変愛異
白神天稀
変愛異
「お兄ってさ、ほんと一人だけで解決しようとするね」
妹との久々の会話はそんな一言から始まった。
「責任感が強いって言えば聞こえは良いかもだけど。学校で起きてたいじめ、なんで私たちに言わなかったの?」
言うほどでもなかったからさ。別に気になる程度じゃなかったから。
「はぁ、なんていうか、お兄はマイペースよねぇ」
人に興味が無いだけだよ。特に毒にも薬にもならないような人達に関してはね。
「いや十分毒だったでしょ。あれだけ陰口言われたり舐めた対応されてたんだから」
彼らに意識を向けること自体が面倒だったからさ。それにこんなに可愛い妹がいることだし、学校の人間になんて興味ないんだよ。
「は、はぁ!? 何言ってんのよ急に」
はは。そんなに嬉しい反応してくれるなら、俺もそっちに行っちゃおうかな。
「ふザけルナ」
あはは。
「フザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナ」
ごめんごめん、今のは俺が悪かったね。
「フザケ……たこと言わないで。そうやってマイナスなことばっかり言ってると、こっちは抑えも効かなくなるのよ」
苦しそうにサヤは息を荒らげていた。
無理させちゃったね。ごめんサヤ。
「げほっ、えほ、分かれば良いのよ。お兄はいつも楽観的なんダから」
これはちゃんと直さないとだね。
「人を呪ワば穴二ツって言うでしょ? もうとっくに自分でかケた呪いが跳ね返ってきテルから、結構混ざっちャってるの」
そうなんだ。じゃあ手遅れってことなんだね。
「ソう。本当ナら関係者じゃナクテモ無差別に祟っちゃイソウナんだヨね」
――いやあああああああああああああああ。
遠くから悲鳴の残響が聴こえる。あれは確かクラスメイトの、名前は……藤堂だか円堂だかって名前の女子、だったような。
「さて、あトハ一人だケネ。これデ最後だカラ気張んナキゃ」
サヤは鳥居の向こう側へ歩いていく。ゆっくりと、ゆっくりと、光の中に消えていく。
「じゃ、もう行くネ。自我が残ってるうちに全部終ワラセルかラ」
またね、サヤ。
「……ちゃント、カミサマに救ワレテネ。大好キナお兄チャン」
※ ※ ※ ※ ※
さやが目を覚ましたのは、それから四日後のことだった。
「さや。具合はどうだ?」
「大丈夫よ父さん。お陰で良い調子」
いつもの巫女衣装ではない、ただの病衣を身につけたさやは頬が少し痩せこけていた。目元のくまも残っている。かなりの疲労が蓄積されている様子だった。
「藤崎さんはどうだった?」
「意識を取り戻したよ。お前が祓い終わった直後に」
「そっか、安心した。あともうちょっとで手遅れだったからね」
「ところで、例のものは一通り回収してきた」
「お兄の儀式には、結局なにが使われてたの?」
「聞くに絶えないと思うが」
「いいよ、聞かせて」
「……お前の写真、髪の毛、爪、唾液、経血、衣の端。一つでも揃えば持ち主を祟り殺す危険な呪物と化していた」
「っ……」
「私の責任だ。神道に身を置きながら息子を、お前の兄を、私怨で人を祟り殺す怪異にしてしまった」
「そう気負わないで父さん。私も巫女だから分かる。あれは、兄さんはもう人じゃなかった。人の理では理解できない災いそのものよ」
――お兄は半年前、自殺した。原因はあのいじめ。けどそれはいじめの辛さに耐え兼ねてのことじゃない。
そうだね。
「自死によって呪いを生み、怪異となってクラスメイトを呪殺しようとしたなんて……」
「すまない。神社の次期当主として育てるため、アイツに呪術まで教えてしまった事が原因だ。息子の資質に期待するあまり、内に秘めた邪心を見抜けなかった」
そうだね。
「たった一言、お前のことを嘲るような物言いをした。その一言でアイツは、笑ったクラスメイト全員を呪殺で……にわかには信じがたかった動機だ」
「ええ、狂ってたわ」
そうだね。
「お兄はさ、最初からあんなに壊れてたのかな?」
「分からない。それこそ生来の気質なのか、何かがきっかけで壊れたのか。ああ、私は父親失格だ」
そうだね。
「さやに対する愛情は異常だった。兄弟愛でも恋愛感情でもない。それこそ一種の信仰に近かったのだと私は思う」
「うん。だってお兄、最後は混ざり合ってたよ。土地の神様も、家の式神も取り込んで、お兄そのものが大きな呪詛に……最後はわたしの言葉もちゃんと聞こえてなかったんじゃないかな」
「物の怪になってしまえば、な。人の声も心も届かなくなる。鳥居の結界がアレだけ摩耗したということは、そういうことだろうな」
そうだね。
「おそらく私の代では鎮め切れないだろう。辛いだろうが、お前の代までアイツを祀って鎮めよう」
「覚悟ならできてるよ。あんな化け物になっちゃっても、お兄のこと嫌いになれなかった私にも少しは責任あるし」
「さや……」
そうだね。
「だが呪殺対象だったクラスメイト達は助けられた。最初の者たちは間に合わなかったが、ひとまずは一件落着といったところだ」
「ところでさ」
「ん?」
そうだね。
「さやの隣にいるお兄ちゃんはさ。もうお兄ちゃんじゃないのかな」
「ソウダネ」
そうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだねそうだね。
変愛異 白神天稀 @Amaki666
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます