兎にも角にも兎角堂
白灯紗々
第1話 兎角堂
むかしむかしのいまはむかし。
人の時間から外れてしまったもの達が住む『時の狭間』がありました。
かつて怪異はとても身近で日ノ本の至るところに巣食っては時に人と戯れ救い遊び戦かせておりました。
けれども時は過ぎ人ならざるものは人の時に置いていかれその地に留まることが出来なくなってしまいました。
そして独りまたひとりと人ならざるものは集まりやがてその地は時の狭間と呼ばれるようになりました。
さて、そんな時の狭間にひとりの初老の男性がやってきたところから物語は始まります。
中折れ帽に羽織と着物、中には洒落たシャツを忍ばせ、足元は足袋と下駄。
西洋カバンを手に蛇の目傘をもってその初老の男性は周旋屋の扉をくぐりました。
「やぁどうも。今日は良い雨だね」
店主となる彼は蛇の目傘をたたみ戸口に立てかけると静かに笑いかけた。
「時の狭間で小間物屋をひらきたいのです。手を貸してくれますか?」
周旋屋は頷くと、店主となる彼に条件をききました。
すると店主となる彼は...
「今日からでも入れる処があるといい」
「和風過ぎず洋風過ぎないところがいいですね」
「店の部分は小さくて構わないよ、道楽だからね」
「寝床は畳で布団がいいかな。小上がりがあれば尚良し」
「柔らかい陽射しが入る空間で、広いけれどそこまで広くなく、水道がある使い勝手がいい所が良い」
「中庭があって池があって、鯉なんかも居てもいい。台所は独り身が賄えるくらいでいい。けれど風呂はいいものが欲しい。あぁ、厠だけは水洗で願いたいねぇ」
「離れも必要だよ。私の友が訪ねて来るだろうから」
「階段は無い方が嬉しい。平屋で静かでけれども静かすぎない」
「そんな処をお願いしますよ」
条件の多さに目を白黒させて、筆を走らせる周旋屋。しばし悩むと「あ〜…ひとつだけ、候補がありやすね」と告げました。
「それはそれは、では行きましょう」
うきうきと心弾ませる店主となる彼とは裏腹にどうにも乗り気では無い周旋屋。
少しだけ気を使った男性がそっと話を振った。
「あ〜えっと、雨がお嫌いですか?」
乗り気でない理由が雨なのかと暗に聞きます。けれど周旋屋はすげなく「別に」とそれを流しました。
「私は結構好きですけどね、雨」
表情にしかたなさを滲ませつつ、店主である彼は小さく呟きました。
そうしてしばらく道を歩きます。ざっと見た街並みは明治大正の頃のものが多く。けれども街灯や電波塔などデザインは街並みに溶けているが中身は最新のものを使っているようだ。店先に並ぶ商品も今風の物がきちんとちらほら。
周旋屋が重い腰を立ち上げ案内した先にあったのは江戸から大正にかけてよく見た造りの小さな商店だった。
「あぁ、とても良いですね」
そう言って店主となる彼が踏み出そうとすると、周旋屋が止めます。
何かあるのかと問えば「この店は客を選びやす。客もこの店を選びやす」となぞなぞのような事をいいだします。
曰く、この店が気に入らない者と、この店を気に入らない者は、入ることが許されないらしい。
「あっしはここで待たせて貰いますよ」と周旋屋は店先で煙草をふかしはじめました。
どうやらどちらかが気に入らないようです。
店主となる彼はとんとんと軽く扉を叩きます。
「ごめんくださいよ。少し中をみさせてください」
すると扉の内側からカタン、と鍵が開く音がしました。
どうやら店主となる彼は許されたようです。
カタカタと音をならして中に入ると、店内は少し埃っぽくなっておりました。
しかし飴色の木のとてもいい建物です。
店主になる彼は下駄を脱ぐと中を見て回りました。
店内も廊下を行った先の居住部屋も、水道も厠も風呂も小上がりの場所も、離れや中庭の池さえも...
「どこもかしこも実に私好みです」
満足し、すっかり気に入って、店先に戻り、下駄を履こうとすると、なにやら柱の影から白い小さな着物の袖と裾が見え隠れしていました。
「おや?」
目を凝らしてみると、とてもとても小さな、まるで子供がおままごとに使うくらいの大きさの人影のようです。
ちらちらとのぞいては隠れるのですが、頭からはえた白いうさぎのみみが隠しきれていません。
そんな小さな子供のかくれんぼに、店主となる彼は「ふふ」と頬を綻ばせました。
「もういいかい?」
隠れんぼのように声をかけると、そのうさぎ耳の子は「ぴっ!」と鳴き、そろそろと恥ずかしそうに姿を現しました。
「おやおや、挨拶が遅れてしまって申し訳ない。私が気に入ったこの場所にはとても可愛らしい小さな神様が住まわれて居られたのですね。これは吉報」
気に入った、可愛らしいと褒められて小さな神様はてれてれと照れ、うさぎ耳でその赤い目を隠してしまいます。
店主となる彼はゆっくりと近づき、その場へ座ると小さな神様に語りかけました。
「人の世の時の流れが少しばかり騒がしく感じてしまいました。だからどうかこの素敵なお家でゆっくり余生を、一緒に過ごさせて下さいませんか?」
小さな神様はまだ少し赤い顔を嬉しそうに綻ばせ「ぴっ!」とお返事を返しました。
店主となる彼は外で待つ周旋屋にここを買い取ることを告げます。
外に出ると雨音は少し弱まり陽射しがのぞいておりました。
蛇の目傘から雨粒が零れ陽の光が煌めきます。
店主となる彼は書類にサインをすると店の扉を大きく開けました。
そうして【小間物屋 兎角堂】が狭間の町に仲間入りしたのでした。
兎にも角にも兎角堂。
初まりのお話。今日はここまで。
兎にも角にも兎角堂 白灯紗々 @sasya8910
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