四月号
どうしてこうなった。
まばらな拍手と多方向からの恨めしげな視線を全身に感じながら僕は困惑した。けれどその事実は黒板にしっかりと書いてある。
広報委員会
「よろしくね、間淵くん」
にこりと人懐こい笑みがこちらを向く。拍手が減って、恨みが増した。
僕はよろしくと小声で返しながら、心ではもうやめてくれと叫んでいる。
彼女はこのクラスのヒロインだ。
彼女の周りだけ照明が調整されてるのではと思うほど華やかな雰囲気と整った容姿で入学初日から話題だった。二年で同じクラスになっただけで他クラスからの男子に羨まれたほどだ。
僕ですら名前を憶えるほどの圧倒的存在感を放っている。生まれた星以外の共通点が見つからない高嶺の花。
そんな彼女と同じ委員会に入った。
委員会は男女一人ずつが参加し、この一年ともに活動することになる。お近づきになるには絶好の機会だ。おそらくこの教室の男子全員が狙っていたであろう椅子に僕が座っている。
いや、座ってきたのは彼女のほうだ。
僕は最初から広報委員会に入ると決めていた。今回だって一番に名前を書きに行った。
その後、僕の隣に名前を書いたのが白水だったのだ。
彼女が動いた瞬間に立ち上がりかけた何人かは再び席に座り、女子も含めてどよめきが起こる。僕は絶句していた。
「ところでさ」
命からがら男子たちの鋭い視線に耐え抜いた放課後。
白水は輝度の高い笑みを引っ提げて僕の元にやってきた。
「広報委員会って何するの?」
だからなんで入ったんだこいつは。
***
「記事は僕が書くから、白水さんは漢字にルビを振って欲しいんだ」
「ルビ?」
「振りがなのことだよ」
「あ、暴走族の
「うん。まあそれでいいや」
彼女の不可思議な納得を早々に受け入れることにして僕はキーボードを叩いた。
隣では校内一の美少女が両手の人差し指で電子辞書をぽちぽちと押している。なんだろうこのシュールさは。そもそも僕の隣に座ってること自体が奇跡的だ。
「ルビってさ、右側に書くんだよね?」
「そうそう。
「へえ。空白に名前あるんだ」
「そこには無限の意味が詰まってるから」
白水はふうんとだけ呟く。
しまった、と僕はすぐに口を噤んだ。ルビも知らない彼女にそんなことを言っても興味ないに決まってる。
放課後のパソコンルームには僕たち以外誰もいない。どちらかが会話を止めれば途端に静寂が訪れた。
去年一人で活動してるときはそれも心地よかったが、今は気まずさのほうが勝る。
「でも校内新聞作ってるのが広報委員会だったとは」
机に置かれた校内新聞のバックナンバーを眺めながら白水は感心するように息を吐いた。
「じゃあ誰が作ってると思ってたの?」
「新聞部とか」
「うちにそんな部ないよ」
「あれえ、そうだっけ?」
彼女は首を傾げた。その様子を見て、羨ましいなと少し思う。
たとえ白水がどんなに適当なことを喋っても周りの人たちは笑ってくれるんだろう。むしろ天然でかわいいと加点にすらなるのかもしれない。
「……なんで白水さんは広報委員会に入ったの?」
「んー?」
広報委員会は仕事が多いと有名だ。
校内新聞は毎月発行され、全クラスと全掲示板に貼り出される。その新聞のネタ出しから記事作成、印刷、掲示まですべて広報委員の仕事だ。
にもかかわらず広報委員会は人数が少ない。去年も僕ひとりだけだった。
そもそも生徒数が委員数に足りていないのだ。誰かが兼任でもしない限り枠は余るようになっている。
結果みんな楽なほうに流れて、面倒な委員会には人が来ない。今年も結局僕たちだけだった。
けど、彼女はここじゃなくてもよかったはずだ。
文章を書くのが好きなわけでもなさそうだし、きっとどこに行ってもみんな大歓迎してくれるのに。
「間淵くんが私に興味なさそうだったから」
何気なしに彼女は言った。一瞬、僕の思考はフリーズする。
……すごいな。それ言っちゃえるとか。
そんなの反感買うに決まってる。ここには僕しかいないと油断したんだろうか。広まる可能性とか考えないのかな。
それに、僕には別に嫌われてもいいってこと?
「そうなんだ」
「そうなの。だからこれからよろしくね」
にこりと白水は微笑む。
どうして彼女が笑っていられるのか僕にはよくわからなかった。
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