第3話 アシェラッドの秘密

「アーシェちゃん、お外は楽しいかしら?」

「あぃー」


俺が転生してから1年が経とうとしていた。


最初の頃は動けないし、食う・寝る・泣く以外の事は出来なかったのだが、日が経つにつれて身体を動かせるようになり、一歳になる頃にはヨチヨチと歩けるまでに成長した。


アーシェというのは俺の愛称。本名はアシェラッドといい、このフォーサイス家の末娘で上に四人の兄弟がいる。家は貴族で、父は王宮で仕事をしているようだ。


今は母と一緒に庭を散歩している。ニコニコと微笑ましく俺の歩く姿を見ているが、まさか中身が35歳のオッサンとは思うまい。


視力がはっきりしてきて分かったのだが、両親も兄弟も和風と洋風をミックスしたような顔で、どうやらこの世界では「かなりの美形」とされる顔らしい。


前世の常識がどこまで通用するかはわからないが、美醜に関しては俺の感性も大きく外れてなさそうで安心した。あとは個人の好みの差だろう。


母は銀髪に蒼の瞳を持つ儚げな美人だ。俺は母に似ているらしいのだが、鏡を見ていないのと前世の姿の方が馴染みがあるので、いまいち想像が出来ないな。ちなみに、父は金髪で紫の瞳のイケメン。


兄達には産まれたときにしか会えていない。彼らは学生で、寮生活をしているようだ。この世界にも学校はあるんだな。


さて、話を戻して


屋敷の庭はとても広い。


どれくらい広いか?…境界線が見えないくらい広い。とは言え、ヨチヨチ歩きの赤ん坊の視点なので広大…まではいかないだろう。


そして、俺が歩けるのは庭園として整えられた範囲だけ。つまり、井の中の蛙って事。


「奥様、お茶の支度が整いましてございます」

「さ、アーシェちゃん。お茶にしましょう」


母と一緒に庭園にある東屋へ向かう。俺は頑張ってある…かず、護衛に抱っこをされての移動だ。だって赤ん坊だからね!


お茶の時間は情報収集タイムでもある。母が侍女達とお喋りをするからだ。


俺は甘くて瑞々しい果物のすり下ろしを食べさせてもらいながら、話を聞く。


「街では何が流行っているのかしら?」

「最近ですとエルダ王女殿下がお召しになられた色のドレスが流行っていますね」

「えぇ、恋を実らせたドレスとして婦女子に人気なのです」

「まぁ、そうなの?…たしかに殿下の恋物語は情熱的に聞こえるでしょうね」

「時折、街の広場で吟遊詩人が歌っておりますよ」

「あら、それじゃ歌劇場で演じられるのも時間の問題かしらね」


ウフフ、オホホと話は続くが、お腹が膨れると眠気がやってくる。楽しげな母達の声を聞きながら、俺は眠りに落ちていった。


『どう?満喫してるー?』


聞き覚えのある声が響き渡る。


気がつけば、俺は不思議な空間に漂っていた。何故か、身体も前世のものだ。


「ここは…夢?」

『正確には夢と現の狭間ね』

「うぉっ?!」


いきなり耳元で話されてビックリしてしまった。


『あはは!ビックリしてる〜』

「そりゃ、俺だって驚くくらいしますよ…」


現れたのはこの世界の女神フィリシュィオーネ。俺を転生させた張本人だ。


『で、新生活はどうかしら?』

「いや、どうもこうもまだ赤ん坊だし…」


それに、男じゃなくて女に転生してる時点で失敗だと思うんだが?


『えっ?!だってゲームのキャラは女の子だったじゃない!』

「あれはゲームだから良いのであって、自分がそうなりたいという願望の現れではないよ」

『えぇ~!いっ、今から性転換を…』

「いや無理でしょ」

『そ、そうね。本当にごめんなさい…』


うわー、めっちゃ落ち込んでる。何だか人間みたいな神様だなぁ…


「それで、俺になにか用事でもあるんですか?」


メソメソしている女神にそう訊ねると、パッと顔を上げた。切り替えが早い!


『そう!様子を見に来たってのもあるんだけど、転生させた理由を話してなかったなーって』

「え?祖父へのお詫びだったのでは?」

『うん、それもあるんだけど…実はお願い事もあるのよ』

「お願い?」


…嫌な予感しかしない。


こういう時は大抵『助けて』とか『救って』とか出てくるんだ。知らんけど。


「俺は自由気ままに暮らしたいんで無理です」

『まだ何も言ってないのに!』

「言わなくても何となくわかります」

『くっ…異世界転生モノが溢れてる弊害がっ!』


女神が頭を抱えて苦悶している。そもそも、転生させてから後出しするのは良くないと思うんだ。


『目立ちたくないのは勝手にすれば良いわ。とりあえず、貴方には世界中を巡ってもらわないと困るのよ』


世界中を?…それはまた壮大な話だな。


『その為にヒトじゃない種族として生まれさせたんだから!』


とんでもない爆弾を落とされた。


ヒトじゃないって、どういうことだ?!

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