誤解をさせて

@rabbit090

第1話

 お姫様じゃないってことは、分かっているの。

 だから私を、そんな風に見つめないで。

 ねえ、何度も言っているのに、願っているのに、心のうちにたまるその思いは成就されない。

 次第に、私が考えていることは必ず、世界から逆行し、意味のないものとかすのだと思い込んでいた。

 けれど、

 「君は、それでいいの?」

 その問いかけが私を変えたという事実は、紛れもない。

 「噓みたい。」

 そう、本当にそう。

 広がっている現実は紛れもなく事実なのに、私にはそれを受け入れる度胸がない。

 そして、そんな私を何の疑問もないような目で、見つめているのは彼だった。

 私はその度になぜ、この人は私を特別だと思えているのか、疑問を抱いてしまう。

 「行こうか。」

 「うん。」

 自然と手を握り、そして歩き出す。

 一つ一つがぎこちなく、繰り返される。

 私は、その度に自分の中に潜んでいるなにかが、一つずつ無くなっていく感覚を覚えていた。

 それは、どうしても失いたくない、多分大事なものだから、

 「………。」

 「ちょ、大丈夫?」

 急に道端に倒れ、呼吸が苦しくなってしまう。

 元々、一人でいる時にはこんなことは無かったはずなのに、なぜ。

 「ねえ、何で?」

 「え?」

 「何で私と結婚してくれたの?私、最低じゃない。知ってるでしょ?私、極悪人の娘に生まれて、最悪なの。それに、すごくひねくれてるから、嫌じゃない。」

 「違う。」

 「違う、ってよくいうけど、ホントなの?私分からないから、こうやって体調を崩すんだと思うの。ねえ、お願い。無理なら無理って、言って欲しいの。」

 これは、わがままなのだろうか、でも息が苦しくなり毎日が辛くなる。

 しかし、彼との関係を切ることはできない。

 私は矛盾していた。

 なぜ矛盾しているのかさえ分からない。

 しかし、私は。

 「私は、ごめんね。一人になる。」

 「ダメだって…。」

 この会話も、もう再三繰り返してきた。けど、

 「ごめん、決めたの。お願い。」

 そうだ、ここまで来たのだから、もうこれは絶対の事項でしかなかった。

 それが分かると、多分分かったのだろうから、彼も潔く身を引いた。

 多分、大好きだった。

 私は、そして変わってしまった。

 でも、根底に流れる物は変わらない。

 父は、人を殺した。

 本当に些細なことで。

 居酒屋で喧嘩になって、殴ったんだとか、でも。家族はもう、父のことはいないことにしていた。

 けど、周りに人間は私たちのことを一歩遠くから眺めていて、それが私の控えめな性格に起因しているのだろうか、とても苦痛で耐えられなくて、逃げるようにそこを去った。

 私は、15歳だった。

 高校にはもちろんいかなかったし、キレいな仕事にはありつけなかった。

 私の体はどんどん蝕まれ、気付かないうちに、壊れていた。

 そして、いつ終わるのか分からない毎日に嫌かがさしていたし、そもそも生きることと、死ぬことの境目が分からなかったから、自分でも分かっていなかったのだ。

 彼は、私を助けた、

 水の中で溺れている私を、助けたのだという。

 けれど私には記憶がなく、それを真実として受け入れることしかできなかった。


 そう、だから、私はもう、自分を失っていたくなかった。

 舵は自分でとる、誰かの何かが、私を変えてしまうことに、耐えられないから、だから私は、一人で行くことを、選んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誤解をさせて @rabbit090

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る