第2話:夏休み間際なのに

「—— 広大な文学的小説の宇宙世界に向かって」

 そんなことを言ったのは昨日の出来事。

 早速二人は最初の月の行きたい場所の案を出し合っていた。

 そして彼らは完全に忘れていた。

 今日は昨日の部室のチェックだと言うことを。

「……で、こう言うところはどうですか? 海産物が美味しいらしいですが」

「それは魅力的だね。ぜひ行ってみたい」

 現在も散らかっている。

 主に散らかっている要因は昨日の原稿用紙ではなく、冊子。

 表紙に「九州」や「北海道」と書かれたそれは、旅行ガイドブックだった。

 それが今は山積みではなくとにかく散らばっている。

 コツコツとハイヒールの音が聞こえるが、彼らには聞こえていない。

「あとはここなんか穴場スポットらしいですよ」

「へぇー。こんなところが。意外かも」

「だから穴場なんじゃないですか?」

「そっか」

 ノックがかかるがやはり気がついていない二人。

 そして勢いよく扉が開くと——

「で、こんなところも——」

夏露なつろくん、先生が……」

「あ……」

「…………」

 振り返るとそこには鬼神の顔をした先生が目の前にいました。

「お前ら、片付けはどうした?」

「「…………」」

 目の前に広がっている世界は混沌カオスと化した冊子の散りばめられた亜空間。

 昨日掃除した意味がなくなるほどに散らかったその部屋は、先生というなの神が激怒するほど汚かった。

「こらああああああ! 二人ともおおおおお!!!」

「「ごめんなさいいいい!!!」」

 二日後にまた説教を喰らうとか勘弁してほしい。

 説教自体は長くはなかったし、先生も呆れていた。

「全く……いくら部活がゆるいからってこんなんじゃ人気が出るのは遠い先だな」

「そんな……」

「先輩、これが現実です。逃げ道はないです」

 すると、キッと睨まれた。

「そもそもの話の元凶、夏露くんでしょ」

「それもそうですね」

 ここは否定しても意味がない。

 逃げるしか——

 すると腕をガシッと掴まれた。

「逃げようとしても無駄だよ? 目の前に先生がいるし、靴は先生の後ろにある靴箱から取らないといけないから逃げ道はないよ」

「くっ……。なすすべなし、か……」

 これは、命を狙われている将軍の気持ちがわかる。

「なす術なしとか言ってるけど、最初から君に人権なんてないから」

「えぇ……」

 まさか人権すらなかったとは思えない。

 人権はせめてくれよ。

 何かに察したのか、先輩があわあわし始める。

「あ、えっと、その、そんなつもりはなくて……冗談のつもりで……そんな捨てられた子犬みたいな顔しないで……ごめん……」

 逆に先輩が捨てられた子犬みたいな顔してますけどね。

 たまに、この女性ひとの言いたいことがわからなくなる。

 からかい始めたり、人権否定し始めたり、慌て始めたり。

 この人のことを一瞬でもかわいいと思った自分を殴りたい。

 そして目の前に先生がいることを完全に忘れて、自分たちの世界に入っていると——

「ん゛ん゛。とりあえず、冊子を片付けてくれ」

「「はぁい」」

 ——先生の一言で我に帰りました。

 それもそうですね。

 致し方なく片付けを始めた俺たちは、必要な部分に付箋を貼り、本を閉じていく。

「夏露くん、兵庫県取って」

「はい」

 この先輩は欲しい本の名前を全て覚えている。

 と言うか単純に47都道府県全て覚えているだけな気もするが、本をしまう時に州別、名前順に一瞬でするのがとてもすごいところだと思える。

 しばらく片付けて、一通り綺麗に見える部屋になった。

「とりあえず今回はそんなもんでいいか。いいか朱鷺野ときの。自分の部室があるのは嬉しいことだしその部活内容に夢中になるのはいいことだが周りに気が付かないと意味がないぞ」

「すみません」

「次からは気をつけてくれ」

 そう言って先生は部屋を出て行った。

「はぁ〜。やっと終わった」

「うちの部活の先生も厳しいですしね」

「部活っていってもこれはちっぽけなサークルみたいなものなんだけどね。二人しかいないし、大半の人は読む側だし」

「そうですね。……次の話書かないとなぁ」

「私はこの文書に不備や齟齬そごがないか確認してみるね」

 そう言って作業に入る二人。

 俺はパソコンでひたすら打ち込み、朱鷺野先輩は自分の書いた文章を確認している。

 俺はこの静かな空間が好きだ。

 互いの息遣いや紙をめくる音だけが聞こえる。

 だけど不思議と嫌な変な感じがしない。

 その空間が俺は好きだ。

「……ねぇ、夏露くん」

「なんですか?」

「私、好きだわ」

「え」

 いきなりのことなのでかなり驚いたが、一瞬でそのことと理解する。

「言葉足らずで申し訳ない。私、この空間が好きだわ。うるさすぎず、静かすぎず、ただ互いの息遣いと紙の音だけが聞こえる空間が」

「わかります」

「クラスにいるとどうしてもうるさすぎてイライラしてしまうし、図書館だと人が多すぎてムキになってしまうけど、ここだとそれのどちらの中間もになっている。だから私はこの空間が好きだわ」

「めちゃめちゃわかります」

 確かに、教室だとクラスメイトが騒音となってわずらわしいと感じてしまう。

 しかも、図書館や公民館といった場所だと人が多すぎて人疲れしたり、子供達の元気な姿な疲れてしまうことがよくある。

「それと、私が好きなのはもう一個あってね」

「え」

 しかし、急に先輩の顔が真っ赤になった。

「それはーー……ま、そのうちってことで! 気が向いたら教えるね!」

「えぇっ!?」

 はぐらかされてしまった。

 またこの人がよくわからないと思う瞬間だ。

「まぁ、及第点ってところ、かな……」

「え?」

「んーん、なんでも。それより夏露なつろくん」

「はい」

「今度の土曜日って空いてる?」

「土曜は暇ですが……。なにかあるんですか?」

「んー、まぁ、うん。今日は木曜だから明日伝えるね! じゃっ、私は帰るね!」

「はぇ?」

 そう言って荷物を持って帰ってしまった。

 朱鷺野碧莉あの人のことがよくわからない。

 わけもわからずして迎えた金曜日。

「先輩? 俺に何を言いたかったんですか?」

「んー? 私そんなこと言ったっけ?」

「は?」

「ってのは冗談で」

「絶対今弄びましたね?」

「明日、土曜日に、私と文学的宇宙小説の世界のために最初は近所のアクアランド? ってとこに行こうよ! 私、そこに気になってたものが結構あるから、いってみたい!」

 アクアランドといえば近所でも有名な遊園地兼ショッピングモールだ。

 この付近一大きい施設で、友人や恋人、家族と共に行くことが多い。

 まぁ、そこなら最初の旅行……とまではいかないが、二人の小遣いの範疇で買えるものもたくさんあるし、ちょうどいいのではないかと思う。

「……わかりました。いきましょう。ただ、俺は言いたいことがあるので待っててください」

「ほんと!? やったー!! ん? 言いたい事?」

「それはまぁ、後日ってことで……」

 うさぎのようにぴょんぴょん飛び跳ねる姿が可愛らしい。

「それと、お忘れなようですが、明日から夏休みだけど、体調管理は怠らず、寝坊もしない、部活にはちゃんと顔を出すこと! いいね?」

「もちろんです。夏休みなので書きたいものを一気にかき集めていきましょう」

「その域だよっ」

 そうして握手を交わす二人。

 なんか、総理官邸とかのニュースで出てきそうだけど、まあ仲が良いようにも見えるし、いいか……。

 先輩は「もう少し書いてから帰るから先帰っててー」と言っていたので先においとますることにした。

 そして、靴箱に手を入れようとして、フリーズ。

 中に手紙というが入っていた。

 この手のイタズラに俺は何度も出会している。

 なので、放棄しようか悩んだが、その手を止めた。

 文書には可愛らしい丸文字で書かれた文面が。

 そして、そこには服をはだけた先輩と隣でワイシャツ一枚で寝る俺の姿の写真が——

「いやアウトだろこれ!? 誰なの……?」


「拝啓、市松夏露殿。この文書を読まれたら直ぐに三階天文部に来たりし。尚、この文書を放棄、あるいは無視して帰宅した際、貴方のこの写真をインターネットという大海原に貴方とその先輩の実名と共に公開するので悪しからず」


「なんだこれ……」

 わけもわからないが、顔つきフルネーム、しかも本名をインターネットに公開するのは大変よろしくない。

 なので仕方なく向かうことにする。

 三階は実習棟と呼ばれ、いろいろな実験、実習などをするときに使う教室が多々ある。

 特に名を挙げるのであれば家庭科室、化学実験室、そして天文室。

 そして、去年までこの学校のカリキュラム、文系の人は天文学を必修でその時に天文室を使用していたが、今年からカリキュラムが変更になり、天文学はこの学校から消え失せたため、部活だけに使用することとなった。

 そして、天文室に着いたが、誰もいないのか、部屋が暗幕に包まれ、人の気配がしない。

「すいませーん。手紙読んできたんですけどー……。誰もいないのか?」

 すると、ガタッと音を立てて何かがこちらに向かうことがわかると、次の瞬間、押し倒された。

「っつう……何事……」

「動かないでください」

 ピシャリと放たれたその口調には、冷たさや無慈悲さを感じた。

「あなたは誰なんですか? そしてなんでここはこんなに真っ暗なんですか?」

 腹部に誰かが馬乗りになると、その人は言った。

「えっと、その、好き、なんです……」

「は?」

「だから、遠巻きでずっと見てたんですけど、だんだんと、その、気持ちが抑えられなくて……。だから、その、好き、です……」

「…………」

 その声の主はかなりの幼らしいような、そんな声質だった。

 かなり照れたように発言されたその言葉は、耳まで赤くなっているのが真っ暗な部屋でもわかる。

 なんていうか、言葉にうまく表せなかったけど、可愛かった。

 姿が見えないのが残念だが。

 でも、今俺は彼女を作ろうという概念はなく、そもそも小説が彼女みたいなものだから——

「えっと、ごめん……。俺今誰とも付き合うつもりがなくて……。あ、あなたが悪いとかそういうことじゃないよ? でも、気持ち的に余裕がなくて、誰とも付き合うつもりが……いや、嘘。盛大に嘘。彼女は欲しい。だけど、あなたがどんな人かまだわからないから怖くて付き合えないだけ。だから、ごめん……」

「…………」

 彼女? はただ何も言わずに聞いている。

 話を遮ることもなく、ただ、静かに聞いている。

「……わかりました。なら、私を知ってもらうまでです」

 そう言って腹部が解放され、明かりがつけられた。

 目の前に現れたのはウサ耳フードのついた白いパーカーをきた小さな少女。

「私、一年の子七海こななみうさぎって言います。今回は天文室に呼び出したんですけど私はどこの部活にも入ってなくて、たまたま夏露先輩を見てたらいつのまにか夢中になってて……。なので、私も小説研究部に入ります!」

「俺の部活に入るのは勝手だけど、一人月一本、小説を書かないといけないよ? それは平気? 読むだけってのはあまりよろしくないって朱鷺野先輩が言ってた」

「そこは抜かりなく。私はあくまで文学面においては他者が追いつかないぐらいの頭はあります。特にいえばこの間提出した読書感想小論文において校内金賞取ったの、先輩は見てないんですか?」

「ごめん、全然興味なかったから見てなかった」

 ありのままの事実を伝えると、彼女は少し泣きそうになった。

「うぐっ……。ま、まあ、私は金賞を取るぐらいに文才はあるんです! だから平気です! 入部届ください!」

「わかった、だけど先生に言ってもらってきてね。だけと提出は夏休み間でもいいからね」

「わかりました! ではお先に失礼します!」

 そう言って彼女は天文室をダッシュで出て行った。

 俺の言葉に一喜一憂する彼女は可愛いな、そう感じていた。

 まあ、とりあえずは明日の方に集中しないとな。

 そう思って帰路についた。















R6/1/11:加筆修正を行いました。

R6/4/8:加筆修正を行いました。

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君と私の銀河系 小日向 雨空 @KohinataUla

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