君と私の銀河系
小日向 雨空
第1話:君と私と学園と
「……ねえ、
「なんですか? 先輩」
「学生の休み時間って貴重だと思うんだけど」
「そうですね」
「なのに……どうして私たちは部室の掃除なんかしてるの?」
「先輩が散らかしたからですよ」
先輩と呼ばれた女子生徒はありのままの事実を告げると不服そうにそっぽをむいた。
つい先日、この部活である『小説研究会』と呼ばれる部活の部屋、通称部室が大半の原稿用紙で散らばっていることを部活の顧問が発見。
直ちに先輩——
単純だがこの人は一度集中すると周りが見えなくなってしまうほどに夢中になる。
ちなみに、どれほど散らかっていたかと言えば、本気で足の踏み場がないほどに原稿用紙(400字詰め)で床が埋め尽くされ、机には気に入ったエピソードと内容が書かれた原稿用紙がクリップ留めされ、山になっている。
「……そもそも、先輩。また熱が入ってこんなことになったんですか? 前回の掃除から二週間ぐらいしか経ってないのに」
「部室の掃除をしてくれなかった夏露くんにも原因はあると思うんだけど?」
「いや、そもそもいつから俺が掃除屋になったんですか。俺も部員の一人ですよ」
「そうだったね。八割冗談だよ」
「二割は本気だったのか……」
この、
服装はここの生徒とは思えないほど制服を着崩しており、制服の上に夏用セーターとぶかぶかのフード付き夏用コートを着ている。
夏用コートは日焼け防止なのだそう。
ぶっちゃけ、女性に興味は毛頭ないのだが、この
というか、なにをやらかすかがわからない恐怖心のほうが大きいだろう。
「先輩、コンテストの結果はどうだったんですか? 先輩のことだからまた入賞もしてないんだろうけど」
「…………ノーコメントで」
「その回答は悪かったと言うことで認知していいやつですね?」
「好きにすればいいと思う。夏露くんには関係ないし」
「なんか今日の先輩は治安が悪いなぁ。なんか嫌なことがあったんですか?」
原稿用紙を拾いながら雑談を交わす。
「現在進行形で嫌なことが起きているのだけど?」
そしてなぜか俺が先輩の
それはなぜだかよくわからないが、申し訳ないので謝っておく。
「それは、なんかすみません」
「ま、謝罪があるだけまだマシだよ。他の最低な人は謝罪もなく『言われなくてもわかるだろう』と言って自分の価値観を無理やり押し付けようとするからね。そう言った点では夏露くんは合格」
褒められてるのか貶されてるのかわからない言葉に苦笑いしかできない。
先輩は礼儀作法や一般的常識にはかなり厳しい。
自分にも相手にも。
それ故、育ちが高貴であることが容易に想像できる。
実際に先輩の家系は貴族だったらしく、身分の高い者として親しまれてきた。
それが代々的に伝わり、今も家計には困っていないらしい。
以前、先輩の家にお邪魔した時、働かなくても暮らせるぐらいの財産はあるのにも関わらず、両親は「自分らが働かないと言う選択肢はない」などと抜かし、現役バリバリで働いているそうだ。
自分の会社を立ち上げ、
「そう言えば先輩」
「なに? コンテストの話をまだするの?」
「いえ、また大量に積まれた原稿用紙がありますけど、何話分ぐらいあるんですか? これ」
先輩は文学少女と呼ばれる物語などの能力に長けている人に当てはまり、一週間で数万字は余裕で書けると言う。
ただ、直筆の字の綺麗さには自信がないらしく、パソコンで書いてからそれを印刷すると言う手法をとっている。
先輩は原稿用紙を手に取り、パラ見で数える。
「ざっと十話くらいで二十万文字、文庫本サイズで七百ページぐらいかな。直近二週間はガチで作ってたからね」
「相変わらず物凄い分量書いてますね。すごいしか言葉が出てこないです」
そこまでかけるのになぜ入賞にかすりすらしないのか。
一般的に、Webや同人誌で販売しているものが出版社から声をかけられて有名小説家になる確率は東京にある日本一の大学を合格するよりも可能性が低いらしい。
千五百〜二千五百の応募数の中で書籍化する確率は一〜二作品、単純計算で千倍〜八千倍と過酷すぎる道のりだ。
そして、この人——
「もういっそ直接出版会社に持っていっちゃおうかなと考えているんだけど、
「まあ、直近で本屋に本を出したいって言うなら有効な手段だとは思いますけどね。あとは先輩がどうしたいか、だと思います」
「どうしたいか、かぁ……」
突っかかるところがあるので聞いてみる。
「先輩が小説を書く理由ってなんですか?」
「私が書く理由は——」
先輩
誰のため、とか、これを
要はただの趣味だと言う。
なんとも意味のわからない理由だが、なぜか納得できてしまった。
「わかります。俺もそんな本気で注ぎ込めるものが少ないので、気がついたら小説を書いているんですよね」
「まあ、そう言う感じだね。プロ目指してないけど中途半端は己が許さないみたいな感じ」
同じ趣味だから、なのだろうか。
話がつながりやすくて助かる。
ちなみに、俺は一話を時間かけて書くタイプで、一話は大体三千から五千字ぐらいとそこまで多くはない。
逆に、先輩は一回アイデアが出たらガツンと進めるタイプらしく、一区切りつけようと朝初めて気がついたら深夜に、
「私ね、あなたに感謝しているのよ?」
「えなんですかいきなり」
突拍子のないことを言い出すので少し恐怖というのか、驚きを隠せない。
「夏露くんが入学した時、私ってひとりぼっちで部活の宣伝してたでしょう?」
「そんな時期もありましたね」
その中でも特に十代はスマホがあって当たり前の世界線で、かつ、長文を己の単語、いわゆるネットスラングを使って短文で会話しているため、長文を見ることが疎い。
それでも、先輩は中学生の頃から小説を書き始め、それが今でも続いている、いわば珍しい存在なのだ。
そして俺がこの学校に入学した際も、俺自身は小説は読むだけだったのだが、先輩に必死に懇願され、試しで入部して小説を軽く書いてみたところ、それが楽しいと感じるようになり、いまでも続いている。
「あの時、
先輩とは思えないほどラフな会話。
先輩とは思えないほどラフな格好。
それでも、俺はこの先輩が好きだ。
もちろん、恋愛的な意味ではなく、友情的に。
先輩と共有した時間を過ごすのは楽しかったから。
この広大に広がる趣味の世界の中で「小説」というひとつの趣味を教えてくれたから。
その感謝はいつになっても忘れない。
その感謝から、ひとつの提案をしてみる。
「先輩」
「? なーに?」
「どうせ学生なのであれば、もう少し学生らしいことしませんか?」
「と言うと?」
「言っちゃあれですが、小説はスマホでもパソコンでもいつでも書けます。それでいて、小説家の死活問題といえば『ネタ切れ』なので、ネタ切れにならないように色々な学生にしかできないことをするんです」
「学生にしかできないこと……」
仮定での話を進める。
「例えば、ですよ。常に新たなネタを出すために、月一で全国のどこかに部費で行ってみる、とか。どうせ先輩のことだし部費は余りまくっているのでしょう?」
「そうだね、部費は今手持ち無沙汰にはならないぐらい余ってるね。月一ぐらいなら直近五年先までは日本ならどこでもいけるぐらい余裕はあるよ」
「五年先は俺も先輩もいないですね。でも、そのくらいお金が余っているのであればぜひ行きましょうよ」
この学園の部費は四月に一気に渡されて、そこから必要経費を各自で落としていくスタイルであり、あくまで主体である学生が好きに使っていい、というぐらい軽い。
だが、足りなくなることはよくあるらしく、追加で一部活で十万程度なら渡せるぐらいの貴族学園なのだ。
「それは……いい発想だね。ただ、男女一人ずつだと何かの事象が発生したら責任は取れないけど?」
「最悪どちらかの親を連れて行けばいいと思います。責任者とまでは行かないけど予期せぬことが起きないようなボディーガード的な意味合いです。あとはもっと部員が増えてくれるのを祈るしかないですね」
「なら、部員がある程度増えるまでは私のパパを連れて行く。男の人だし、私も夏露くんも結構仲良いし」
「それで行きましょう。広大な
そうやって、ひとつの約束が交わる。
小説は宇宙の数のように数えきれないほどの作品がある。
それと同じように、今まで没になった作品も、公開されていない作品だって多数ある。
おそらく数では起こせないほどの大量の作品が。
このお話は、ひとつひとつに驚き、そして感動を受けた私の日記だ。
それと同時に、私はこの頃からずっと彼のことが気になっていた。
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