右にさよなら、左にまたね
池田春哉
さよなら
「
いつも思ってたけど、と
そんな言葉教えなきゃよかったと僕は少し後悔する。同時に、それを直接言えるのは流石だなとも思った。
「ルビでも振れたらいいのにな」
「あ、懐かしい。よろしく、のやつ」
彼女は形のいい唇に小さな笑みを浮かべた。
きっと僕たちは今同じ光景を思い出してるだろう。行間も、ルビも、僕がこのパソコンルームで彼女に教えた言葉だ。
「でも、ほんとに」
空は夕焼け色をしていて、窓際で表情に薄く影を落とす彼女はとても画になっていた。僕は椅子の背にもたれながらそれを眺める。
窓の外を眺めながら白水は零すように言った。
「自分の言葉にルビでも振れたら、もっと違ったかもしれないなあ」
変わらないよ、どうせ。
胸の内を伝えたところで結局僕たちに大した力はないんだから。
「そうだな」
「あ、また行間」
すらっと真っ直ぐに伸びた彼女の人差し指が僕に向いた。
まるで自分の罪を見せつけられているかのようないたたまれなさに苛まれ、咄嗟にありふれた言葉で壁を作る。
「
「本音が聞きたかったね、最後くらい」
白水は強引に自分の言葉をねじ込んだ。指差していた手をぱーの形に開く。
最後。その単語が耳の奥にひっかかる。
「明日だっけ。引っ越し」
「そ。だから今日でさよなら」
まだ今日は終わらないけどね。
白水は小さく笑いながら、机の上に積み上げられた新聞に手を伸ばして上から半分ほどを抱えた。
「最後までよろしくね、間淵くん」
「まあ僕はずっとここにいるし」
「かわいくないなあ」
白水は美しく苦笑する。僕は立ち上がった。
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