第2話 魔導皇帝、崩御

「ひゃあ!? な、何じゃぁ!?」

「えっ何おわああぁ!?」


 エリファルテスの手に触れてから、5秒も経たなかったろう。彼女の叫び声を聞いて無理やり目を開けた俺は、視界一杯に迫る白髭の老人の前で悲鳴を上げた。胸に旭日旗のような金の紋様を刺繍した羽織を着る老人は、血走った目をいっぱいに見開き、長い髭を震わせながら両手で俺の頭を挟みこんでいる。

 こめかみどころか頭全体が痛い。骨と皮だけしか残っていないような細腕の割に凄い力だ。命の危険すら感じ、俺は老人の手を掴む。


「何すっ……痛っ……やめて下さいよ!」

「誰だお前は!? 何だお前は!? この器は、余の物であるぞ!!」


 幾本ものコードを挿した鉄籠のような物を頭にかぶった老人が、狂気じみた憤怒の形相で俺の頭を締め上げ続ける。彼の後ろにはつるりとした白い壁が見え、上側には横長のディスプレイが掛かっていた。画面には「人格転移」「接続不良」「危険」などの文字が表示され、部屋には赤い警告灯の光が点滅し、不愉快な警報が鳴り響いている。


「痴れ者がぁ!!貴様らどこからの刺客だ!? 誰の手の者だ!! ありていに申せば、一族の者は助命してやる!」

「だから、何の話ですか!?」

「ま、待って! 待って欲しいのじゃ!」


 下から伸びた小さな手が、老人の羽織の袖を握った。エリファルテスが目に涙を浮かべている。二重光輪からひっきりなしに火花が飛んでいた。


「わしらは、元はこの世界のものではない! やってきたばかりで、このようなことに」

「黙れ、下種が!」

「あぐっ!?」


 老人が睨みつけた途端、幼女の言葉が遮られた。とんでもなく大きな手で握り込まれたようにピンクのスモックが捩れ、小さく華奢な身体が少しずつくの字に折れ曲がっていく。それでも、エリファルテスは泣きながらか細い声で訴えた。


「わ、わしは……どうなってもよい。責められるべきはわし1人じゃ……だ、だから、アキラは……助け、て」

「ちょっと、いいですか」


 軋み音をあげる幼女の身体を見た俺は、自分でも意外なほど低い声を出した。血走った老人の視線がこちらに戻り、頭の痛みが増す。


「何の邪魔をしたかは分からないし、したんだったら謝ります。でもまずその子を……苦しめないでやって下さい。俺達は本当に何も知らないけど、出来るだけ説明します」

「下種どもが! 気は確かか!? 魔導皇帝たる余に指図をするとは! それほどまでにこの雌が大事だというなら、生きたまま引き裂いてくれるわ!!」

「うああああぁっ!!」


 視界の端に映った、絶叫と共にねじれていく幼い身体。次の瞬間、俺は自分でも理解できないほどの激しい怒りを抱いた。どうやら非はこちらにあるようだったし、会ったばかりのエリファルテスがそれほど大事かといわれると、多分大事じゃない。大体、彼女の言葉が正しければ、悪いのは彼女なんだから。

 けれども、何にせよ俺は激怒した。そして、怒りを表すことをためらわなかった。腕を掴んでいた手を老人の骨ばった胸に押し当てる。驚愕の表情を浮かべた「魔導皇帝」の両目を覗き込み、口を開く。


「離れろ」


 吐息交じりの言葉を言い終えた刹那、轟音が耳をつんざく。老人の身体が吹き飛び、継ぎ目のない白い壁に叩きつけられ、砕き、痩せ細った身体が奥の通路まで投げ出された。どうなってる? まるで車に轢かれたような有様だ。

 訳が分からないまま、モニターに映っていた「接続不良」の文字が「接続中断」に変わるのを見た後、俺は倒れたエリファルテスに駆け寄った。


「大丈夫ですか」

「だ……大事ない。あの老人はどうなったのじゃ?」


 幼女に訊ねられた俺は壊れた壁を一瞥する。枯れ枝のような手足があらぬ方向に折れ曲がり、ぴくりとも動かない痩身から目を離した後、首を横に振った。


「……分かりません」

「陛下!!」

「陛下ぁっ!」


 エリファルテスを抱き起こしたその時、背後で悲鳴じみた声が上がる。マント付きの鎧を着て、ライフルのような銃を持った男達が老人を囲んでいた。1人は跪き、1人は号泣し、別の1人は俺を食い入るように見つめる。けれども、こちらから見返すと慌てた様子で手にした銃を肩に掛け直した。まるで、敵意はないと言わんばかりだ。


「立てますか? エリファルテス様」

「……うむ」

「じゃあ、俺の後ろにいてください」


 そう言うと、幼女は大きく頷いて俺の袖を握った。それに気づいて、俺は割れたガラスに映りこんだ自分の姿をあらためて見つめる。そこには、先ほどの老人が着ていたのと同じ羽織を着る20代前半らしき黒髪の男が映っていた。切れ長の目を持つ、鋭さを感じる顔立ちだ。格好いいな。

 ……なんて考えてる場合じゃない。


「あの、ちょっと良いですか」


 老人を取り囲む男達に足を向けると、彼らは皆弾かれたように俺から距離をとる。1人は銃を構えたが、その手は震え続けていた。


「お邪魔した上に、こんな騒ぎを起こして済みません。けれど俺にも彼女にも悪気はなかったし、話し合いで解決出来ればと思ってたんです。そのお爺さんがもう少し話を聞いてくれたら良かったんですが」

「お、お爺さんだと!? 貴様、この御方をどなたと……」

「よせ」


 銃を持った人々の後ろから、眼鏡をかけた白衣姿の男が姿を現す。彼は深い溜息をついた後、倒れた老人に最敬礼してから俺に向き直った。


「君は刺客などではない……異世界からの転移者だな?」

「はい、そうみたいです」

「フン! 陛下の肉体に施されたセキュリティは完璧だった。既知の技術による乗っ取りなど有り得ん」

「所長! この戯言を信じるのか!?」

「むしろ何故疑う? 我が国は異世界転移した少年により建国され、その少年の力によって隆盛を極めた。兵士諸君も、召喚器の原理くらい知っているだろう」


 淡々とした口調で応えた後、所長と呼ばれた男は震える手で眼鏡を掛け直し、俺を見つめ深呼吸する。


「……ここはアカツキ魔導帝国。世界屈指の軍事大国だ。そして今君が吹き飛ばしたのは、我が国の最高権力者たる魔導皇帝、ヨリノブ陛下その人だ」

「えーっと……」

「自己紹介と質問は後で受け付ける。ひとまず状況を説明させてくれ。ヨリノブ陛下は200年に渡って我が国を統治されたが、悪性腫瘍が御身を蝕んでいた」


 俺の発言を手で制止した後、所長が言葉を続ける。


「陛下は我々に、老いて病んだご自身の次なる器を創るよう命じられた。我らはそのご命令のもと、やり遂げた……陛下の魔力を引き継ぐ完璧な肉体を生み出したのだ。そして今日、陛下は記憶と人格をその肉体に移すことで「新生」を成し遂げられる筈だった。のだが」


 もう一度深いため息をついた後、白衣の男は諦めと虚脱感の滲む視線を足元の老体へ向ける。


「君が、そこに意識を転移させてしまった。接続は失敗し、陛下はこの身体を出られずじまい。かくして魔導皇帝は崩御され、帝国の技術の粋を集めた傑作は見事……」


 顔を上げた男が、俺とエリファルテスを見遣る。


「……教えてくれないか、転移者よ」


 首を捻る俺の前で、彼は苦笑した。


「どんな気分なんだね? 世界を渡って早々、最強の力を得るというのは」

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のじゃロリと行く異世界の旅――最強魔導皇帝の力で、何が来ても余裕です!?―― Tacopachi @soliton3

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