思いのたけを、言の葉にのせて

DITinoue(上楽竜文)

カギカッコのカセットテープ

「はぁ……」


 底の知れない黒の成分の上澄みだけを、溜息として吐き出す。それでも、重く黒いモヤモヤは抜けることのなく、底からどんどんと積もって来て、何も背負っていないのに千春ちはるの身体を重くさせる。

 二十歳になって、修行を終えて独立。昭和レトロなものを売るショップ「タイムトラベルショップ 手ぬぐいや」を創業した。

 ずっと住んできた音里根ねりね市の山の麓に手ぬぐいやを建てて一カ月が経ち、ほとんど収益が無い。地方新聞で数回取り上げられた時こそ、客が来たが、今では一日のほとんどが、帳場で本を読む時間に変わっている。

 財産もだんだん少なくなって、補助金だけではかなりきつい。商品の増量もこのままでは叶いそうにもなく、それどころかあと数か月店を続けられるのか、という瀬戸際にいる。

「あぁもう!」

 どうも本を読む気にもなれなくて、千春は帳場の机を叩いた。そのまま、机に突っ伏した。独りでに目が染みてくる。鼻にはツンとした感触。ひた、ひた、と、明治時代に作られた栗の木の机に滴が落ちる。帳場格子に囲まれた内側にいる千春の心は、人知れず世間とはかけ離れたところにあった。


 カランコローン


 と、のんびりしたぎこちない音が来客を知らせる。千春は慌てて顔を上げ、着物の袖で目元を拭った。

「こんにちはー、郵便でーす」

 声は高めで、皺多めの善いおじいちゃんといったような人が、エーよんサイズの茶封筒を届けてくれた。

 そう言えば、まだポストを置いていない。

「おっ、この置物可愛いですねぇ! ちょっと買って行っても良いですか?」

「え?」

 彼が指さす先には、トロンボーンの木彫りの置物があった。

「あっ……」

 数年前の記憶がよぎる。声を枯らし涙を枯らし、春の冷たくも温かい風が髪をさらっていく感覚がまざまざと蘇ってきた。

「は、はい、八百五十円になります」

「高っ。まあ、いいや。それくらいなら持ってるし……」

 もちろん、手のひらに置けるサイズの置物がこんなにも高いのには、しっかりした理由がある。

 善いおじいちゃん風の配達員は千円札を置いて、すぐにトロンボーンの置物を手に取った。

「おつりは良いよ。職務中に買い物したって言うのもあれだから、内緒にしといてねー」

 にっこりと笑って、いそいそと店を出ていった。

 再び、小さな店で独りぼっち。

 笑うと消えるほど細い目に、ある男の面影が重なった。


 届けられた封筒の宛名には、田浦大和たうらやまととあった。田浦大和と言えば、大学野球で随一の長距離砲として名を轟かせた男。

 これ以上無いタイミングで届いたそれに、どんなギミックがあるのかと胸を高鳴らせながら、千春は封を切った。

 まず出てきたのは、白地に茶色の罫線が引かれた、レトロな便箋。周りには、白やピンク、赤、オレンジと色とりどりの、小さな花がいくつか集まった、ヒガンバナに似た花が便箋を飾っている。

『俺は夢を叶えた。健四郎も夢を叶えた。次は千春が夢を叶える番だ。あの日の記憶と、まだまだ甘酸っぱい想いを胸に、また音里根市に帰ります。紫苑しおん町より愛を込めて。大和』

 便箋のほとんどを余している、ガサツな男っぽい字で書かれた文面を見て、私は胸の底から何か強力なエネルギーを持ったものが吹き上がってくる気がした。

 あと二つ入っていたのは、カセットテープとレコードだった。

 カセットテープには『送り返す歌』と書かれたシールが貼っており、レコードの箱には『IBASHO Fast.Record 「未来への伝言」』と書かれている。

 ――もしかして。

 千春はレコードプレイヤーを奥から引っ張り出してきて、クルクルと回るそのレコードに、すとん、と針を落とした。

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思いのたけを、言の葉にのせて DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555

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