十一月号
「ねえ間淵くん。大スクープなんだけど」
「へえ、なに?」
「転校することになっちゃった、私」
室内に響いていたタイピング音が止まる。キーボードの上で僕の指が固まっていた。
ゆっくりと彼女のほうを向く。制服のベストが良く似合っていた。秋らしい。
そんなことどうでもよかった。
「え、いつ?」
「二月だって」
「なんで?」
「親の転勤。よくあるやつ」
「なんとか」
なんとかならないの?
そう訊きかけて言葉を止めた。白水が僕にネタを持ってくるときはいつも裏取り後だ。今回もきっとそうだろう。
事実が確定したから、彼女は僕に話している。
「親が昇格して偉い人になるみたいで、本社に呼ばれたんだって。もっと大きい家に引っ越すみたい」
白水は続ける。目が合わない。
「良いことなんだよ。昨日もお祝いしたもん。レストランでお肉食べて、お洒落なケーキも買ってね。だからさ」
一度、言葉が途切れる。
しかしそれはすぐに繋がった。
「……残りたいとか、言えなかった」
泣くかと思った。けれど白水は泣かなかった。泣き顔なのに涙は出ていなかった。
どこか別の場所で、すでに流れ尽くしてしまったのかもしれない。
「……そっか」
もし白水がちゃんと自分の気持ちを伝えたとして、高校生の娘一人を残して引っ越すだろうか。ましてこれだけ整った顔立ちをしているのだ。僕が親なら無理矢理にでも連れていく。
そうなったら、子供は親の言うことを受け容れるしかなくなる。普通の高校生に親の反対を押し切って一人で生きていく力なんてない。
これが現実。この世界には超能力も特殊設定も存在しないし、剣や魔法はフィクションだ。
いつも僕らは無力で、なのに青春は容赦ない。
「二月まで、よろしく」
なんとかそれだけ答えると白水は僕を見た。僕は目を逸らす。
しばらく静かな時間が二人の間を流れた。
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