第3話 ゲーマー創世神は面倒くさがりだった
「ん…」
誰かが部屋へ入ってきた気配で目が覚める。まだ何となく怠さを感じるが、夢の中で感じたあの辛さは無かった。瞼を開けようとするが、糊で貼ったように動かない。
頭の横で、誰かの気配がする。チャプ…チャプ…という水の音が聞こえたかと思うと、顔に温かい濡れタオルがそっと当てられる。
「んんっ…」
顔全体を優しく拭かれて、思わず声が出る。すると、タオルを持った手がビクリとし知らない声が聞こえてきた。
「大変っ、今すぐ人を呼んで参ります!」
胸元にそっと手を置かれ、声の主はパタパタと部屋を出ていく。
顔を拭かれたことで、くっついていた瞼がようやく動かせるようになった。最初に目に飛び込んできたのはテントの屋根のようなもの。青紫のきれいな布だ。
あー、すごい。「気が付いたら見知らぬ天井」ってのをリアルで体験してるぞ。見えてるのは布だけど。
そんな事を呑気に考えていると、部屋の扉が少し乱暴に開かれる。思わずそっちに目をやると、そこには金髪のイケメンが慌てた様子で駆け寄ってくるのが見えた。
おぉ、海外の俳優には詳しくないけどイケメンだなぁ。格好も貴族みたいだし…今日の夢は何だか妙にリアルだ。
イケメンは俺の側まで来ると、そっと手のひらを俺の額に乗せる。そして、何かを呟くと手のひらがほんのりと温かくなって全身に熱が広がる。
「うむ、もう安心して良さそうだな」
イケメンが流暢な日本語を話し出して、笑えてくる。まぁ、英語で話されたら困るし俺の夢なんだから日本語しか出てこないよな。それにしても、夢って匂いとか感触まであるものだったっけ?
イケメンの手が優しく頭をなでる。なにこれ、気持ちいい…
「間に合って良かった…本当に…」
そんな声を聞きながら、俺は再び意識を手放した。
* * * * * * *
『はー、良かったぁ。ギリ間に合ったわー』
聞き覚えのある陽気な女性の声が聴こえる。
『全く…手遅れになる前で良かったけれど、危ないところだったんですよ?!』
陽気な声とは別に、少しハスキーな女性の声が聴こえてくる。俺の枕元で何やら話し込んでいるようだ。
『それで、何処まで説明してあるんですか?』
『えーと、異世界に転生する事は言ってあるわよ』
『…それ以外は?』
『えぇと…?』
ハスキーなため息が聴こえる。うん、俺も同じ気分だよ。
『いやほら、ちゃんと意識がハッキリしてる時じゃないと理解が追いつかないじゃない?だからナビが起動して彼が冷静に事実を受け止められるまで待つつもりだったの!ほんとよ!』
『まぁ、死にかけてましたけどね』
『うぐっ!』
『預け先が悪かったですね。そもそもこの者の身体は貴女がアチラの世界から引き取ったものでしょう?ちゃんと調整したんですか?』
『えーとぉ…たぶん…大丈夫なはず…』
『貴女の事だから、適当にしたんですね?』
『いやだって、この子ってば廃課金者なんだもん!オマケに私も知らないスキルとか取得してるし
『げぇむの事は知りませんが、今は関係ないですね』
『ひぃん』
『仕方ありません。とりあえずワタシが引き受けますから、貴女は言われた通りに動いてください』
『はぃぃ…』
これは、最早どちらが上なのか分からないな。二人が誰かは知らないけども。
俺がそんな事を考えてると、フワリとしたものが額に触れる。
『物部タロウさん。聴こえていますね?目覚めたらナビを…バングルの青い石に触れてください。詳しい話はその時に』
その声が聴こえた瞬間、俺は再び目を覚ましたのだった。
* * * * * * *
「ありぇ…」
目が覚めると、自分が全く知らない場所に寝かされている事に気が付いた。今見ているのは天井のハズだが、真っ青な布が広がっている。なんだこれ?
ゆっくりと上体を起こすと、さらに違和感を感じた。視界に入る自分の身体が幼い子供のようだったのだ。着ている服は長袖のフンワリとしたもので触り心地はスベスベ。袖口にゴムはなく、これじゃ腕まくりしてもストンと落ちてくるだろう。着慣れない服に困惑していると、腕に銀色のバングルが光っているのが見えた。
細い手首に嵌ったそのバングルは、銀色の金属製で、蔦のような透かし彫りがされていて、大きな菱形の青い石が一つ付いている。まだ夢が続いているんだろうか?何もかもが自分の知るものじゃない事に不安を覚える。
いくら夢でも、流石に長すぎないか?
その時に、ふと枕元で聞こえていた声を思い出した。そういえば、あの声は青い石に触れろと言っていた。もう一度バングルを見つめる。そこにある青い石は、まるで深い海の底を見ているようだ。
これに触れれば何かが分かる。だが、それを知ったら…きっと…俺は…
言いしれぬ不安が胸の中を支配する。知りたいけれど知りたくない。きっとそれは、俺が薄々感じている事を突きつけてくる筈だから。
深呼吸をして、青い石に触れる。すると―
『デバイスを起動します』
ゲーム内で何度も耳にした機械音声が流れる。
『メッセージを受信しました。再生しますか?』
『はい』ならダブルタップ、『いいえ』ならシングルタップ。一瞬悩んだが、俺は青い石をダブルタップした。
『えー、物部タロウさん。聞こえてますか?私は補助の女神フィリシュディオーネと申します。創世神エルシェルディーヴァに代わり、現在の状況を説明させていただきます』
フィリシュディオーネによると、俺はやはり異世界転生をしていたようだ。ゲーム内で出会った少女は創世神で、彼女の言ったようにこの世界との接着点だったあの場所に、俺が偶然訪れた事で転生する事となったらしい。
こちらのアーステラは地球をベースにして、創世神が手を加えた世界。ある時、世界の根幹を支える地脈が乱れ世界は滅亡の危機にあった。そこで、ベースとなった地球から生命体を異世界転生させる事となり、条件の良かった俺が選ばれたというわけだ。
俺の肉体は直ぐにこちらの世界へ転送され、地脈と融合。死にたてホヤホヤだったのが功を奏し、世界滅亡の危機は脱したらしい。必要なのは肉体だけだったが、魂ごとこの世界に来ているので地球の輪廻の輪には入れない。そこで、世界崩壊の危機を救った俺に『転生』という特別措置を施した…らしい。
転生となると、俺がこの世界で暮らすための新しい肉体が必要になる。そこで創世神自らがアバターを元にしてこの世界向けに肉体を作成、ゲーム内で取得したスキルはこの世界向けにチューニングしたものを付与。ゲームをパクっ…参考にしてあるのでゲーム内のように過ごしてくれれば良いという話だった。
「しょれにちてわ……んん???」
独り言を呟こうとして、違和感に気付く。まさか、これは…
「ほぇぇ…ようじょ…」
アバターよりも数段幼い声と手。鏡はないが、あちこち触ってみると間違いなく幼女化している…。
「しぇめて…おとこのこに…ちてほちかった…」
俺が枕を涙で濡らしたのは言うまでもない。さらば、異世界ハーレム主人公の座よ…
『さて、現在の状況を説明します』
どんよりした俺をよそに話は続く。
この世界に転生した俺。せっかくなら人生やり直しくらいの勢いで若返らせよう!という創世神のいい加減な…寛大な配慮により、創世神を祀る者の中から適当に…適当に選んだ子供の居ない夫婦のもとへ赤子の俺を送り込んだ。
…が!
なんと、この夫婦は赤子を
俺は餓死寸前にまで追い込まれ、そのタイミングでようやく肉体と魂が馴染んで自我を持ったらしい。もし、自我を持つのが少しでも遅ければ死んでたって…
まぁ、こうして生きているから良いけどさぁ…あの女神、一回殴りたいんだけど。
『物部様には本当に申し訳なく…』
と、クソ女神の代わりに謝っていたフィリシュさんがちょっと可哀想になったよ。
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【改稿】神に選ばれしモブは世界を救わない〜チート能力者だけど世界を救うとか無理なんでモブに徹します〜 高井真悠 @Miju_0116
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