七月号

「うわあ、なんか感動……!」

「白水さん毎月それ言ってる」

「何回目でもやっぱりモノが出来上がってくると嬉しいんだもん」

 ぴょこぴょこと小さく跳ねて、彼女のブラウスの袖先が揺れる。「なんで跳ねてるの」と尋ねると「喜びが足に出るタイプなの」とこちらには目もくれず答えた。

 白水の視線は机の上に積み重なった紙束に釘付けだ。

 紙面には『校内新聞 七月号』と記載されている。

「おお、出来立ての香りがするね」

「インクの匂いだな。さっき印刷したばっかりだから」

「刷りたてをみんなにお届けできないのが残念だなあ」

 彼女のその台詞も前に聞いたことがあった。

 校内新聞の印刷は基本的に土曜日に行われる。印刷したてはまだインクが乾ききっていないため一晩置いて、翌日の日曜日に校内に掲示。週初めの月曜日にはじめて生徒の目に触れるのだ。

「出来立てに触れるのは広報委員の特権だね」

「なかなかそこメリットに思う人って少ないみたいだよ」

「えーそうかなあ。間淵くんはどう思う?」

「この匂いでご飯三杯いける」

「変態じゃん」

 あはは、と白水は笑って一番上の新聞をそっと持ち上げた。目を閉じて、紙面に顔を近づける。

 僕が同じことをすればきっと変態に見えるのに、彼女はまるで花の香りを楽しんでるみたいに優雅だ。

「頑張ってよかったなあ」

 白水は嬉しそうに完成した新聞を色々な角度から眺めながら呟く。

 僕の目から見ても、彼女はとても頑張っていた。

 白水が一番力を発揮したのは新聞に載せるネタ集めだ。去年僕が一人で作っていたときは学校行事の話題を中心に掲載していたが「もうちょっとエンタメが欲しいよね」と彼女は言い出し、各方面に協力を仰いだ。

 美術部員に頼んで四コマ漫画を描いてもらったり。図書委員に今月の貸出本ランキングを作ってもらったり。他クラスの女子グループに学校周辺のおすすめスイーツを教えてもらったり。

 その結果、校内新聞の紙面は以前とは比べ物にならないほど華やかなものになった。

「白水さんが入ってくれてよかった」

 もう少しで踊り出しそうなほどの彼女を見て、僕はふとそう呟いていた。

 しまった。気持ち悪いって思われるかもしれない。

 聞こえてなければいいけど、と祈ったが白水は「私記事書くの苦手だから代わりにねー」と答えた。不快そうな様子は見えず、ほっと息を吐く。

「でも、これも間淵くんのおかげだよ」

「え、なにが?」

「前に『大スクープ! 中間テスト全問ネタバレ掲載!』っていうのやろうとして先生に訊きに行ったんだけど」

「無理に決まってるだろ」

「言ってみないとわかんないじゃん。無理だったけど」

 そのときに聞いたんだけどさ、と彼女は続ける。

「去年間淵くん一人だったんでしょ? 広報委員」

「ああ、うん」

「もし去年広報委員がゼロだったら委員会無くそうとしてたんだって」

 その話は僕も聞いたことがあった。

 僕が入学するまで長く広報委員が集まらず、教師たちは校内新聞を廃止しようとしていたらしい。

「はじめて知ったんだけど、私新聞つくるの結構好きみたいでさ」

 白水は手に持っていた校内新聞を僕に向ける。

 そして、花が咲くような笑顔を見せた。

「ありがとね、守ってくれて」

 呆然とした。そんな風に思ってくれてたとは。

 僕はただ人のいない委員会に入りたかっただけだ。それが広報委員だっただけ。新聞を作るほうが他人と話すより楽だっただけ。

 だから僕はそんな感謝も、笑顔も、貰う資格なんて無いのに。

「じゃあ、二人揃えば最強だ」

 それでも僕は素直に嬉しかった。

 何よりこんなに晴れやかな笑顔を曇らせるのはとても勿体ない気がした。

「うん。これからもよろしくね」

 心底嬉しそうに笑う彼女を、僕は必死に両目に焼き付けた。

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