第11話 嘘と彼女
俺が東雲母に家に連れ込まれてから少しして―――
家の中のリビングに通された俺は、彼女とともにテーブルに座らされ、その対角に東雲真理の母親が座っていた。
小中での俺の中の彼女の母親の印象はちゃんとした人だ。
昔、色々あって、俺の家と東雲の家で話し合いになることがあった。
その時、へらへらしていた彼女に対して、彼女の両親はしっかりと頭を下げてくれた。
まあ、いじめをしていた娘に対して、割と常識のあるまともな親だったというわけだ。
まあ、ほかに先生に喚き散らかす親もいたからより正常さが目立っていただけなような気がするが。
それでも礼儀にはしっかりしている印象だ。
そんな人と同じ空間にいるというのに、会話は発生しない。
カチカチと時計が時を刻むのみ。
そんな静寂を破ったのは、東雲の母親だった。
「やっぱり、結城君よね」
「はい……」
「また、娘がなにかしたの?」
「っ……」
娘がなにかしたのか聞いてくると、彼女はなにかに反応するように俺のズボンを掴んだ。
普段どんなこと言われているのか理解した。おそらくこれで、彼女は自分の受けている仕打ちのことを言えなかったのだろう。
まさに因果応報。彼女がしてきたことを考えれば、疑われて当然だ。
だが、この状況俺が取るべき選択は―――
「いえ、特になにもされてないですよ。彼女もここ最近は特になにもしてないですよ」
何も言わないことだ。
おそらく面倒なことにはなる。彼女への詰問が始まる。
おそらく彼女の口からいじめられていると言ってもこの人は信じない。だが、それを他人―――しかも、昔の被害者となれば言葉は信じるだろう。だが、そこから始まるのはなぜ言わなかったのかという説教だろう。
ならば言わないのが安定だ。
菓子折りに関してはすでに彼女の部屋に移送済み。あれが目立つようなことになれば、それも面倒だ。
ちゃんとした人だからこそ、相談できない。そんなジレンマに彼女は悩まされていたのだろう。
俺の言葉を聞いて、母親は信じられないという顔をしていたが、東雲はすっと俺の足に延ばしていた手を引っ込める。
「本当になにもないの?ちゃんと私は怒るわよ?」
「問題ないです。本当にここ数年なにもされてませんから」
「じゃあ、なんで一緒にいたの?」
おそらく彼女の母が気にしているのはそこだろう。
なぜ、昔の被害者と加害者が一緒にいるのか。普通はあり得ないだろう。だが、それを正当化する方法が一つだけ思いついた。
だが、これをやると、彼女を縛ることになる。それは果たして彼女の望むことなのかどうか。
俺なんかと―――
しかし、そうでもしなければ彼女の母は納得品だろう。下手に詮索されて、彼女の望まないことになっても面倒だ。
ただの友人で納得してくれるのか。
俺は念のため確認の方法として、彼女の母からテーブルで見えない位置―――つまり、自分の膝辺りで文を打ち、トントンとスマホの角を彼女にぶつけた。
すると、それに気づいたのか東雲もゆっくり文面を見つめ、左手でOKのサインを出した。
いいのだろうかと、彼女の顔を見ると―――
彼女は顔を真っ赤に染め上げていた。
それはなかったことにし、彼女の指サインの通りに動いた。
「俺と真理は付き合ってるんですよ」
「は?あなた、真理になにをされたか覚えてないの?」
「覚えてますよ。でも、彼女は反省して俺はそれを許しました。今は彼女と一緒にいたいと思っています」
「そう……うちの娘なんかを大事に思ってくれる人が―――わかったわ。積もる話もあるだろうから、今日はゆっくりしていきなさい」
そう言うと、東雲の母はリビングから消えていき、俺たちを東雲の部屋に通るように言った。
葉はおyが見えなくなったところで俺は呟いた。
「ちっ……面倒くせえな。なんでこのタイミングで帰ってくんだよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺たちは話す場所を彼女の部屋の中に変えた。
見てくれは、まあ、女子らしい部屋だ。逆にそれ以上なんてない。幻想も何もない。
「悪かったな。俺なんかと付き合ってることにさせちゃって」
「ううん……私の方こそ―――嫌だよね。いじめをしてた人なんかが彼女で」
そう言い合うと、部屋の中に沈黙の時間が生まれてしまう。
「まあ、とりあえずお前の両親の前では恋人の振りをすればいい。とにかく今はその菓子折りをどうするかだろう?」
「うん……これを城司さんの家族に渡して、家に入れてもらって―――本人に直接謝る」
「簡単にはできないと思うぞ」
「わかってる……なにも1回でできるとは思ってないよ。なんどもなんども謝りに行く―――そのたびに菓子折りも変えるつもり」
「いいんじゃないか?1回だけで誤ったことになっていると思ってないのは」
そう言うと、俺は立ち上がった。
帰ろうとしているのを察した彼女は、玄関まで送ろうとついてくる。
その途中、俺の動きに気付いたのか、彼女の母もやってきた。
「あら?もう帰るの?夕飯くらいはご馳走しようと思ってたのに」
「いえ、帰ったらそっちに飯があるんで」
俺はそう言うと、自身の靴を履く。
「じ、じゃあまた明日ね、ゆう―――弘治……」
「ああ、また明日」
それだけ言って俺は返っていく。残された二人はというと―――
「クールね。小中の頃は、真理がいけないとはいえ、あれだけ荒れてたのに」
「それは―――ごめんなさい」
「もう、あなたをゆるしてくれるのなんて、結城君だけよ?」
「うん、わかってる」
わかっている。彼女がい一番そのことをわかっている。
それをわからないほど馬鹿ではないらしい。だが、それ以上のことはなにも理解していない。
彼女にとって、俺は得体しれないなにかであることに変わりはない。
俺はやるからにはやる。
あいつを助けると決めた。その決断に後悔はない。まあ、なんで面倒ごとに首を突っ込んだんだといまだに思うことはある。
だが、泣いている彼女は見過ごせなかったし、昔の彼女と同じことをしたくなかった。
傍観はいじめているのと同じという言葉もあるが、それは違う。
傍観を己を守るためだ。
馬鹿みたいに人に手を伸ばすなんて、相当偽善者か何かじゃないとできることじゃない。
それをわかっていても、俺は手を伸ばすことを選んだのだから。
因果応報の彼女 波多見錘 @hatamisui
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