第2話 便
学校が終われば、毎日のように遊んでいた。約束をしなくても、自然と公園に集まっていた。
小学生の大翔は鬼役から身を隠す。茂みで鬼役の様子を確認していた。そこにどこからやって来たのか、真田美咲が声をかけてくる。
「私の合図で缶を蹴りに行くよ」
茂みの隙間から見える向かい側の物陰に、一人の少年を発見した大翔。鬼役にバレないように、陽気な彼はピースを見せる。
美咲が合図をすると、向こうの少年が物音を立てる。鬼役は見事にハマり、音の方へと足を運ぶ。大翔を置いて美咲は走っていく。彼女に気づくも遅かった。地面にポツンと置かれていた缶は勢いよく飛んでいく。
「やった!」
両手を挙げて喜ぶ美咲。大翔はその場で強くガッツポーズをした。
ある日のこと、いつものメンバーは声を上げて笑っていた。おかしなことは何一つない。大翔は美咲の話を真剣に聞いていた。
大翔以外の全員が笑っていた理由は美咲が突然、国をつくると言い出したからだ。
「絶対できる! 私たちの国をつくる!」
美咲の壮大な夢を笑わず、拍手する大翔だったがその行動は逆効果でバカにしていると思われてしまった。
「でも、ありがとう。大翔」
小学校を卒業しても、中学校でも、この先もずっと。大翔たちは一緒にいると思っていた。しかし、別れは突然やってくる。
ひそひそと群がる大人たちの背中を前に、大翔たちの目は美咲の家に向いていた。警察車両に救急車、小学生の自分たちでもわかった。何か事件が起こった。そして、後に知ることになる。美咲と美咲の両親が亡くなった。一家心中――家族揃って自殺した。
信じられなかった。自ら命を絶つなんて、優秀だった美咲なら親であろうと意見を言っていたはず。大人になった今でも、大翔はそう思っていた。
「それで、なんで美咲ちゃんの手紙が」
「俺に聞くなよ。俺だって知りたいよ」
「あんた、何か忘れていることがあるんじゃないの」
「何を忘れるっていうんだ」
十年前の自分が書いた手紙の封を開ける。可愛らしいデザインの美咲と違って、白無地のこだわりが全くない封筒が俺らしい。多分、適当に家を漁って出てきた物を母さんが俺に渡したんだろう。
思い出に浸っていると母さんが遮ってくる。相当美咲の手紙が気になっている様子だ。それはもちろん俺もだ。でも、勝手に手紙を開けていいものか。
「なら、このまま捨てるわけ? 不思議で仕方が無い」
「勝手に開けるのはマズいだろ」
「どうするのよ、じゃあ」
人差し指と中指に挟んで、美咲の手紙をひらひらとさせる母さん。
「じゃあ、俺が読むよ」
母さんはわかった、と俺の手のひらに美咲の手紙を置いた。
《拝啓 十年後の岡辺大翔君へ。
今の私は元気に過ごしています。十年後の私は元気に暮らしていますか? 大翔がこの手紙を読んでいるということは多分、私は大翔ともう会っていないと思う。だって、私がいたら大翔はこの手紙を読んでいないから。
私の好きなことは手紙を書くこと。みんな知っていると思うけど、今まで大翔には書いてこなかった。
私は夢を叶えるために、みんなと会いません。だから、大翔から伝えてほしい。
どうか、私を探さないでください。》
十年後の自分への手紙を書いたのは小学校卒業間際だ。内容を読む限り、たとえ今、美咲が生きていたとしても関係は途絶えていた。でも、それは美咲だけではない。時間が過ぎていく中で、あの時のメンバーとはほぼ会っていない。
「で、なんて書いてあるの?」
しばらく硬直する俺の手から母さんは美咲の手紙を取る。
「なにこれ、美咲ちゃんは死ぬってわかってたの?」
だから、俺に聞くなよって。
しかし一つ気になることがある。最後の「みんなと会いません」には美咲の意思がある。美咲が亡くなったのは卒業後の春休みだった。その間で家族に何か問題が起きた。
あれこれ考えたところで答え合わせができないのに、美咲が戻ってくるわけでもないのに、俺は気になって仕方がない。
「母さん、鈴木先生の連絡先ってわかる?」
鈴木先生――小学六年の頃の担任の先生だ。
「わからないわよ。小学校卒業してからは関わりがなかったもの。学校に問い合わせてみたら?」
その通りなのだが、わざわざ美咲が俺宛に手紙を送った理由を訊ねるのか? 鈴木先生が今も教師を続けているのか定かではない。今の俺と違って、先生は暇ではない。
「いや……もう美咲はいないんだ。俺は俺で今、やるべきことがある」
「なにあんた、気持ち悪くないの? 気にならないの? 美咲ちゃんのこと、好きだったんでしょ?」
「今さ、それ関係ないだろ」
自分の手紙と、美咲が書いた手紙を手に取り、自分の部屋に戻る。テーブルに二つの手紙を投げて、ベッドに腰かける。
正直、美咲のことは頭から離れていた。小学校を卒業して、中学高校と過ごして、大学に進学した。その間でいろんな出会いがあって、ずっと引きずっているわけにもいかなかった。
「なんで今頃になって……死んでから現れるんだよ。おせぇよ」
ずっと後悔していた思いが蘇っていく。いつか伝えよう、いつか伝えよう、今すぐじゃなくてもいい。今日も明日も明後日も、美咲と会えるんだ。なのに突然、美咲はこの世からいなくなった。
俺の頭に浮かび上がる美咲の顔は小学生の、あの頃の美咲だった。
馬覇羅謝に入り浸るようになったのは、小学生たちからヒーロー扱いされるようになったからである。相変わらず、ヨシと同じように俺は「岡辺」と呼び捨てで呼ばれる。その度に小学生たちはヨシから注意を受けている。
もっと上手くなりたいと格闘ゲームをしていると、後ろから「さっさと仕事探せ」とヨシが怒鳴ってくる。
「タダでやってるわけじゃない。ちゃんとお金を払っている」
積み上げた百円玉へ視線を送り、しっかりお金を払っているとアピールする。
「あたり前だ。で、そのお金はどっから出てくるんだ? お前のお金か?」
「もちろん」
「仕事してない奴が自分のお金とか言ってんじゃねぇよ」
「ちなみに俺、学生時代は一人暮らししてたんだ。将来のことを考えて、少しは貯金していた」
俺の言葉にヨシは目を左上へ動かした後、ボソッと「あり得ない」と言う。
「お小遣い貰ったら、すぐに対戦挑んできた奴が」
「それは昔の話だ。今は違う」
「赤井、ひどいぞ」
話を聞いていた小学生が割り込んでくる。
「だから、さん付けか、店長をつけろっつの」
「お客さんは神様なんでしょ」
「はあ? 誰がそんなこと教えた」
「鈴木先生が言っていた」
「誰だよ、鈴木先生って」
レジカウンターに戻っていくヨシ。鈴木先生ってもしかして。俺は小学生に詳しく訊く。
「下の名前? 覚えてない」
そんな俺も鈴木先生の名前までは覚えていない。大概、先生たちのことは苗字に先生をつけて呼ぶ。写真があれば、確認できるのだが持っていない。
「ヨシ! 小学校の時、鈴木先生っていただろ。名前覚えてない?」
「こいつらの担任の名前なんて知るかよ」
「そうじゃなくて、俺たちが通っていた小学校にもいただろ。鈴木先生って」
「鈴木って珍しい名前じゃないからな……あの、鈴木先生か?」
俺は頷き、ヨシの答えを待つ。しかしヨシは止まったままで、なかなか答えない。
「たしかにいたな。でも、名前まではわからん」
鈴木先生の写真が載っているもの、真っ先に思い浮かぶのは卒業アルバムだ。各クラスの個人写真には鈴木先生も写っている。
翌日、小学生に鈴木先生の写真を見せる。顔写真の下には「
「そうだよ! 鈴木先生だ」
まさか、こんなに近くで見つかるとは世間は狭い。こいつらを通じて、鈴木先生と会うことができる。
「えー。イヤだ」
小学生たちの返答は早かった。なんとかして、鈴木先生をこの場所に呼んでもらいたい。
「だったら、岡辺が行ったらいいじゃん。学校に」
俺が通っていた学校と小学生たちが通う学校は違う。母校でもない俺が行くのは間違っている。
「今回はこいつらのいう通りだな。先生に会いたいなら、電話してアポ取れ」
ぐうの音も出ない。俺は諦め、鈴木先生が今働いている学校に電話をかける。取り次いでもらい、明日の夕方に会うことが決まった。
久しぶりに会う鈴木先生は十年の時を感じさせない若さを保っていた。
「で、場所が場所だろ」
再会場所に選んだのは馬覇羅謝である。
「お久しぶりです。といっても、あまり関わりはありませんでしたが」
とヨシが挨拶する。
「名前は聞いたことあるよ。まさか、悪ガキだった赤井良高が一つの店の店長とはね」
「できれば、忘れていてほしかった過去ですね」
笑顔で答えるヨシ。
「鈴木先生。六年の頃に書いた十年後の手紙が届きました」
無事に手紙が届き、安心する鈴木先生。どうやら、手紙の存在を忘れていたらしい。
鈴木先生に例のことを訊く。
「真田のことな……多分、俺のせいだ」
「どういうことですか?」
その理由を答えるのに渋る鈴木先生に俺はもう一回訊いた。
「実はな、真田は卒業後、引っ越しすることが決まっていた」
初耳だった。当時のことを鮮明に覚えているわけではないが、引っ越しする素振りを見せていなかった気がする。
「別れが辛くなるから、と話していた。でも俺は何もないのは酷いと指摘した。岡辺たちの仲を知っていたからだ」
それでも美咲は頑なに自分の考えを曲げることはなかったという。そこで丁度、十年後の手紙を書く授業があった。美咲は十年後の自分へ宛てた手紙を俺のもとへ送るよう、鈴木先生に伝えた。
「手紙は読んだんだな?」
「はい。手紙には自分の夢を叶えるため、俺たちとはもう会わないって書いてました。探さないでくれって」
「そうか……それがまさか、あんなことになるなんてな」
美咲が亡くなったことは鈴木先生の耳にも入っていた。長い間、教員を勤めて何人もの児童を見送っていた。その中の一人だった児童が亡くなり、絶対に忘れることはないという。
「みんなと元気にやってるのか? もう社会人だろ、今何してんだ」
「まあ、頑張ってます」
と、顔を伏せる俺の肩にそっと手を置く鈴木先生。
「岡辺、お前の人生はまだ始まったばかりだ」
別れ際に鼓舞され、鈴木先生は店を出て行った。
「早く仕事見つけないとな」
仕事ならしっかりと探している。最終目標は天撰に入社する。それまでの間は天撰グループのコンビニやアパレル店などで働こうと応募をかけているが、ことごとく落ちている。
「それってバイトだろ? 天撰ってそんなに厳しいんだな」
「そりゃあ、世界に進出する天撰ブランドだから。モノだけでなく、ヒトも高クオリティ」
一枚のビラを手にして、ヨシは店外へ出る。ガラス張りの壁にビラを合わせ、四隅にテープを貼っていく。
「なにこれ?」
店を出た俺は訊いた。
「役所の前に新しい施設ができただろ。そこの広場でイベントをするらしい」
「そうなんだ」
「建物ができる前から、ちょこちょこ催し事はしてたらしい」
ビラを貼り終えたヨシは店に戻り、後をつけるように俺も中へ入る。
「市民たちの意見を募り、市民たちがこの広場をつくっていく。あっ、似てるかもな」
続けて、ヨシは話す。
「ほら、真田美咲言ってたろ。自分たちの国をつくるって」
「それが自分の夢って話していた」
「国をつくるって、こういうことだったんじゃないか」
そうなのだろうか。俺はその夢がもっと深いところにあると思っている。
何はともあれ、美咲が俺のところに手紙を送ってきた理由は知ることができた。
「なあ、ヨシ。仕事が決まるまで、ここで働いていい?」
ふと、頭に浮かんだことを俺は口にしていた。ヨシからは人手は足りていると即断された。
RPG〜天撰へのロードマップ〜 真桜香 @mao_ka
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