長が枯れ木を預かり、部長と同僚が行方不明になった筈である。しかしそれは否定されてしまった。疲れて長い夢でも見ていたのだろうか。
「……あ……」
ブラインドが開いた窓辺に、不自然に円形の跡が残っていた。
狩り木 星雷はやと @hosirai-hayato
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